精霊書店の異世界人

多々羅

文字の大きさ
16 / 35
第二章 森林の街 ペンピスト

冒険者の宣誓

しおりを挟む
「それでは、最後に冒険者手帳をお渡しします」
「冒険者手帳?」
「そう! 冒険者の証だよ!」

 通常運転に戻ったマギナがレーシアの代わりに答えてくれた。

「請けた依頼とその結果を記録するのにも使いますね」
「なるほど」

 レーシアはカウンターの下に手を入れ、黒い手帳を取り出した。
 ポケットにすっぽりと収まりそうな大きさで、表紙の上部には白い文字で「冒険者ギルド」と刻まれている。その下には紋章が描かれている。右に剣、左に弓、真ん中に塔、それらを盾を模した五角形の枠で囲んでいる。

「えーっと……」

 もう手に取っていいのかなとレーシアを見る。だけど彼女はカウンターの下に手を入れ、またなにかを取り出そうとしていた。

「んんぅ――」

 つやっぽく聞こえなくもない声をあげながら、かなり分厚い本をカウンターの上に置いた。
 あのカウンターの下ってどうなんてるんだろう……。
 カウンターの下も気になるけど、その上に置かれたこの本……って呼んでいいのかな? 大きさはアニメの設定資料集くらいある。表紙は銅のような金属板で、厚みは二センチ前後ってところか。そして全体の厚みは、そこいらの辞書より分厚い。女の子が持ち上げるには一苦労な代物だ。
 金属製の表紙の上部には丸いくぼみがあり、その下には文字が刻まれていている。下部には冒険者手帳がぴったりまりそうな窪みがあった。
 手帳を手に取ったレーシアは、それを金属板の窪みに嵌めた。
 そして、またもやカウンターの下から取り出した青いオーブを丸い窪みに嵌め込んだ。
 レーシアは顔を上げ、僕を見据えた。

「お待たせしました。それではクーヤさん、冒険者手帳に手を。そして、冒険者として宣誓を」

 これまでとは打って変わって凜とした態度のレーシアに気圧されそうになりながら、僕は手帳に触れた。だけど――

「あの……宣誓って……」

 分厚い本に手を置いて戸惑っていると、視界に細い指が入ってきて表紙に刻まれた文字を指して止まった。
 なんだろう……デジャヴかな?
 その指を目で辿ると、マギナが微笑んでいた。
 ”意思疎通”の精霊書を思い出す。
 あの時はわけも分からないまま読まされたっけ……。
 思い出に浸っていると、指が文字を叩き始めた。

「ん!」

 嗚呼、またもデジャヴだ。マギナさん、いらついてらっしゃいますね。
 それじゃあ読むとしますか……。

「”我は冒険者として、人々の信頼に応えることを神に誓う”」

 次の瞬間、表紙に嵌められたオーブが青く光り始めた。同時に冒険者手帳とその上に乗せた僕の右手も光に包まれる。反射的に手を引っ込め――

「ちょっ、これ――えっ!?」

 左手で本を押さえ、右手を引き剥がそうするが、どうにもこうにも離れない。

「あ、あの、暴れないでください」
「大丈夫だから! 落ち着いて!」
「え? え? でもっ……ぁ、うん……」

 ふたりになだめられ、力を抜く。右手にはまだ少し力が入ってるけど。
 呼吸を整える。
 いまだに右手は手帳諸共、光に包まれれいる。
 さて、それでは先ほどなにが起こったのか分析しよう。
 まず精霊書と思われる本が起動して右手が光に包まれた。それに危険を感じて思わず手を離そうとしたけど、右手は瞬間接着剤でも仕込まれてたんじゃないかってくらい離れなかった。だからちょっとだけ、ほんのちょっとだけパニックにおちいったのだ。
 このことを少女たちに伝えなくてはならない。

「いや~、なんか手が離れないから、ちょっとだけ、驚いちゃったよ」
「は、はあ、そうですか……」
「うんうん、そうだね~。ちょっとだけ驚いてたね~。ところでクーヤ、顔が凄く赤いよ?」

 気のせいだと思います。

「もう少しで終わりますから……」

 情けが身に染みます。
 レーシアが言った通り、右手を包んでいた光はゆっくりと弱まり、表紙に嵌められたオーブと一緒に消えた。本に変化はない。
 なるほど、こういう精霊書もあるのか。

