精霊書店の異世界人

多々羅

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第三章 黒犬が駆ける森

休憩

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 生い茂った草をマギナが短剣で切り開き、茂みの奥のスペースに辿り着いた。見立て通り、四人なら余裕で休める広さだ。ベンチ代わりになりそうな丸太まである。そこに三人は座れるだろう。
 さて……と……。
 丸太の横にリュックの入ったリュックを下ろす。そこから少し離れて、スペースの端のほうに座る。ハンマースピアを横に寝かせる。そして僕は倒れるように大の字になった。髪や服が汚れるとかどうでもいい。枕にもならないくらいに膨らんだリュックに頭が当たらなければ、それでいい。

「ハアァァァ~~~」

 疲労と開放感が押し寄せてきて、思わず悲鳴のような溜め息が出た。

「おーい、寝ちまったら起きれなくなんぞ」
「大丈夫……もう……手遅れだから」

 リムくんよ、それは僕が地面に座った瞬間に言って欲しかった。もっとも、聞く耳なんて持たなかっただろうけど。
 それにしても、なんとも都合のいい場所があったもんだ。周りは草木が生え放題なのに、このスペースだけは低い草しかない。しかも丸太のベンチ付きだ。もしかすると誰かが整地したのかもしれない。
 と、頭の上のほうでゴソゴソと音がした。
 誰かが僕のリュックを開けてるのかな? まあ、全員分の荷物が入ってるから僕のってことはないけど。

「お水飲む-?」

 マギナの声だ。どうやらリュックの横に座ったみたいだ。

「はい、頂きます」
「俺にもくれー」

 声の遠さからして、マギナの隣にレーシア、その隣にリムが座ったっぽい。

「はい、レーシア」
「ありがとうございます、マギナちゃん」
「リム~」
「うぉっと! 投げんなバカッ!」

 リムが蹴り上げたと思われる土が、ちょっと顔に掛かった。とんだとばっちりだ。
 面倒だけど右手で土を払う。

「クーヤも飲む?」

 後頭部を地面に押しつけて見上げると、マギナが僕の水筒をチャプチャプと揺らしていた。
 寝たまま右手を差し出す。我ながらいい御身分だ。
 そんな僕に笑顔で水筒を手渡してくれるマギナさんはマジ天使だと思う。今だけは。

「ありがとう」

 お礼を言って水筒を顔の上に持ってくる。
 鈍い銀色の金属――すずか鉄か、もしくはそれに似た金属――でできたボトル型の水筒で、栓はコルクっぽい。
 受け取ったはいいけど、寝たままだと飲みにくいな……。

「……ょっこいしょ……っと」

 あ、よっこいしょって言っちゃった。外見は若返っても中身はそのままだから仕方ないか。

「なんだよ。起きれるじゃねぇか。ってか、年寄り臭ぇな……あんちゃんいくつなんだよ?」

 リムの言葉はひとまず無視する。
 水筒の栓を引っこ抜き、水を一口、二口と飲んで渇いた喉を湿らせる。

「クーヤは三――二十三歳だよ」

 溜め息をひとつ。
 運動のあとの水分補給は身に染みるなぁ……。
 それにしても、おかしいな……。僕の年齢を捏造した張本人が、うっかり実年齢を言いそうになってるじゃないか。

「二十三か……見た目はそんなもんだよな。けど、なんかしっくりこねぇんだよな……」

 リムは妙に鋭いな……。
 水を一口飲んで、肩越しに振り返る。

「ところで、リムくんとレーシアさんはいくつなんだい?」
「俺か? 俺は十六だ」
「わたしは十七歳です」

 レーシアはマギナにくっついて座ってるんだけど、リムはレーシアから少し離れている。
 あの隙間……無性に座ってみたくなるな……。

「クーヤ?」

 おっと、いかんいかん。マギナが「どうしたの?」って顔でこっち見てる。

「あぁ、ごめん。じゃあ、レーシアさんだけひとつ上なんだね」
「うん、そうだよ!」

 リムはマギナと同い年だったのか……まあ、男ならもう少し背が伸びる可能性はあるかな。

「もしかして、三人は幼馴染みなのかな?」
「違うよ。学校は一緒だったけど、ちゃんと知り合ったのは三年くらい前だよね?」
「はい、そうです! あの時のことはいつまでも忘れません!」

 レーシアが目を輝かせてマギナの手を握った。マギナは気圧されたのか苦笑いしている。

「そのあとは腐れ縁だけどな」

 リムが嘆息混じりに言った。

「腐れ縁だなんてそんな……わたしは運命だと思っていますよ?」
「ぇ……その……そう……かもな」

 レーシアに悲しげな瞳を向けられたリムは、顔を背けながらも肯定した。ちょっと顔が赤くなってるような……。
 三年前になにがあったのか気になるけど、訊いたが最後、レーシアの独壇場になりそうだ。
 水を一口飲んで、水筒に栓をする。まだ半分くらい残ってるけど、先のことを考えて――といいたいところだけど、貧乏性なだけだ。
 水筒を胸に抱き、再び寝転がる。

