恋人ごっこはおしまい

秋臣

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大きな背中  

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隣の部屋のドアを開ける。

「依田? 明かり消しちゃっていいよー」
京佐がベッドに入り、まさに寝ようとしていた。

どうしたらいいんだろう……

何も答えない俺に、
「依田?」
と京佐が訝しむ。
後ろを向いていた京佐が振り返る。

「え、禄郎? なんで?」

「……依田と曽川にこっちの部屋に行けって言われた」
「え……」
「依田にベッド取られた」
「ふっ」
「俺どうすればいい?」
京佐は、くくくと笑うと、
「そこで枕抱えて一晩中立ってれば?w」
「俺かわいそすぎねえか?」
「じゃあ、そっちのベッドで寝なよ」
「そうする……」

もう一つのベッドに入る。
「禄郎、明かり消すよ」
「うん」
明かりが消える。

話してこいって何を話せばいいんだろう。
寝ろっていったって寝られない。
京佐と二人きりだから、何もかも意識してしまう。

どうしたらいい?
何をすればいい?
何か話さなきゃ、何か言わなくちゃ……


「なあ」
「ねえ」

声が被った。

「何?」
京佐に問いかける。

俺に背中を向けていた京佐がこっちを向く。
薄暗いが表情はわかる。

「俺さ、めっちゃ楽しかった」
ふっ
「わかる、俺も楽しかった」
「俺、釣りがあんなに楽しいなんて思わなかった。最後の日にしか釣りやらなかったことが唯一の心残り」
「そんなに?」
「うん、嵌ったかも」
「めっちゃ釣ってたもんな」
「またみんなで来られたらいいな」
「そうだな」
「来年無理かな、就活とかで忙しいかな」
「一週間くらいどうにかしようぜ」
「だよなw」
「まずは依田にお伺い立てないとな」
「それなw」


壊せない。
こうやって他愛もない話が楽しいから壊せない。
怖い……


「なあ」
京佐が話しかける。
「ん?」
「……なんで」
「え?」
「なんで断った?」
「え?」
「なんで……女の子と連絡先交換しなかったんだ?」
依田に聞いたのか。

「楽しかったよ」
「だったらなんで……」
京佐がまた向こうを向いてしまった。
「俺には必要ない」
「……」
「京佐?」
「……」

自分で話振っておいて……

いいよ、それならこうする。

俺は京佐のベッドに潜り込む。

「うわっ! なんだよ!」
「話振っておいて返事もしないお前が悪い」
「だからって来んなよ!」
「ここなら返事しなくても感じるから」
「……」
「なになに? 来てくれて嬉しい?」
ぶっ!
「そんなこと言ってねえだろw」
「背中がそう物語ってますよ?」
「言ってねえわ」
「じゃあなんで心臓速いの?」
背中からも京佐の鼓動を感じる。
「……暑いから」
「ふはっ! なんだよ、それw」

京佐の背中にそっと触れる。

「俺は女の子の連絡先よりも欲しいものがあるから」
「……」
「何?って聞かないのか?」
「……何?」
「教えない」
「くそが……w」
ふっ
京佐の大きな背中が揺れる。

俺が大好きな背中だ。


「京佐、今週の土曜日、俺の部屋に来て」
「え……」
「京佐の気持ちが知りたい」
「……」
「俺が京佐の部屋に行くのはダメなんだ。
逃げ場を無くすような卑怯なやり方はしたくない」
「……俺、バイトだから」
「いいよ、それでも待ってる」
「約束できない……」
「いいんだ、俺が待ちたいんだ」
「……」
「待ってる」

そう言って京佐の背中を後ろから抱きしめる。
壊さないよう、そっと……

もしかしたらこれが最後になるかもしれない。
それでも俺は可能性に賭けたい。
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