「お疲れ様でした。……もう手を離しても大丈夫ですよ」
「そ、そう……」

 ゆっくりと手を離す。
 手のひらを見てホッと息をつく。
 満面の笑顔を浮かべたマギナが、僕の顔を覗き込んできた。

「よかったね~。終わったね~。これでクーヤも冒険者だよ。おめでとう!」

 含みのある言葉について、今はえて聞くまい。
 レーシアは表紙に嵌められていた手帳を取り、微笑みながら両手で差し出してくれた。

「おめでとうございます」

 僕も両手で受け取り、マギナとレーシアに視線を送る。

「ありがとう」

 お礼を言って手帳に目を落とす。
 当然、中身が気になる。あれだけ分厚い精霊書を使ったんだから、きっとステータスとかスキルなんかも載っているに違いない。
 期待に胸を膨らませつつ表紙を開く。一ページ目には、冒険者としての僕の名前と、連絡先としてアルメリス精霊書店の住所が載っていた。
 続いて二ページへと進む。
 ……規約?
 ページを摘まんだ指先をこすり合わせてみる。
 ……ふむ、これが二ページ目か。まあ、規約は重要だよね。きっとこのあとだ。
 さらにページをめくる。規約が続く限り捲る。
 ……白紙?
 白紙が続く限りパラパラと捲る。
 そして最後のページに辿り着く。
 ……白紙だ。
 もしかして、さっきびびって手を離そうとしたから不具合が生じたのかな?
 レーシアに訊いてみよう。

「あの……これでいいのかな? その……ステータスとかスキルとか……」

 レーシアは不思議そうな顔をする。

「はい? ステータスとスキル……とは? ちょっとお借りしてもいいですか?」
「うん」

 手帳を閉じてレーシアに渡す。
 彼女は僕と同じようにゆっくりとページを捲った。

「どうかしたの?」

 マギナが僕と手帳を交互に見ながら訊いてきた。

「あぁ、いや、ちょっと……」

 僕は曖昧に答えた。下手に説明すると、僕が異世界人であることがばれるかもしれない。もしくは変人だと思われる。

「問題はないようですが……」
「あぁ、そうなんだ。だったらいいんだよ。ちょっと思ってたのと違っただけだから」
「そう……ですか」

 怪訝けげんそうな顔をするレーシア。
 とりあえず笑顔で誤魔化しとこう。

「クーヤは時々変なこと言うけど気にしないでね」
「はい……」

 変人ルートへのフォローをありがとう。
 しかしガッカリだ。こういうのってステータスとかスキルとか魔法――この世界だと精霊術か――とかが載ってるのが異世界ってもんでしょうに……。

「ところで、さっきの精霊書はなんのために使ったのかな?」
「わたしも詳しいことは知りませんが、冒険者手帳の盗難や悪用、偽造を防止することができるそうですよ」
「そうなんだ……」

 つまり、そういうことが横行したからこその対策なのだろう。
 異世界も世知辛いなぁ。

「それとですね、精霊書とは関係ないのですが、宣誓の時に神様に誓いを立てたので、請けた依頼を無責任に放り出すことはできませんのでご注意ください」
「あぁ、そういえば確かに――」

 言ったなぁ。というか、言わされたようなものだけど。
 神託の強制力で誓いを破れないってことなのかな? だけどそれっぽい神託は……あぁ、第三神託あたりか。もしくは、単に神への誓いを破ってはいけないってことなのかもしれない。
 どちらにせよ、僕には関係ないか。任された仕事に関してだけは最後まで責任を持てないと気が済まないし。

「問題ないようでしたら、冒険者ギルドのシステムについて説明を――」
「ねぇ、そろそろお昼にしない?」

 マギナがお腹を押さえながら割り込んできた。
 昼食にはまだ早い時間のはずだけど……。

「いや、まだ説明――」
「レーシアもそろそろお昼休みだよね? 一緒に食べよ!」
「はい! お仕事を片付けてすぐ行きます!」
「え、ちょっ――」
「レーシアはなに食べる?」
「マギナちゃんにおまかせで!」
「クーヤは?」
「え? あ、じゃあ僕もおまかせで――」
「じゃっ、席取っといて!」
「うん、分かっ――……行っちゃったよ」

 嵐が去った。
 もう、なにがなんだか。手持ち無沙汰ぶさたで退屈だったのかな?。

「ふふふっ、楽しみです」

 職務をおろそかにするギルド職員がいる。
 マギナに甘いどころじゃない。なんていうか、溺愛?
 さて、仕方ないから空いてる席を探そうか。

「それじゃあレーシアさん、僕は席を――」
「ところでクーヤさん」

 レーシアが微笑んでいた。顔に貼り付けたような、冷たさを感じる微笑みだ。

「マギナちゃんとは遠い親戚……ということでよろしかったですか?」
「う、うん」
「本当に? 本当に? 本当にですか?」

 あれ? このって、初めはオドオドしてらした方ですよね? 敵意――いや、これって殺気? 下手なことを言おうものなら死亡エンドですか?
 ここで慌ててはいけない。命懸けの嘘は、相手の目をしっかり見てつかなければならない。

「……うん、お互い知らなかったくらい遠縁だけどね」
「そう……ですか。ではなぜマギナちゃんのお家に? 街に居を構えてもよろしかったのでは?」
「そ、それは、女の子の独り暮らしは危ないから……まあ、番犬的な?」

