恋人ごっこはおしまい

秋臣

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帰らない

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壁のスイッチを押し、明かりを点ける。

「京佐」
腹から声を出す。
そうしないと崩れそう。
努めて明るく言ってみた。

「なあ、もう終電、絶対間に合わないんだよ。泊めてくれ」
「タクシーで帰れよ……」
「深夜料金のタクシーなんていくらかかると思ってんだよ」
「……それはまあ……」
「な? だから泊めてくれ」
「……」
「頼むっ!」
「泊まるだけなら……」
「風呂も貸して」
「……いいよ」
「腹減ってるんだけど」
ふっ
「要求多くない?」
「だって、腹減ったんだもん」
「なんもないよ、俺もコンビニで飯買ってきたし」
「なんだよ、俺のは?」
「知らないよ、勝手に来たんだろ?」
「え~俺も買ってくる」
「あんまりなかったぞ」
「金貸して」
「は?」
「財布持ってきてない」
「お前、何しに来たんだよ」
「金貸してくれ、飯食いたい」
でかいため息をついて千円札を2枚差し出す。
「ビール買ってきてよ」
「奢り?」
「俺の分だよ!」
「ケチ」
千円札を引っ込める。
「わあ! ごめんなさい、すみません、食わせてください!」
「よろしい」


金を借りてコンビニに向かう。

帰りたくなかった。
帰ったら後悔しそうだった。

京佐の気持ちが少し聞けた。
俺のこと、嫌ってはないみたい……
そう思いたい。
でも苦しめた。
セフレを選んだ京佐の気持ちに悪ノリした。
今更すぎるけど京佐の気持ちに寄り添いたい。
だから絶対帰ったらダメだ、そう思った。


コンビニから戻ると京佐は風呂に入っていた。
弁当はテーブルに置いたままだ。
食べないで待っててくれたのか。
胸が締め付けられる。
優しいやつの優しい気持ちに便乗して、俺は何やってんだ……
これまでの自分の行いを猛烈に恥じた。
涙が出そうになる。

泣くな、俺!
自分がしてきたことの報いだ、受け入れろ。
お前がやらなくちゃいけないことがあるだろ?
心の中で自分を鼓舞する。

逃げるな。


「あれ、早いな」
風呂から上がった京佐が驚いてる。
「近いしな、ほら」
ビールを投げる。
「おい、投げんなよ」
「うめえぞ」
俺は既に飲んでいた。
「なにちゃっかり自分の分も買ってんだよ」
「うめえなあ」
ふっ
上半身裸のままで京佐がビールを開ける。
「うわっ! やっぱり吹いたじゃんよ!」
「わははは!」
「笑い事じゃねえ」
「まあ、飲め」
言われる前に飲んでる。
「かあーーっ! うめえ」
「だろ?」
「人の金で飲むビールはさぞかし美味いだろうよ」
「めっちゃうめえな」
「図々しいんだよ」
俺の頭を小突く。

何度も見た京佐の裸。
男なのに、決して華奢ではないのに、艶かしくて色っぽくて……
何度も何度も溺れた体、それが目の前にある。
ここ最近はずっと避けられていた、俺のせいだけど……
ちょっと久しぶりのその体にムラッとしてないわけではないが、それよりも俺の前で躊躇なく体を晒す京佐の無防備が嬉しかった。

俺の無遠慮な視線に気付き、京佐がTシャツを着る。
そりゃそうだよな……
京佐は、
「風呂入れよ」
と俺を促しビールを煽った。

弁当を食って、スポーツニュースを観る。
高校野球の地方予選の結果を伝えている。
「へえ! あの強豪校、予選で負けたのか」
「番狂わせだな」
普通に会話はできている。

ぐだぐだしてたら1時を回ってしまった。
「そろそろ寝るわ」
京佐がベッドに入る。
「え、俺は?」
「その辺で寝ろよ」
「じゃあ、遠慮なく……」
「おい、ベッドに入るな。床だ床!」
「え、マジで?」
「泊まるだけって言っただろ」
「言ったけど……」
「んじゃ、おやすみ」
そう言うと京佐は背中を向け、リモコンでピッと明かりを消した。

今夜はかなり暑い、熱帯夜なのかもしれない。
エアコンはつけてくれているから、汗だくになることはない。

床に横になる。
当たり前だが床が硬くて痛い。
お情けでバスタオルを2枚貸してくれた。
敷く用と掛ける用。
最初はそうしていたが、どうにも背中が痛い。
ダメだ。
2枚とも敷く用にする。
それでもゴツゴツ当たって痛い。

眠れない。


暗闇の中でぼんやりシルエットだけ見えるベッドにいる京佐に話しかける。

「あのお……京佐? 起きてる?」
「……」
「寝ちゃった? おーい」
「……なんだよ」
「あのですね……痛くて眠れません」
「知るか」
「ベッドの端っこ、貸して」
「ダメ」
「お願い、痛い」
俺はベッドによじ登り、端っこに潜り込む。

「来んなよ!」
「ここから動かないから」
「気配だけで暑いんだよ」
「動かないからこれ以上体温上がらない」
「どういう理屈だよ」
「お願いします」
「……絶対動くなよ、暑いから」
「はい」
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