119 / 247
第1章2節 学園生活/慣れてきた二学期
第116話 孤児院の夜・その2
しおりを挟む
「……美味しい……」
ビーフシチューの牛肉を口に入れ、頬を綻ばせるエリス。
「まあ、そう言っていただけて何よりですわ。今日の食事は子供達が張り切ってくれて、買い出しから調理まで準備してくれたんですよ」
「そうだったんですね……」
食堂を一通り見渡せる席から全体を見回す。
「お姉ちゃん、お勉強はどう? 大変?」
「そりゃあもう! 毎日宿題に埋もれて大変だよ~!」
「そうなの!? じゃあお姉ちゃん、すっごく頭良いんだね!」
「ま……まあね!」
「ねえねえお姉ちゃん! 学園にはナイトメア、いっぱいいるんでしょ? どんなのがいた?」
「色々いたよ! 武器とか魔物とか、皆みたいな小さい子供の姿をしているのもいたなあ!」
「ほんとう!? だったらわたしも友達になれるかなあ!?」
「なれるよきっと!」
隣の席から、正面の席から、果てには遠くの席から。各方面からリーシャは質問攻めに合い、中々手が進まない。
「……リーシャ、すごい人気ですね……」
「皆にとっては憧れですからね。この孤児院で唯一、魔法学園に行っているから」
「……」
フォークとスプーンを置き、エリスは肩を竦めながら切り出す。
「……前に学園で、いじめ? なのかなあ……貴族の子に、皆の目の前で色々言われているの、見ちゃって……確か、名前はカトリーヌだったと……」
「ああ……ディアス家のご令嬢ですね。リーシャと同じ使節生だったはずです」
「使節生?」
メアリーとエリスの会話に、エリスの正面に座っているカタリナも静かに耳を傾ける。
「イズエルトではグレイスウィルとの親交を深めるために、毎年王国の代表として生徒を魔法学園に送り出すんです。帝国時代に従属の証として身内を送り出していた名残のようなもので、権威的ではないんですけどね」
「平民の子供でも何か成果を残せば選ばれる可能性があるとは謳われていいますが、それでも選ばれるのは貴族の子供ばかり……」
コップの中の果実水が、天井から下げられた照明に照らされ揺れる。
「でも選ばれたんですよね。多分……他の子は貴族の子なのに、その中で一人だけ……」
「この制度が開始して以来初めてのことだと、氷賢者様が話しておられました」
「……あの子は曲芸体操が大好きで、ここにやってきた二年前から、毎日のように雪華楽舞団の舞台に通って……自作のノートなんか作ったりしてて、本当に夢中になっていたんです。恐らくそれが女王陛下のお目にかかれたのでしょう」
彼女の口から出てきたのは、心の底から誰かのことを思っているような溜息だった。
「初めてイズエルトに来て、それもまだまだ若い貴女達に……現実を突き付けるような話をするのは……」
「……きっと、多分、大丈夫です。だってここは孤児院ですよね。孤児ってことは……リーシャのお父さんとお母さんは……」
「……亡くなってはいないんですよ、正確には。ただ連れて行かれてしまって、安否がわからないだけで」
「連れて行かれた?」
「この石像を崇める者達にです」
メアリーの後ろでは、潺のように流れる髪を湛え、羽衣を纏って両手を広げ、そして背中から翼が生えた女神の石像が飾られている。
「イングレンス聖教会……歴史柄、この国の半分程は彼らに支配されているようなものです。奉納金と称して多額のお金を徴収し、それを払えないとなると女神への反逆罪として連行されていく……」
「二年前、リーシャの住んでいた島では大規模な飢饉があって、それにも関わらず聖教会は断罪を執行しました」
一連の暴動も引っくるめて、それが『大寒波』と呼ばれていることも教えてくれた。イズエルトの歴史を語るには欠かせない大事件とも。
この北国に住まう多くの民が、たった一度の冬で、人生の転換を余儀なくされたのだ。
「……そんな」
「彼らにとっては民の命なんて些細なものでしかなかった。そこで生きていた人々の生活を、全て否定し秩序を押し付けた……今でもその遺恨は残っています」
グレイスウィル地上階にある壮麗な大聖堂。そこを管理するバフォメットを連れた修道女レオナ。夏季休暇に出会った彼女も、また聖教会の人間である。
