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親密
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冬至祝祭の休みにもユリウスはやって来た。
「雪が止みませんね」
山間にある別荘の周りは既に雪が降り積もっていて、天候も優れず、道の状態も悪い中で単騎で行き来するのは、いかにも大変そうだ。
「帰り道は大丈夫かしら」
「ご心配なく。休暇は長く取ってきましたから」
「……道が落ち着くまで、ここに留まるおつもりなのね」
ユリウスや彼の愛馬の安全を思えば何よりの選択だが、家族で過ごすべき冬至祝祭を、この鄙びた別荘でイルヴァと過ごすことに決めてしまってよいのだろうか。
ユリウスの父、エーベルゴード公爵だって寂しい思いをしているだろうに。
「お嫌ですか?」
「……いいえ」
分かっているのに、イルヴァは彼を帰すことを選べない。
日頃彼と過ごす談話室の窓辺には、彼から贈られたゼラニウムの鉢植えを飾っている。
花束を持ってきた彼に『切花は次にあなたが来る時までに枯れてしまう』と惜しんだら、その次回にこの鉢植えをくれた。フリル状の花の集まりは可愛らしく、赤い色は目にも暖かな印象を与えて好ましい。
外の寒さの届かない暖かな部屋で、好ましい人と好ましい物だけに触れて過ごす――そんな我儘を許されたら、どこまでも際限なく欲張ってしまう。
公爵への罪悪感には目を瞑り、初めて出来た友達と冬至祝祭を過ごせることに、仄暗い喜びを覚えてしまった。
ふと、部屋に隙間風でも吹き込んだのか、ユリウスが小さくくしゃみをしたのを見て、イルヴァは並んでかけていた長椅子から立ち上がった。
「薪を持ってまいります」
「俺が取りに行きますよ」
「いえ! わたくしが!」
せっかく訪ねてくれた友達に、風邪を引かせるわけにはいかない。それに、ちょうどいい機会でもあった。
イルヴァは自室に置いていた包みを掴むと、薪と一緒に手に持って談話室へと引き返した。
「ユリウス様、これ、日頃の御礼です」
包みを差し出すイルヴァに怪訝な顔をしたユリウスは、包みを解いて驚きの声を上げた。
「この襟巻きは、貴女が編んだのですか? 俺のために?」
「ええ。編み物は、昔から得意なの」
王女だった頃も一人で過ごすことが多かったイルヴァは、刺繍や裁縫、編み物を得手としていた。
作った物は慈善活動の一環として王都の孤児院に寄付されていたが、その評判は――多少はお世辞込みだとしても――上々だった。編み物なら、ユリウスの手を借りずとも、贈り物としてふさわしい物が作れるだろうと考えたのだ。
ところが、襟巻きを見た彼の反応は、イルヴァの予想とは違って芳しくなかった。固まったまま何も言ってくれない。
「使いやすい色にしたつもりだし、素材は悪くないから暖かいと思うの。……要らなかったら、捨てて構わないから」
「要ります」
今まで『編み物が上手い』と勘違いしていただけで、呆れて言葉も出ないほど程度の低い物を渡してしまったのだろうか。
不安になって言葉を継ぐと、ユリウスは背後に襟巻きをさっと隠してしまった。
「肌身離さず使います。ありがとうございます」
言葉通りにそそくさと襟巻きを身につけてくれた彼は、安堵に胸を撫で下ろすイルヴァに向き直って言った。
「先を越されてしまったな。これほど素敵なものをいただいた後だと、見劣りするかもしれませんが」
彼は懐から包みを取り出すと、中の物をイルヴァに見せた。
きらきらと輝く白銀の土台には髪をまとめる金具と、花々を模った飾り枠がついている。
ふりふりとした花弁型の飾り枠には、花の中心にかけて淡い色になるように調整された薄赤色のガラスが嵌め込まれていた。――ゼラニウムの髪飾りだ。
「綺麗……」
「貴女の物ですよ」
思わず感嘆の息を吐くと、ユリウスはイルヴァの掌にその髪飾りを置こうとして、思い直したように尋ねてきた。
「お髪に触れても?」
頷くと、彼の指がイルヴァの長い黒髪を梳いた。
左右から一房ずつ毛束を取って後頭部へと流し、後ろ髪と合わせてまとめた箇所にゼラニウムの髪飾りを留められる。
「……ああ、良いですね」
「どうですか?」
「よくお似合いですよ」
ほら、としんしんと雪の降る夜色の窓の前に立たされて、後頭部を手鏡で写して見せられた。
それ単体だと冷たく見える白銀の飾りに、ガラスの色味が反射して映り込み、全体が柔らかな薄紅色に染まって見えた。
「素敵……ずっと、大事にします」
手製の襟巻きなどではとても釣り合わない高価な物をもらってしまったと恐縮はしたけれど、これほど綺麗な物を贈られて『似合う』と褒められれば、心も浮き立つ。
