春風の魔法少女 ルチルの大冒険

ウェルザンディー

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第17話 追う者逃げる者

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「……ん?」



 青年が一人、眉をひそめる。急激な大気の流れの変化を感じたからだ。



「い、今あっちの方で強い風が……」
「そんなの言われなくてもわかってる。しかし……」


 青年は自分についてきている山賊に視線を向け、見下した態度と共に尋ねる。


「ローゼンで奴を見逃した時も、強風が吹いていたんだってな?」
「へ、へえそうでやす。つむじ風のようにびゅーっと……」
「ちょうど今のような風だったぜ! しかしあいつのいる所には、何故か強風が吹くんだなあ」
「何故かで終わらせようとするから下っ端なんだよ」
「あ゛!?」

「怒るな怒るな。だって仕方ないだろ、事実なんだからさ?」



 すると青年と会話をしていた山賊達――


 一斉に揃って、鼻をつまんで目を見開く。



「んぐっ……!! この、すっぺえ臭いは……!!」
「え? ああ、この近くにいるのか。『クサレビト』」
「ひい~!! い、嫌だここまで来て~!! 腐りたくねえ~!!」
「ふうん……」



 青年だけが鼻をつまむことなく、より強い臭いの感じる方向に向かっていく。




 少し歩いていった先にいた。汚い色のドロドロに包まれた生命体がいくつも。



「「「ウウウウウウウ……」」」

「「「アアアアアアア……!!!」」」




「こいつら……なんかおかしいな。でも取り敢えずぶっ飛ばすか」



 青年はそう呟いた後、杖をクサレビト達に向け――



「『翠嵐』。消えてなくなれ」



 溜め込んだルーンを一気に放出する。




「「「ウオオオオオオオオ……!!!」」」



 肌を撫でるのではなく、叩き付けて皮膚の内側まで届きそうな、痛みを孕む強風。


 叩く所がないクサレビト達は、風に立ち向かうこともできず、ただ行き所のない肉体を



「「「オアアアアアアア……」」」


 そのまま肉体を大気に溶かしていった。





「……すっ、すげえ。クサレビトを倒した……!!」
「まあ倒せるけど……魔法の通りが悪くて疲れるだけだから、やりたくないんだよね。君達がぼくの実力を疑っているようだから、見せてあげただけだよ」
「……」


 希望を感じたが、それはそれとしてこの青年のことは嫌いだと、山賊達の誰もが思う。


 嫌悪感を向けられていることも気にせず、青年は地面の観察を始めた。


「確か南東の方角にあるのがヤルンヴィドだ……大分距離あるけど」
「でもあの辺りは残らず腐っちまったって話だぜ。また新しい土地を求めてきたんでねえの?」
「だろうな。だがその痕跡がちょっと不自然だ……」



 青年の後ろを追って、山賊達は変色した地面を辿っていく。



「そもそも今のクサレビトからは、不思議なものを感じた。『獲物を取り逃がして悲しい』、そんな感情だ」
「獲物だぁ? こいつら足遅えから、逃げられたってことでねえの」
「だろうな。そしてこの辺りで止まっていると」


 変色した地面の終着点に立ち、青年は周囲を見回す。



 ちょうど地平の彼方には、テント群が見えた。ベースキャンプである。青年の雑感ではあと2キロほど向かった先であろう。


「あとちょっとって所で魔術師の拠点を見つけて、襲われるのが嫌だから、泣く泣く撤収して戻ってきたってことだ」
「へえ~、クサレビトにもそんな知能があったんだなあ」
「腐っても元は人間だからねえ。肉体が腐っているのを同胞だと判断して、一緒に行動する集団性はあるらしい」


 青年の中では、クサレビトの存在と、先程感じた強風とが結びついていた。


「集団で群れてくるクサレビトから逃げるべく、強風を起こした――とかね」
「ただあの蒼い奴が、風の魔法を使えるとは到底見えなかったんだけどな……」
「だとしたら協力者がいるんだろう。そもそも最初の時点で君達が瀕死に追い込んでいた。誰かが助けてくれなかったら、今頃君達でも捕まえられていただろう……」
「ぬ……ぬぅ」