優然とした彼女の姿を思い浮かべ、エリスは苦しい気持ちになる。世界には様々な者がいることを、負の感情と共に実感した。
「メアリーさんも……聖教会の人、ですよね?」
「ええ。聖教会にも多数派と少数派がいて、私は少数派です。慈善活動に精を出し、献身的に尽くすことは間違っている――女神への反逆とされている。この孤児院に仕えている時点で、私の救済はないようなものです」
「それは……違うと思います」
藻掻くように言葉を綴る彼女を見て、咄嗟に出てきた言葉。
それを聞いて、メアリーは目を丸くする。
「さっき言いましたよね。ここの子供達のお母さんみたいなものだって。上手くは言えませんけど……女神様が救ってくれなくても、子供達が。リーシャが救ってくれると思います」
「……本当に、リーシャは良い友達を持ったわね。ええ、きっとそうかもしれません――」
揺らめくキャンドルの炎が、食卓を温かく照らし見守っている。共感するように、包み込むように――
夕食を終えた後、エリス達は泊まる部屋に案内された。既に入浴は温泉で済ませてあるので、後は寝間着に着替えて寝るだけである。
「でもちょっとは宿題やってこうかな……」
「あはは、せっかくの旅行なのにお勉強? まっじめ~」
「だってぇ……」
持ってきた宿題は、当然魔法学総論。当初は勉強になるからいいかなと思っていたが、行動範囲や課外活動での仕事が増えた今はだんだん重荷になりつつある。
「終わらないんです……ちょっとずつじゃないと……」
「大変だなあ……そうだ! 頑張れるようにココア入れてあげるよ!」
「え、いいんですか? 申し訳ないです」
「気にしちゃだめよ! ちょっと待っててねー!」
エリスとカタリナが泊っている部屋は子供達の居住区画の一室。元々リーシャが住んでいた部屋で、現在は彼女以外にも年上の少女が二人住んでいる。リーシャも昔の自分が慣れ親しんだ部屋ということで、ここに泊まることになった。
「ねえねえ、宿題ってどんなのやるの? 私に見せてよ」
「いいですよ。これはですね、触媒についてまとめてレポートにするんです」
「触媒……? 杖とかのことだよね? でも、レポートって?」
「えっと、物事を相手に理解してもらえるように自分の言葉でまとめるんです」
「何それ、ちょー難しそう!? やっぱり学園って大変なんだなあ……」
ダイニングテーブルを借りて宿題を進めるエリス。その隣でカタリナは、小型犬二匹とセバスンが戯れている様を見つめていた。
「どう? 可愛いっしょ、うちのナイトメア」
「……はい。人懐っこくて、ふわふわで……気持ちいいです」
「聞いた話だとナイトメアって犬や狼で発現されることが多いんだって。初代騎士王が犬を連れていたから、その影響らしいよ」
「そういえば皆の中にも犬のナイトメアいたよね」
「すっげーもふもふで只者、いや只犬じゃなかったよね」
少女がココアを持ってきて机に置くと、そのタイミングでリーシャとスノウも入ってきた。
「姉さ~ん。お風呂空いたって~」
「あーい。んじゃうちらも行ってくるか~。おいで!」
「はいはい、お風呂できれいきれいになりましょうねえ~」
二人の少女と犬二匹は部屋を出て行き、リーシャがエリスの隣に来る。
「セバスン! せっかくのきかい、なのです! スノウとあそぶのでーす!」
「ほっほっほ。ではわたくしも手加減はいたしませんぞ」
「あ、あの……お部屋が壊れない程度に、ね?」
「勿論それは承知の上」
「うん、よかった……ふふっ」
スノウが作り出した氷柱を、セバスンが切りかかって両断する。そんなナイトメア同士の戯れを、カタリナは微笑ましく見ていた。
それを後ろにリーシャとエリスは話をする。
「リーシャって、ここでは毎日三人で暮らしていたの?」
「そうだよ。机の取り合いとかいびきがうるさいとかで喧嘩になったこともあったけど、何だかんだでここから移動したことはないかなー」
「……大変じゃない? いつも一人になれないって」
「そう言われればそうかなー。でもここにいる皆、境遇が同じだから結局何とか落ち着くんだよね」
何事もなく出てきた境遇という単語が、鋭い刃物となってエリスの心臓を刺す。