上機嫌にはしゃいでいたイルヴァは、自分を見つめる男の眼にこもる熱に気づかなかった。
「雪が止みませんね」
山間にある別荘の周りは既に雪が降り積もっていて、天候も優れず、道の状態も悪い中で単騎で行き来するのは、いかにも大変そうだ。
「帰り道は大丈夫かしら」
「ご心配なく。休暇は長く取ってきましたから」
「……道が落ち着くまで、ここに留まるおつもりなのね」
ユリウスや彼の愛馬の安全を思えば何よりの選択だが、家族で過ごすべき冬至祝祭を、この鄙びた別荘でイルヴァと過ごすことに決めてしまってよいのだろうか。
ユリウスの父、エーベルゴード公爵だって寂しい思いをしているだろうに。
「お嫌ですか?」
「……いいえ」
分かっているのに、イルヴァは彼を帰すことを選べない。
日頃彼と過ごす談話室の窓辺には、彼から贈られたゼラニウムの鉢植えを飾っている。
花束を持ってきた彼に『切花は次にあなたが来る時までに枯れてしまう』と惜しんだら、その次回にこの鉢植えをくれた。フリル状の花の集まりは可愛らしく、赤い色は目にも暖かな印象を与えて好ましい。
外の寒さの届かない暖かな部屋で、好ましい人と好ましい物だけに触れて過ごす――そんな我儘を許されたら、どこまでも際限なく欲張ってしまう。
公爵への罪悪感には目を瞑り、初めて出来た友達と冬至祝祭を過ごせることに、仄暗い喜びを覚えてしまった。
ふと、部屋に隙間風でも吹き込んだのか、ユリウスが小さくくしゃみをしたのを見て、イルヴァは並んでかけていた長椅子から立ち上がった。
「薪を持ってまいります」
「俺が取りに行きますよ」
「いえ! わたくしが!」
せっかく訪ねてくれた友達に、風邪を引かせるわけにはいかない。それに、ちょうどいい機会でもあった。
イルヴァは自室に置いていた包みを掴むと、薪と一緒に手に持って談話室へと引き返した。
「ユリウス様、これ、日頃の御礼です」
包みを差し出すイルヴァに怪訝な顔をしたユリウスは、包みを解いて驚きの声を上げた。
「この襟巻きは、貴女が編んだのですか? 俺のために?」
「ええ。編み物は、昔から得意なの」
王女だった頃も一人で過ごすことが多かったイルヴァは、刺繍や裁縫、編み物を得手としていた。
作った物は慈善活動の一環として王都の孤児院に寄付されていたが、その評判は――多少はお世辞込みだとしても――上々だった。編み物なら、ユリウスの手を借りずとも、贈り物としてふさわしい物が作れるだろうと考えたのだ。
ところが、襟巻きを見た彼の反応は、イルヴァの予想とは違って芳しくなかった。固まったまま何も言ってくれない。
「使いやすい色にしたつもりだし、素材は悪くないから暖かいと思うの。……要らなかったら、捨てて構わないから」
「要ります」
今まで『編み物が上手い』と勘違いしていただけで、呆れて言葉も出ないほど程度の低い物を渡してしまったのだろうか。
不安になって言葉を継ぐと、ユリウスは背後に襟巻きをさっと隠してしまった。
「肌身離さず使います。ありがとうございます」
言葉通りにそそくさと襟巻きを身につけてくれた彼は、安堵に胸を撫で下ろすイルヴァに向き直って言った。
「先を越されてしまったな。これほど素敵なものをいただいた後だと、見劣りするかもしれませんが」
彼は懐から包みを取り出すと、中の物をイルヴァに見せた。
きらきらと輝く白銀の土台には髪をまとめる金具と、花々を模った飾り枠がついている。
ふりふりとした花弁型の飾り枠には、花の中心にかけて淡い色になるように調整された薄赤色のガラスが嵌め込まれていた。――ゼラニウムの髪飾りだ。
「綺麗……」
「貴女の物ですよ」
思わず感嘆の息を吐くと、ユリウスはイルヴァの掌にその髪飾りを置こうとして、思い直したように尋ねてきた。
「お髪に触れても?」
頷くと、彼の指がイルヴァの長い黒髪を梳いた。
左右から一房ずつ毛束を取って後頭部へと流し、後ろ髪と合わせてまとめた箇所にゼラニウムの髪飾りを留められる。
「……ああ、良いですね」
「どうですか?」
「よくお似合いですよ」
ほら、としんしんと雪の降る夜色の窓の前に立たされて、後頭部を手鏡で写して見せられた。
それ単体だと冷たく見える白銀の飾りに、ガラスの色味が反射して映り込み、全体が柔らかな薄紅色に染まって見えた。
「素敵……ずっと、大事にします」
手製の襟巻きなどではとても釣り合わない高価な物をもらってしまったと恐縮はしたけれど、これほど綺麗な物を贈られて『似合う』と褒められれば、心も浮き立つ。
上機嫌にはしゃいでいたイルヴァは、自分を見つめる男の眼にこもる熱に気づかなかった。
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