 青年の物言いが癪に障るが、意見そのものは説得力があるので、唸る山賊達。


「流石のぼくでも、魔術師団相手に事を起こすのはごめんだ。日が明けてから作戦を練ろう」
「そもそも事を起こすなってボスに言われてんだよ!」







「は……はぁ~……本当に死んじゃうかと思った……」
「すっ飛んでくるクサレビト……ビジュアルがやべえ……」



 馬車を一旦降り、ルチルとクレインはこのベースキャンプで一息つくことに。テントの利用申請をして取った部屋で一息つく。


 ここにいれば魔術師団が守ってくれる。その安心感が二人から力を奪っていくのだった。



「クレインは初めて? クサレビト見るの」
「……実はな。今までスヴァーダの騎士団や魔術師団に止められていたから、近づけなかった」

「ま、それが普通だよね……ライヴァンの『大腐乱』は、主要交易ルートとかを塞いでいるわけじゃないんでしょ?」
「そうだな、大陸の端っこから侵食するように発生している。中央部には森が少ないってのもあるが……」
「あー……そういうのもあるのか」


 ルチルとクレインも知っている通り、『大腐乱』は決まって森林がある場所から発生している。そのため一部地域では、『大腐乱』対策として森を切り倒すという施策も行われているのだ。


「森なあ……『大腐乱』の危険性があるとは言え、ライヴァン人にとっては憧れなんだよ。どっかの部族が森を造ったはいいが、瘴気に飲み込まれて全員クサレビト、なんて事例もある」
「……やるせないね、そういうの」



 『大腐乱』によって発生した瘴気。それに当てられてしまった人間が、先程の『クサレビト』なのだ。元の姿がわからない程に肉体が溶けてしまい、絶えずその苦しみに悶えている。

 昼に襲ってきたあのクサレビトも、ヤルンヴィドかその周辺に住んでいた住民の慣れの果てである。絶え間ない痛みから逃れたいのか、同じ苦しみをより多く味わわせたいのか。理由はわからないが、とにかくクサレビトは腐っていない人間を襲おうとする。



「このまま色んな森が腐っていっちゃったら、人間はどこに住めばいいんだろう……」
「人間だけじゃなくって、野生動物やガンドも危ない。植物だってそうだ……」
「そうだね……これまでは普通にポプリ作ってたけど、作れなくなっちゃう可能性だってあるよね……」


 ルチルはポシェットからポプリを取り出す。『アリルハーブ』が入っているモイストタイプのポプリである。


妖精アリルなら何か答えを知っているのかな……」
「よせよ、ないものねだりなんて。所詮あいつらは伝説上の存在だろ」
「それはそうだけど……」



 クレインの言う通り、妖精アリルとは、レヴス・ラーシルに伝わる生物。森の奥深くに住まう存在で、淡い光の球体に蝶のような翅が4枚ついている。手のひらに乗れるほど小さくて、仕草が愛らしい――そうだ。


 だがそのような生物は誰も見たことがない。レヴス・ラーシルの秩序を決定づけた、創世記とも呼べる伝説にのみ、その存在は語られている。それによると妖精アリルという存在は、純粋無垢を秘める存在故に、神ですら手を焼く生物なのだとか。



「というか森が腐れ落ちてるんなら、そいつらの住処も滅ぼされてるだろ。仮にいると仮定しても」
「うう~……夢がないことばっかり言う~」
「現実見なきゃクサレビトに太刀打ちできねえよ。さて……」


 クレインは窓際にペンダントを置き、布団をかぶる。


「おれはもう寝るぜ。ルチルも寝ろよ、魔法使って疲れてるんだから」
「あ……うん」
「明日以降はヤルンヴィドから距離置くし、大丈夫だと思うんだがな~……」



 話す相手が眠ってしまったので、程なくしてルチルも眠りに入るのだった。
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