「……自分の人生、恨んだりとか……しなかった?」
「え? いやあ、それはまあ……」
リーシャは頬を指で掻く。気にしていないことのアピールだ。
「……何でこんなことになったんだろうとか、思うことはあったけどさ。でもそれは終わったこと! 後ろを見ても仕方ないから!」
「……」
「私は一生懸命に生きていくことにしているの。この孤児院にやってきた時から、ずっとね。恨んでいる余裕なんてないない!」
「……強いんだね」
「いやーそんなことないよ!? 寝る時枕を濡らしすぎて、何回枕カバー取り替えたか覚えてないから!」
手を振りながら見せるその笑顔も、今では少し逞しく思えてくる。
「ていうかそういうこと訊いちゃうってことは、あれなの? エリスは自分の人生恨んじゃうようなことでもあったの?」
「え? 別にそんなことは……あーうーん、一歩間違えればリーシャみたいに孤児院だったかもって、そう思ったかも」
「へ? エリスの親って……」
「いるけど血は繋がっていないんだよね」
すらすらと動かすペンにも似た口調でエリスは言う。カタリナも興味を持って首を伸ばしてきていた。
「……逆にショックじゃない? エリスが知ってるってことは直接伝えられたってことでしょ?」
「一緒に愛しているってことも伝えられたよ。わたしもそれでいいって納得したし。血は繋がってなくても、もちろん繋がっていても。大切なお父さんとお母さんだよ」
「……そっか。そうだね」
リーシャはぱらぱらと本を捲りながら、ココアを飲んでゆっくりしている。
「リーシャ、今何の本読んでるの?」
「これ? これはねえ、イズエルトに伝わる噂とか伝説を纏めた説話集」
「小話がいーっぱいってことかあ」
休憩がてらエリスは顔を覗かせる。開いていたページには雪と氷を内包するガラスの筒が描かれていた。
「これ、雪灰灯? 何か噂があるの?」
「うん。曲芸体操やってると必ず耳に入るレベルの知名度だよ。何かねー、人を選ぶ雪灰灯ってのがあるらしいよ」
「人を選ぶ……そんなものが」
カタリナも移動してきて頁を覗き込む。
「何だか騎士王伝説にもそういう話があったような。『ユーサー・ペンドラゴンの旅路』だったかもしれないけど」
「無機質が意志を持って使い手を選ぶ、なんてのは鉄板の題材だねー。そういうのって基本武器だけど、雪灰灯でもそういうのがあるっぽいよ」
「目撃者とかは……いないから噂になってんだよね」
「まだそれに適う演者が現れていないとも言うね。だから自分こそがそれになるんだと、意気込んで頑張りましょーで大抵締め括られる」
「ふーん……」
よく見ると本はたったの一ページだけで、それに関する記述をやめてしまっている。
「これ見るに、出所とかは不明だけどこんな噂があるよーって紹介だけしてる感じだね」
「そうそう、どこから出回ったのかもいつから出回ったのかも不明。にも関わらずある程度の知名度はあるんだから、曲芸体操って世界はやっぱ広いよねー」
「わたしが思っている以上に広いってことがわかったよ……今日一日だけでもね」
ペンを走らせているのはそのままだが、エリスの心境はあることに向けられていた。
(集団で共同生活……みんなでご飯、あったかい大浴場。気軽に話せる同じ部屋の友達……)
(学生寮に入ると毎日こんな生活かぁ……)
(……体験しちゃうとやっぱり羨ましくなっちゃうな。帰ったらハインリヒ先生に相談してみようかな……)
「どうしたのエリス? 手が止まってるよ?」
「……考え事してた。やっぱりお湯に浸かれるっていいなあって」
「何それ」
「リーシャ、あたしココアのお代わり貰いたいんだけど……」
「そこにある湯沸かし使っていいよー」
「ありがとう」
ビーフシチューの牛肉を口に入れ、頬を綻ばせるエリス。
「まあ、そう言っていただけて何よりですわ。今日の食事は子供達が張り切ってくれて、買い出しから調理まで準備してくれたんですよ」
「そうだったんですね……」
食堂を一通り見渡せる席から全体を見回す。
「お姉ちゃん、お勉強はどう? 大変?」
「そりゃあもう! 毎日宿題に埋もれて大変だよ~!」
「そうなの!? じゃあお姉ちゃん、すっごく頭良いんだね!」
