恋人ごっこはおしまい

秋臣

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食堂に戻ると、大きな舟形に刺身がてんこ盛りになっていた。 

「曽川くん、すっかり捌くの上手になっちゃってね、これも、こっちのも、ほとんど全部曽川くんがやってくれたのよ」
おばさんが曽川のことを褒めちぎっている。
「いやあ~俺ってやればできる子だから」
と照れ笑いしてる。

いや、マジですげえって……
さっき覚えたばかりだろ?
それでこれだけ捌けるってそのポテンシャルなんなんだよ。


波野さんが釣ってきた、さっきのでかい魚がまだピクピク動いてる。
捌かれて頭と骨だけになってんのに動いてる……

「半分刺身にして、半分は切り身にした」
と波野さんが言う。
「これ、依田も捌いたんですか?」
そう聞くと、
「薫はあんまり魚はやらねえんだけど、できるにはできるんだよ。
あいつが上手いのはイカだな。
処理したりするのが手際良くて上手いな」
「へえ」
なんか意外だ。

「釣ったらすぐ食うからだろ?
おじちゃん船操縦してるし、親父は釣りしてるし、兄貴はやだって言うし、俺しかやる奴がいないんだからやるしかないじゃん」
「そうそう、覚は絶対やらねえんだよな、食うくせに」
「いつもいいとこ取りなんだよなあ、そのくせすげえ食うし」
「わはははは! そうそう、で、チェロ弾いてチャラにするんだよな」
「それ!『優雅だろ?』ってドヤるのが腹立つ」
「普段ああいう音楽なんて聞かねえけどさ、覚のはなんかいいんだよな」
「安っぽくはないのに親しみがあって、兄貴のチェロは俺も好きだよ」

自分の兄貴のことちゃんと褒められるって意外と難しいと思う。
だって兄弟って一番近い同士であり、ライバルでもある存在だろ?
自分と比べちゃって優越感と劣等感でぐるぐるするよ。

なんか依田も曽川もすげえ。
ちゃんと人としてすげえ。
ちゃんと大人になってる気がする。

俺は……なんかダメだな……



近所の人たちも来て、みんなでワイワイ食事した。
全然知らない人たちだけど、なんだか心地いい。
素性を知らないからかな?
別にその人のこと何一つ知らなくてもいい、今こうして、なんてことない話をしてるのが楽しいのだから。
でもそこから少し親しくなれたらきっともっと楽しくなるんだろうな。

すっかりご馳走になって別荘に戻った。
1階の風呂を俺と曽川、2階の風呂を京佐と依田が使ってる。
掃除もそれぞれがやる。

日に焼けたところが痛い。
風呂に入るとそれを実感する。
楽しんだ証拠だな。

俺が風呂から上がったら、既に3人で飲んでた。

「なあ、予定だと明日帰ることになってるけどどうする?」
と依田に聞かれる。

どうする?

「さっき京佐と話してたんだけどさ、帰らないといけない用事がないなら延長しないか?って」
「なんかここ居心地良くてさ」
と京佐が笑う。

「まだ歩いていける方のビーチ行ってないし、この辺り観光してないし、俺、釣りもやってみたい」
と曽川がこれでもかとリクエストをする。

「確かに」
「まだ遊び足りないよな」
「それに水着の女の子をお前ら忘れてないか?」
「お前はお持ち帰りされる方だろ?w」
「うるせえ!」

まだこの夏を満喫したい俺らは2日延長することに決めた。

明日は歩いていけるビーチに行って、午後はこの辺りを観光することにした。
明後日は波野さんが海釣りに連れて行ってくれることになった。


寝室に戻る京佐と依田。
俺もそろそろ寝るかな……
あれ? 曽川は?

「曽川、まだ寝ないのか?」
「うん、米セットしておこうかなと思って」
「米?」
「さっきおばちゃんに『朝にでも食べなさい』って干物もらったんだよ。だから米炊こうかなって」
そういえばさっきもらってたな。
「干物と白飯あればいいもんな」
「バカ言うな。せっかくの干物だぞ、ちゃんと食わないとダメだろ」
「ちゃんと?」
「味噌汁と卵焼きなら作れるから、それくらいはないとな」
「お前ってちゃんとしてんのな」
「うーん、そんな大層なことじゃないんだけどな。作れば食べられるじゃん?
単純に自分が食べたいからってだけ」
「へえ、それでも作ろうと思うのがすげえわ。俺は作るのがめんどい」
曽川が米を研いで炊飯器にセットし予約を押す。

「俺、料理すんの楽しい」
「うん、曽川が作る飯美味いしな」
「美味い? マジ?」
「うめえよ、魚も捌けるし大したもんだなって思ってる」
「やった! もっと褒めてくれ」
ふっ
曽川のこういうところ、いいなと思うよ。

「じゃあ就活も料理に関係するところにするのか? つーか、調理師免許取って店やるとかもいいんじゃね?」
「いや、それはしないな」
「え? そうなの?」
「うん、好きとか楽しいはちゃんと線引きしたいんだよね。好きなものは好きでいたいから。好きなことを仕事にしてる人を否定してるわけじゃねえよ、俺は分けたいってだけな」

あ……

前に京佐とのことで曽川と話をした時に言ってたことを思い出した。
俺たちにDVDを観せる前に依田と観て、いい感じになり、キスしちゃったと言っていた。
でも友達を死守したかったからそれ以上はやらないと二人で決めてやめたと。

すげえよ、曽川、お前ってすげえ。

普段のらりくらりしてるのに、全く芯がブレない。
どんなに大きく揺れても絶対に元の状態に戻れる。

「俺、お前のこと尊敬するよ」
「は? なんで?」
「曽川はすごい」
「だからなんでよ? いきなりなんだよ、気持ちわりいな」
「お前と友達でよかった」
「キモいキモい! やめろっ!」
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