恋人ごっこはおしまい

秋臣

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依田の葛藤

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「依田!」

防波堤の先端に座り込んでいる依田に京佐が声をかける。
スマホのライトだけしか光源が無く、ぼんやりと依田の顔が認識できた。
「京佐か」
「何してんの? みんなでスイカの種飛ばししてるんだけどさ、おじさんの異様な強さなに?w
めっちゃ飛ばすんだよ、ウケるw」
ふっ

「LINEしてた」
「LINE? 絵里香ちゃん?」
「そう」
「ちゃっかり一人でいい思いしてるよなあ」
「んー……」
「なに?」

依田の歯切れが悪い。
「絵里香ちゃん、昨日の夕方に帰ったんだって」
「どこだっけ?」
「東京」
「へえ、同じ東京なんてすごいな」
「うん。俺が東京に帰ったら会いたいって言われた」
「会えばいいじゃん。会いたくないの?」
「いや、会いたいよ。会いたいけどさ、なんていうの? リゾート地で知り合った人は東京で見ると違うってやつ」
「ああ、えーと……なんだっけ。調べる」
京佐がスマホでそれらしい言葉を検索する。
「あーこれだ、ゲレンデマジック」
「ああ、それそれ。それだったらどうしようって」
「絵里香ちゃんにがっかりするってこと?」
「違う、逆」
「がっかりされたら?」
「うん、嫌じゃん」
「その時はその時でその程度の子だったんだと思うしか無くない?」
「絵里香ちゃんは違う……と思いたい」
「思えよ」

まだ歯切れが悪い。
「まだ何かあんの?」
「俺さ、お前らも言ってたけど、じいちゃんと叔父さんが医者で親父が弁護士、兄貴が音楽家の卵だろ?」
「そうだな。エリート家族」
「客観的にそうなんだよな」
「そうだな」
「俺にも何人か彼女がいたんだよ」
「ん? 突然なんの話だよ」
依田は京佐の言葉を無視してそのまま話を続ける。

「中学の時とかは気にならなかったんだけどさ」
「うん」
「高校とか大学入ってから付き合った子に家族のこと話すとさ、目の色変わんの」
「あー……それって……」
「『おじいちゃん、どこで病院やってるの?』とか『家はどの辺り?』とか『会社の規模は?』『お兄さん、コンクールの受賞歴は?』とかさ……根掘り葉掘り聞かれんの」
「玉の輿狙いってことか」
「すげえ結婚を匂わせるんだよね」
「うん」
「最初は好きだからそういうこと考えてくれるんだって嬉しかったりもするんだけど、見てるのは俺じゃ無くて俺に付随してるものだけってことに気づくんだよ」
「きついな」
「うん。嫌だった、ものすごく嫌だった。
だから人に言わないようにしてた」
「俺たちもこの旅行がなかったら知らなかったもんな」
「うん……」
「でもさ、自分の親がなんの仕事してるとか言わないし、友達の親の仕事も聞かないじゃん。興味もないし」

「俺さ、思ったんだよ」
依田が海を見つめながら京佐に言う。
「何を?」

防波堤の上で依田が膝を抱える。
波の音だけが聞こえる。

「そうならないといけないんじゃないかって」
「どういうこと?」
「医者や弁護士、音楽家……人にすごいって思われる人にならないといけないんじゃないのかって……期待されてるなら期待に応えないといけないのかもしれない……」

波が防波堤に打ち付ける。
少し大きい波が時々来て波しぶきが上がる。


「何者かにならないといけないのかな」
「京佐?」
「ヒーローみたいに、みんなが憧れるそういうものにならないとダメなのかな」
「……」
「俺はスーツや制服や作業着着て、名前の知られてない会社で9時から17時まで働いて、スーパーで安くなった食材や惣菜買って、発泡酒飲んで、配信見てゲームやって、たまに飲みに行ったりして一日を終えて、また朝が来たら同じことを繰り返す、そういう人の中身が透けて見えるような所謂『普通』も悪くないと思うよ」

海岸沿いの道路を爆音で音楽を流す車が通り過ぎる。

「俺はそういうプレッシャーとかわからないけど、何かにならなくてもいいと思う」

「親父は何も言わないんだ。
何かになれって期待されるのも辛いけど、何も言わないのは期待もされてないってことなのかもしれない」
依田がか細い声で呟く。
「何も言わないのは何も言うことが無いからだよ。
見放してるんじゃなくて言う必要がない」
「でも……」
「だって親父さんが一番よくわかってるじゃん。人生決められた張本人だよ?
医者とは違う道は選べたけど、そこも弁護士一択しかなかったんだろ?
俺が親父さんなら絶対息子の生きる道に口出ししたく無いって思うよ」
「……」
「お兄さんだってそう。
自分のやりたいこと貫いてるだけ。
明確になってるだけ。
それが音楽家ってだけで、サラリーマンをやりたいでもいいじゃん」
「……みんなをがっかりさせない?」
「人の人生、勝手にがっかりすんなって言ってやれ」

「ふっ」
「うはは!」
「ふっふっ」
「普通へようこそ」
京佐が両手を広げる。
「世話になります」
依田が頭を下げる。
「ウケるw」

「京佐……ありがとな」
「礼なんて言うなよ、かっこつけたから恥ずかしくなる」


暗闇に目が慣れたせいなのか、依田の顔が穏やかに見える。
いつもの依田に見えた。

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