「ま……まあね!」
「ねえねえお姉ちゃん! 学園にはナイトメア、いっぱいいるんでしょ? どんなのがいた?」
「色々いたよ! 武器とか魔物とか、皆みたいな小さい子供の姿をしているのもいたなあ!」
「ほんとう!? だったらわたしも友達になれるかなあ!?」
「なれるよきっと!」
隣の席から、正面の席から、果てには遠くの席から。各方面からリーシャは質問攻めに合い、中々手が進まない。
「……リーシャ、すごい人気ですね……」
「皆にとっては憧れですからね。この孤児院で唯一、魔法学園に行っているから」
「……」
フォークとスプーンを置き、エリスは肩を竦めながら切り出す。
「……前に学園で、いじめ? なのかなあ……貴族の子に、皆の目の前で色々言われているの、見ちゃって……確か、名前はカトリーヌだったと……」
「ああ……ディアス家のご令嬢ですね。リーシャと同じ使節生だったはずです」
「使節生?」
メアリーとエリスの会話に、エリスの正面に座っているカタリナも静かに耳を傾ける。
「イズエルトではグレイスウィルとの親交を深めるために、毎年王国の代表として生徒を魔法学園に送り出すんです。帝国時代に従属の証として身内を送り出していた名残のようなもので、権威的ではないんですけどね」
「平民の子供でも何か成果を残せば選ばれる可能性があるとは謳われていいますが、それでも選ばれるのは貴族の子供ばかり……」
コップの中の果実水が、天井から下げられた照明に照らされ揺れる。
「でも選ばれたんですよね。多分……他の子は貴族の子なのに、その中で一人だけ……」
「この制度が開始して以来初めてのことだと、氷賢者様が話しておられました」
「……あの子は曲芸体操が大好きで、ここにやってきた二年前から、毎日のように雪華楽舞団の舞台に通って……自作のノートなんか作ったりしてて、本当に夢中になっていたんです。恐らくそれが女王陛下のお目にかかれたのでしょう」
彼女の口から出てきたのは、心の底から誰かのことを思っているような溜息だった。
「初めてイズエルトに来て、それもまだまだ若い貴女達に……現実を突き付けるような話をするのは……」
「……きっと、多分、大丈夫です。だってここは孤児院ですよね。孤児ってことは……リーシャのお父さんとお母さんは……」
「……亡くなってはいないんですよ、正確には。ただ連れて行かれてしまって、安否がわからないだけで」
「連れて行かれた?」
「この石像を崇める者達にです」
メアリーの後ろでは、潺のように流れる髪を湛え、羽衣を纏って両手を広げ、そして背中から翼が生えた女神の石像が飾られている。
「イングレンス聖教会……歴史柄、この国の半分程は彼らに支配されているようなものです。奉納金と称して多額のお金を徴収し、それを払えないとなると女神への反逆罪として連行されていく……」
「二年前、リーシャの住んでいた島では大規模な飢饉があって、それにも関わらず聖教会は断罪を執行しました」
一連の暴動も引っくるめて、それが『大寒波』と呼ばれていることも教えてくれた。イズエルトの歴史を語るには欠かせない大事件とも。
この北国に住まう多くの民が、たった一度の冬で、人生の転換を余儀なくされたのだ。
「……そんな」
「彼らにとっては民の命なんて些細なものでしかなかった。そこで生きていた人々の生活を、全て否定し秩序を押し付けた……今でもその遺恨は残っています」
グレイスウィル地上階にある壮麗な大聖堂。そこを管理するバフォメットを連れた修道女レオナ。夏季休暇に出会った彼女も、また聖教会の人間である。
優然とした彼女の姿を思い浮かべ、エリスは苦しい気持ちになる。世界には様々な者がいることを、負の感情と共に実感した。
「メアリーさんも……聖教会の人、ですよね?」
「ええ。聖教会にも多数派と少数派がいて、私は少数派です。慈善活動に精を出し、献身的に尽くすことは間違っている――女神への反逆とされている。この孤児院に仕えている時点で、私の救済はないようなものです」
「それは……違うと思います」
藻掻くように言葉を綴る彼女を見て、咄嗟に出てきた言葉。
それを聞いて、メアリーは目を丸くする。