「あ、また寝ちゃった」

 呆れたような声でマギナが言った。

「休める時に休めるだけ休まないと身が持たないよ」
「それもそうだね」

 納得してくれたようだ。
 ――と、僕の左側に生えている木が気になった。複雑に絡み合った細い枝がカップ麺を連想させる。
 この世界って麺料理とかあるのかな? 今度マギナに訊いてみよう……ん? なんか妙にとがった枝が二本も突き出てる……立ち上がるときは気をつけよう。毒とかあったら嫌だし。

「ねぇ、レーシア。ヴィデッツにはまだ着かないの?」

 おぉ、マギナがいいこと訊いた。

「そうですね……このペースでしたら、日が暮れる前にはヴィデッツ森林区に入れますね」
「そっか~」
「とりあえずヴィデッツまでは行かねぇとな。で、野営できるとこ探そうぜ」

 野宿か……って――

「テントとか持ってきてないよね?」
「あんな重いもん、邪魔にしかならねぇだろ」

 キャンプとかしたことないけど、そんなに重いのかな……いや、僕が思い浮かべたテントは化学繊維で軽量化された代物だ。だけどこの世界でそんなものは見たことがない。となると、革とか布が使われている可能性が高い。

「そう……だね。重そうだよね。だけど雨が降ったり……虫とか動物が寄ってきたら危ないんじゃ……」
「心配すんなって。雨は降らねぇよ。多分な。虫と動物は……まあ大丈夫だ」

 ……その説明で納得しろと?

「いや……もしもの時の対処法について訊いたんだけど……」
「リムはダメダメだね~。代わりにわたしが説明してあげるよ!」
「あぁ!? 誰が駄目だって――」
「雨が降ったら雨宿りできるとこを探せばいいし、虫と動物はいろいろやり方があるから任せてよ!」

 マギナの説明は雑だ。

「え~っと、じゃあ次の方……レーシアさん、もう少し具体的な説明をお願いします」
「ははっ、お前も駄目じゃ――」
「ペンピストは山が多いですから、あちこちに洞窟があります。それと、木こりの方々やわたしたちのような冒険者が寝泊まりできる小屋も点在していますから、そういった場所を見つけることができれば、雨風に晒される心配はありません。虫と動物の対処についてはいくつか方法がありますけど基本的にはふたつです。ひとつは虫や動物が嫌がる臭いを出す草木がありますから、それらを燃やしたり撒いたりします。もうひとつは精霊書を使う方法です。これはマギナちゃんのほうが詳しいですね」
「うん、そういう精霊書があるの!」

 完璧だ。思わず拍手してしまうほどに。水筒を落とさないようにしないといけないから大きな音は出ないけど。

「いや~、よく分かったよ。ありがとう」

 説明が分かりやすかったこともさることながら、マギナに花を持たせようとする気遣いまでしてみせた。素晴らしい。で、折角持たせてくれた花を大雑把に扱ったマギナは減点です。

「いえ、無知なクーヤさんのお役に立てたようですのでよかったです」

 こっそりとげを投げつけないでくれると、ありがたい限りなんだけどね。

「じゃあ、そろそろ行くか? 日が暮れちまったら小屋も洞窟も見つけらんねぇぞ」
「それもそうだね。クーヤ、立てそう?」
「うん、大丈夫……だと思う」

 横になれたおかげか、体力は随分回復したような気がする。

「じゃあ、水筒ちょーだい」

 受け取った時と逆の動作でマギナに水筒を渡す。
 さて、起き上がれるかな――――っと……よし、どうにか立てた。
 おっと、ハンマースピアを忘れちゃいけないな。
 地面に寝かせていたハンマースピアを持ち上げ、肩に担――ごうとしたら、柄がなにか硬いものに当たり、コォーンと音がした。見ると、さっき気になっていた二本の枝の片方に柄が当たっていた。
 ……というか、これって枝なのかな?
 さっきの感触と音は木よりもずっと硬いものに当たった時のそれだった。それに周りの枝の倍以上は太いし……枝というより角っぽいような――

「あんちゃん、下がれ!」

 緊迫した声でリムが叫んだ。

「……え? ――っ!」

 慌てて後退する。
 一瞬、なんでリムが「下がれ」と言ったのか理解できず呆けてしまっていた。やっぱりあれは枝なんかじゃないんだ。そして少なくとも、あれは生物の体の一部だ。
 ハンマースピアを握る手に力が入る。
 次の瞬間、二本の突起物が周囲の枝を強引にへし折りながら、上へ上へと移動した。そしてその動きが止まった時、それはその姿をあらわにした。
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