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出生の秘密

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「もともと教授は、国中に関連施設のあるデカい医療グループの理事長だった。
 教授から引き継いで、今そこの理事長やってるのが……。
 俺が父親だと思ってた男で、俺の異母兄弟」

 父親だけど兄弟?

「ハロルド? よくわからない」
「ははっ、だよなぁ。」

 自嘲気味に笑って前髪を掻き上げる。

 はあーっと、大きく息を息を吐く。

「ちょっと長い話になる」と、前置きして話し出した。





 むかーし昔、教授はグループ会社の理事長として、トップに立ってた。
 奥さんは早くに亡くなってたけど、間に一人息子がいたんだ。

 息子は跡を継ぐべく、大学で医学を専修してた。
 次期当主の妻の座目当てに、言い寄ってくる女が沢山いたみたいだ。

 でも息子は誰とも付き合わなかったんだ。資産と名誉目当ての女なんか虫唾が走るって、メイドに愚痴ってたらしい。

 ただ、どんなに冷たくされても諦めない女が一人いた。


 ちょうどその頃、教授は理事長としての仕事をしながら、大学の特任教授として時々息子の通う大学に行ってた。

 女はそれを利用したんだ。

 薬学の知識があった女は、ある日教授の研究室に入り込んで、教授の飲み物に一服盛った。
 教授が眠ったのを確認して、女は部屋の内鍵をかけると、教授にまたがった。


「この後の展開予想できるか?」
「教授と、セックスした、のか?」
「あたり」


 女は、法律的に堕胎が許されない時期まで待って、リー家にやってきた。

『私は当主の子を妊娠している。
 私を次期当主の妻として迎え入れるなら、世間には公表しない。この子供も、次期当主との間に出来た事にする』ってな。

 リー家は、受け入れるしかなかった。


 教授は、自分名義の権利と財産をぜーんぶ息子に譲って、リー家との関係を絶った。

 そうして、生まれたのが俺。


 子供のころは、そりゃ必死だった。
 どうすれば両親に愛されるのかって。

 でも父親は、俺の事なんか、到底受け付けないし。
 母親も、リー家に入り込むために妊娠しただけで、目的を果たしたら『俺』なんかに興味も無かった。


「淋しかったのか?」
「まぁそうだな。家族として同じ屋敷にはいたけど、正直、会話らしい会話をした事なかった」


 だからメアリーから、本当の事を聞いた時に、初めて腑に落ちた。
 ああ、だから愛されなかったんだって。
 やっと分かった。

 俺が生まれなければ、少なくとも二人の男の人生は安定したもんだった筈だ。



 話し終えたハロルドは、随分疲れた顔をしてた。

「悪い、少し眠る。なんかスゲェ眠い」

 この男にとって、思い出すだけで相当なエネルギーを消費する過去なんだろう。

 ハロルドが膝の上で組んでた手に、自分の手を滑り込ませた。
 何となく、今、この男に触れていたいと思ったから。

「レイ」
 指を絡め、握り返してくる手は、いつもの暖かい手だった。

「一緒に来てくれてありがとう」
 口角を無理やり上げて、ハロルドは微笑んでみせた。

「俺は、なんにも」
「いや、お前がいなかったら、きっと会いに来れなかった。そんで後悔した。
 お前が見ててくれたから、父さんに向き合えた」

 いつも余裕があって、明るくて、人生において暗い部分なんか無い様なこの男にも、こんな側面があるんだ。

 そして俺は、思い出すのも辛い過去を知ってほしいと。

 そう思えるくらいの信頼を、ハロルドから寄せられているんだ。

 そして、実の父親である教授も。
 俺に『頼む』と言った。
 俺なんかに。

 二人の信頼に応えられる人間でありたい。そう思った。




 ハロルドは、俺の頭に甘える様に額をすりつけると、すうすうと、小さな寝息を立て始めた。







「失礼」

 運転席から、控えめな声量で話しかけられる。

「もし宜しければ、このまま海沿いのルートを走りますが」
「え?」
「市内を横切るより、四十八分ほど長くご乗車頂けます」

 あ、
 そういう事か。

 俺は眉間にシワを寄せて目を閉じるハロルドを見た。
 このまま、少しでも長く寝かせてやりたいと思った。

「頼む」
「かしこまりました」

 丁寧な運転だった。
 タイヤから感じる振動は、舗装の雑な道を走っているとは思えない程、穏やかだった。

 車窓からは港に帰ってくる沢山の船が見える。
 笑顔で出迎える女達。
 快晴の空。 飛ぶ海鳥の群れ。
 この街の平和な日常の始まりだ。

 ずっと見ていたいと思う程に、それは幸福な光景だった。

「俺も、アンタと一緒に来てよかったよ」


 肩口にハロルドの寝息を感じながら、俺もゆっくり目を閉じた。
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