「さっき言いましたよね。ここの子供達のお母さんみたいなものだって。上手くは言えませんけど……女神様が救ってくれなくても、子供達が。リーシャが救ってくれると思います」
「……本当に、リーシャは良い友達を持ったわね。ええ、きっとそうかもしれません――」
揺らめくキャンドルの炎が、食卓を温かく照らし見守っている。共感するように、包み込むように――
夕食を終えた後、エリス達は泊まる部屋に案内された。既に入浴は温泉で済ませてあるので、後は寝間着に着替えて寝るだけである。
「でもちょっとは宿題やってこうかな……」
「あはは、せっかくの旅行なのにお勉強? まっじめ~」
「だってぇ……」
持ってきた宿題は、当然魔法学総論。当初は勉強になるからいいかなと思っていたが、行動範囲や課外活動での仕事が増えた今はだんだん重荷になりつつある。
「終わらないんです……ちょっとずつじゃないと……」
「大変だなあ……そうだ! 頑張れるようにココア入れてあげるよ!」
「え、いいんですか? 申し訳ないです」
「気にしちゃだめよ! ちょっと待っててねー!」
エリスとカタリナが泊っている部屋は子供達の居住区画の一室。元々リーシャが住んでいた部屋で、現在は彼女以外にも年上の少女が二人住んでいる。リーシャも昔の自分が慣れ親しんだ部屋ということで、ここに泊まることになった。
「ねえねえ、宿題ってどんなのやるの? 私に見せてよ」
「いいですよ。これはですね、触媒についてまとめてレポートにするんです」
「触媒……? 杖とかのことだよね? でも、レポートって?」
「えっと、物事を相手に理解してもらえるように自分の言葉でまとめるんです」
「何それ、ちょー難しそう!? やっぱり学園って大変なんだなあ……」
ダイニングテーブルを借りて宿題を進めるエリス。その隣でカタリナは、小型犬二匹とセバスンが戯れている様を見つめていた。
「どう? 可愛いっしょ、うちのナイトメア」
「……はい。人懐っこくて、ふわふわで……気持ちいいです」
「聞いた話だとナイトメアって犬や狼で発現されることが多いんだって。初代騎士王が犬を連れていたから、その影響らしいよ」
「そういえば皆の中にも犬のナイトメアいたよね」
「すっげーもふもふで只者、いや只犬じゃなかったよね」
少女がココアを持ってきて机に置くと、そのタイミングでリーシャとスノウも入ってきた。
「姉さ~ん。お風呂空いたって~」
「あーい。んじゃうちらも行ってくるか~。おいで!」
「はいはい、お風呂できれいきれいになりましょうねえ~」
二人の少女と犬二匹は部屋を出て行き、リーシャがエリスの隣に来る。
「セバスン! せっかくのきかい、なのです! スノウとあそぶのでーす!」
「ほっほっほ。ではわたくしも手加減はいたしませんぞ」
「あ、あの……お部屋が壊れない程度に、ね?」
「勿論それは承知の上」
「うん、よかった……ふふっ」
スノウが作り出した氷柱を、セバスンが切りかかって両断する。そんなナイトメア同士の戯れを、カタリナは微笑ましく見ていた。
それを後ろにリーシャとエリスは話をする。
「リーシャって、ここでは毎日三人で暮らしていたの?」
「そうだよ。机の取り合いとかいびきがうるさいとかで喧嘩になったこともあったけど、何だかんだでここから移動したことはないかなー」
「……大変じゃない? いつも一人になれないって」
「そう言われればそうかなー。でもここにいる皆、境遇が同じだから結局何とか落ち着くんだよね」
何事もなく出てきた境遇という単語が、鋭い刃物となってエリスの心臓を刺す。
「……自分の人生、恨んだりとか……しなかった?」
「え? いやあ、それはまあ……」
リーシャは頬を指で掻く。気にしていないことのアピールだ。
「……何でこんなことになったんだろうとか、思うことはあったけどさ。でもそれは終わったこと! 後ろを見ても仕方ないから!」
「……」
「私は一生懸命に生きていくことにしているの。この孤児院にやってきた時から、ずっとね。恨んでいる余裕なんてないない!」
「……強いんだね」
「いやーそんなことないよ!? 寝る時枕を濡らしすぎて、何回枕カバー取り替えたか覚えてないから!」