 レーシアはカウンターから身を乗り出した。微笑んだまま。殺気をにじませながら。

「でしたら犬小――小屋でも建てればよろしいのでは?」

 犬小屋って言おうとした。
 確かに、この世界の犬が住めるような犬小屋なら、人間も寝泊まりできるだろうけど。

「さすがにそれは――」
「なにより! あなたとひとつ屋根の下というのが危険だと思うのですが」

 さすがに親子ほどに歳の離れた女の子に手を出そうとは思わない。なにより卑劣だし。追い出されたくないし。無一文だし。小屋を建てるとかそんな重労働したくないし。そんな技術もないし。
 ここは少しばかりプライドを捨てよう。

「僕にそんな度胸があるように見えるかい?」
「……見えませんね」

 ええ、そうですとも。臆病者ですとも。ちょっと手が光ったくらいでびびるヘタレですとも。
 おっと、へこんではいられない。レーシアが少しばかり引き下がった今が好機!

「そろそろ仕事に戻らないと、マギナさんとの合流が遅れるんじゃないかな?」

 僕の言葉に、レーシアはハッとする。

「そうでした! ……続きはまた今度にします」

 また今度がありませんようにと塔を登りたい気分だ。
 というか、レーシアのあれは溺愛ってレベルを超えてる。僕にとってはとても危険だ。不可抗力ラッキースケベでも非道い目に遭わされかねない。これからは、入室時にはノックを、転けた時は地面にキスを、風が吹いたら目をふさごう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界召喚は7回目…って、いい加減にしろよ‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
『おぉ、勇者達よ! 良くぞ来てくれた‼︎』 見知らぬ城の中、床には魔法陣、王族の服装は中世の時代を感じさせる衣装… 俺こと不知火 朔夜(しらぬい さくや)は、クラスメートの4人と一緒に異世界に召喚された。 突然の事で戸惑うクラスメート達… だが俺はうんざりした顔で深い溜息を吐いた。 「またか…」 王族達の話では、定番中の定番の魔王が世界を支配しているから倒してくれという話だ。 そして儀式により…イケメンの正義は【勇者】を、ギャルっぽい美紅は【聖戦士】を、クラス委員長の真美は【聖女】を、秀才の悠斗は【賢者】になった。 そして俺はというと…? 『おぉ、伝承にある通り…異世界から召喚された者には、素晴らしい加護が与えられた!』 「それよりも不知火君は何を得たんだ?」 イケメンの正義は爽やかな笑顔で聞いてきた。 俺は儀式の札を見ると、【アンノウン】と書かれていた。 その場にいた者達は、俺の加護を見ると… 「正体不明で気味が悪い」とか、「得体が知れない」とか好き放題言っていた。 『ふむ…朔夜殿だけ分からずじまいか。だが、異世界から来た者達よ、期待しておるぞ!』 王族も前の4人が上位のジョブを引いた物だから、俺の事はどうでも良いらしい。 まぁ、その方が気楽で良い。 そして正義は、リーダーとして皆に言った。 「魔王を倒して元の世界に帰ろう!」 正義の言葉に3人は頷いたが、俺は正義に言った。 「魔王を倒すという志は立派だが、まずは魔物と戦って勝利をしてから言え!」 「僕達には素晴らしい加護の恩恵があるから…」 「肩書きがどんなに立派でも、魔物を前にしたら思う様には動けないんだ。現実を知れ!」 「何よ偉そうに…アンタだったら出来るというの?」 「良いか…殴り合いの喧嘩もしたことがない奴が、いきなり魔物に勝てる訳が無いんだ。お前達は、ゲーム感覚でいるみたいだが現実はそんなに甘く無いぞ!」 「ずいぶん知ったような口を聞くね。不知火は経験があるのか?」 「あるよ、異世界召喚は今回が初めてでは無いからな…」 俺は右手を上げると、頭上から光に照らされて黄金の甲冑と二振の聖剣を手にした。 「その…鎧と剣は?」 「これが証拠だ。この鎧と剣は、今迄の世界を救った報酬として貰った。」 「今迄って…今回が2回目では無いのか?」 「今回で7回目だ!マジでいい加減にして欲しいよ。」 俺はうんざりしながら答えた。 そう…今回の異世界召喚で7回目なのだ。 いずれの世界も救って来た。 そして今度の世界は…? 6月22日 HOTランキングで6位になりました! 6月23日 HOTランキングで4位になりました! 昼過ぎには3位になっていました.°(ಗдಗ。)°. 6月24日 HOTランキングで2位になりました! 皆様、応援有り難う御座いますm(_ _)m

オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~

鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。 そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。 そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。  「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」 オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く! ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。 いざ……はじまり、はじまり……。 ※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。

転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする

ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。 リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。 これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。

商人でいこう!

八神
ファンタジー
「ようこそ。異世界『バルガルド』へ」

莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ

翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL 十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。 高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。 そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。 要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。 曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。 その額なんと、50億円。 あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。 だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。 だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

処理中です...