手を振りながら見せるその笑顔も、今では少し逞しく思えてくる。
「ていうかそういうこと訊いちゃうってことは、あれなの? エリスは自分の人生恨んじゃうようなことでもあったの?」
「え? 別にそんなことは……あーうーん、一歩間違えればリーシャみたいに孤児院だったかもって、そう思ったかも」
「へ? エリスの親って……」
「いるけど血は繋がっていないんだよね」
すらすらと動かすペンにも似た口調でエリスは言う。カタリナも興味を持って首を伸ばしてきていた。
「……逆にショックじゃない? エリスが知ってるってことは直接伝えられたってことでしょ?」
「一緒に愛しているってことも伝えられたよ。わたしもそれでいいって納得したし。血は繋がってなくても、もちろん繋がっていても。大切なお父さんとお母さんだよ」
「……そっか。そうだね」
リーシャはぱらぱらと本を捲りながら、ココアを飲んでゆっくりしている。
「リーシャ、今何の本読んでるの?」
「これ? これはねえ、イズエルトに伝わる噂とか伝説を纏めた説話集」
「小話がいーっぱいってことかあ」
休憩がてらエリスは顔を覗かせる。開いていたページには雪と氷を内包するガラスの筒が描かれていた。
「これ、雪灰灯? 何か噂があるの?」
「うん。曲芸体操やってると必ず耳に入るレベルの知名度だよ。何かねー、人を選ぶ雪灰灯ってのがあるらしいよ」
「人を選ぶ……そんなものが」
カタリナも移動してきて頁を覗き込む。
「何だか騎士王伝説にもそういう話があったような。『ユーサー・ペンドラゴンの旅路』だったかもしれないけど」
「無機質が意志を持って使い手を選ぶ、なんてのは鉄板の題材だねー。そういうのって基本武器だけど、雪灰灯でもそういうのがあるっぽいよ」
「目撃者とかは……いないから噂になってんだよね」
「まだそれに適う演者が現れていないとも言うね。だから自分こそがそれになるんだと、意気込んで頑張りましょーで大抵締め括られる」
「ふーん……」
よく見ると本はたったの一ページだけで、それに関する記述をやめてしまっている。
「これ見るに、出所とかは不明だけどこんな噂があるよーって紹介だけしてる感じだね」
「そうそう、どこから出回ったのかもいつから出回ったのかも不明。にも関わらずある程度の知名度はあるんだから、曲芸体操って世界はやっぱ広いよねー」
「わたしが思っている以上に広いってことがわかったよ……今日一日だけでもね」
ペンを走らせているのはそのままだが、エリスの心境はあることに向けられていた。
(集団で共同生活……みんなでご飯、あったかい大浴場。気軽に話せる同じ部屋の友達……)
(学生寮に入ると毎日こんな生活かぁ……)
(……体験しちゃうとやっぱり羨ましくなっちゃうな。帰ったらハインリヒ先生に相談してみようかな……)
「どうしたのエリス? 手が止まってるよ?」
「……考え事してた。やっぱりお湯に浸かれるっていいなあって」
「何それ」
「リーシャ、あたしココアのお代わり貰いたいんだけど……」
「そこにある湯沸かし使っていいよー」
「ありがとう」
0
あなたにおすすめの小説
手折れ花
アヒル
恋愛
王族から見捨てられ、とある村で暮らしていた第四王女だったが……。
侵略した王子×亡国の平凡王女のお話。
※注意※
自サイトでボーイズラブとして書いたお話を主人公を女の子にして加筆したものです。
(2020.12.31)
閲覧、お気に入りなど、ありがとうございます。完結していますが、続きを書こうか迷っています。
異世界に転生したので錬金術師としてダラダラ過ごします
高坂ナツキ
ファンタジー
車道に飛び出した猫を助けた吾妻和央は車に轢かれて死んでしまった。
気が付いたときには真っ白な空間の中にいて目の前には発光していて姿形が良くわからない人物が。
その人物は自分を神と名乗り、主人公を異世界に転生させてくれると言う。
よくわからないけれど、せっかく異世界に転生できるのならと、元の世界ではできなかったことをしてダラダラ過ごしたいと願う。
これは錬金術師と付与魔術師の天職を与えられた男が異世界にてだらだら過ごすだけの物語。
※基本的に戦闘シーンなどはありません。異世界にてポーションを作ったり魔導具を作ったりなどの日常がメインです。
投稿開始の3日間、1/1~1/3は7:00と17:00の2回投稿。1/4以降は毎日7:00に投稿します。
2月以降は偶数日の7:00のみの投稿となりますので、よろしくお願いします。
侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】
のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。
そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。
幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、
“とっておき”のチートで人生を再起動。
剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。
そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。
これは、理想を形にするために動き出した少年の、
少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。
【なろう掲載】
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
『異界酒場 ルーナ』
みぎみみ
ファンタジー
東京・渋谷から少し外れた路地の奥、築五十年のビルの地下一階。看板は小さく、知っている人しか辿り着けない。
カウンター八席、テーブル二卓。深夜零時から夜明けまでの営業。
ルーカス(本名:ルカシュ・ヴァルド)
異世界の小さな王国の第三王子として生まれたが、王位継承争いに巻き込まれ、魔法陣の暴走によって現代日本に転移してきた。外見は三十代前半の白人男性。銀灰色の髪と、光の加減で金色にも見える瞳を持つ。日本語は「声の魔法」で習得した。
他人の「最も深い渇望」が視える力を持つ——それは意識的な欲求ではなく、本人すら気づいていない魂の底の叫び。酒や料理を通じてその渇望に応える。
自分の力を「呪い」だと思っていた時期もある。今はただ、使い道を見つけた、という感覚でいる。
異世界に転生した俺は英雄の身体強化魔法を使って無双する。~無詠唱の身体強化魔法と無詠唱のマジックドレインは異世界最強~
北条氏成
ファンタジー
宮本 英二(みやもと えいじ)高校生3年生。
実家は江戸時代から続く剣道の道場をしている。そこの次男に生まれ、優秀な兄に道場の跡取りを任せて英二は剣術、槍術、柔道、空手など様々な武道をやってきた。
そんなある日、トラックに轢かれて死んだ英二は異世界へと転生させられる。
グランベルン王国のエイデル公爵の長男として生まれた英二はリオン・エイデルとして生きる事に・・・
しかし、リオンは貴族でありながらまさかの魔力が200しかなかった。貴族であれば魔力が1000はあるのが普通の世界でリオンは初期魔法すら使えないレベル。だが、リオンには神話で邪悪なドラゴンを倒した魔剣士リュウジと同じ身体強化魔法を持っていたのだ。
これは魔法が殆ど使えない代わりに、最強の英雄の魔法である身体強化魔法を使いながら無双する物語りである。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
無能と追放された結界師、三十路のおっさんですが17歳の辺境伯令嬢と婚約して人生逆転します
みかん畑
ファンタジー
無能と蔑まれ、Aランクパーティを追放された結界師フィン。
行き場を失った彼を拾ったのは、辺境伯の娘リリカだった。
国土結界の恩恵が届かない辺境で、フィンの結界は本当の価値を発揮していく。
領地再建、政治の駆け引き、そして少女のまっすぐな想い。
これは無能と呼ばれた男が、辺境で居場所を見つけ、やがて年の差婚へと至る物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる