57 / 66
懐古
しおりを挟む
「あいつらなにしてんだ?」
脱衣所の方から才と深町さんがギャーギャー言ってる声が聞こえる。
「珍しいですね、才はともかく深町さんまで騒いでるなんて」
「坊主にはだいぶ気を許してるようだな」
「才は誰にでも平気で飛び込んでいくので」
「確かにw」
「警戒心無さすぎて危なっかしいですよ」
「酒飲んでる時の頼ちゃんも相当危ねえぞ」
「以前やらかしましたからね……」
「ふはは!」
「悪かったな、頼ちゃん」
「え?」
「この時間、俺が入れるようにしてくれたらしいな」
「深町さんにも言いましたけど、見上さんもうちの大切なお客さんなので、見上さんだけ入れないのは嫌だったんです。店主説得して了承してもらえました」
「気を遣わなくてよかったんだぞ」
「気は遣ってません、俺が嫌だっただけです」
「……銭湯なんて何十年ぶりかな」
「来たことありますか?」
「子どもの頃にな」
見上さんが遠くを見つめてる。
やっぱりこの人の目は綺麗だ。
突然ザバァーッと立ち上がると湯船から出る。
「頼ちゃん、背中流してくれよ」
ふっ
「喜んで」
間違いなく一番多く見てきた背中だ。
何百回と見て触れて施術した背中。
タオルにボディソープを付けて背中を擦る。
消えるわけないけど見上さんに施術した観音様は我ながら繊細に仕上がったと思ってる。
和彫は経験なかったから自信ないし、正直興味なかった。
それを見上さんに懇願されて描いた。
やるなら俺の観音様を描く。和彫にはこだわらない。
資料を集め、研究した。
納得いくまで何度も何度も図案を書き直した。
一年程かけ、ようやく納得いく観音様の図案が出来上がり、見上さんに見せると、
「だから頼ちゃんに頼みたかったんだ」
とだけ言った。その緻密さもあって完成するまで10年以上を費やした。
他のお客さんに対して手を抜いているなんてことは断じてない。
自信を持って施術している。
だから、駄作や失敗作など一つもないと断言できる。
お客さんの都合で途中で終わらせなくてはならなくなることはあっても、妥協して終わらせることだけは絶対にしないと決めている。
この観音様を完成させられればなにかを越えられるような気がしていたが、それ故に怖くなることもあった。
完成した時に見た観音様を背負う見上さんの美しい背中は忘れられない。
あの時の高揚感と戒めのために、見上さんの許可を得て店に観音様の図案を飾っている。
時々お客さんに、
「あの観音様はグッズとかにしないの? 欲しい」
とか、
「飾ってある観音様を描いてほしい」
と言われることがある。
お客さんに施術していないオリジナルの図案をポストカードやタトゥーシールなどにしてオンラインで販売しているが、この観音様は特に要望が多い図案だった。
人に使用した図案は使えないと断っているが、そこをなんとかと懇願されるくらいだ。
そしてなによりも才が綺麗と褒めてくれたのもこれだった。
俺はそれが嬉しかったんだ。
見上さんの背中を流していたらいろんなことを思い出して泣きそうになった。
手が止まると見上さんが、
「ん? どうした?」
とのんびりした声で聞く。
その声に呼び戻されてまた擦る。
「頼ちゃん、背中流すの下手だな」
と笑う。
「背中流すのに上手いとか下手とかあるんですか?」
と聞くと、
「あるよ、深町上手いぞ」
と言う。
そうだよな、組長の背中流すのも仕事のうちなんだろうな。
でもなぜか嫌だった。
この背中に触れられるのは俺だろ? と思った。
そう思ったら思わず直接手で触れてしまった。
「ん?」
「あ……」
まずい、つい……
「自画自賛ですけど、やっぱりこの観音様はいい出来だと思います」
誤魔化せたか?
ふっ、と見上さんが笑う。
「だろ? 本当はいつも裸で歩いて自慢したい」
ふはは!
「それはちょっとどうかと思いますよw」
「だから我慢してるんだよ、本当は見せびらかしたい」
「はい、本当にいい出来です。
後にも先にも和彫の技法を僅かでも取り入れたものはこれしかやってないですし」
「そうなのか。勿体無いな、腕いいのに」
「あくまでもタトゥーの中に取り入れてみたという感じですし、これを超える自信ないですね」
「それは光栄だ」
観音様を撫でる。
「最高傑作だと思ってます」
触れた手を離せない。
観音様が、
「良からぬことを考えるでない」
と言っているようで雑念を払うべく、
下手くそと言われた背中流しに没頭する。
「いつまで擦ってんだ、ほら、代わってやる」
と見上さんが立ち上がって俺を座らせる。
「いえ、いいです! 大丈夫です!」
「15年を俺にも労わらせろよ」
俺の背中を擦る見上さんが笑ってる。
「坊主を育てながらいい作品も生み出して、客にこんな経験をさせてくれる店主そういないぞ」
「……ありがとうございます」
背中向けててよかった、泣いてる顔は見られたくない。
俺の背中を擦る手が止まる。
「……頼ちゃん、髪の毛洗っていいか?」
「へ?」
「頼ちゃんの髪、洗いたい」
「言い方がちょっと変態っぽいですよw」
「うるせえな」
とシャンプーをかけられ、わしゃわしゃ洗われた。
脱衣所の方から才と深町さんがギャーギャー言ってる声が聞こえる。
「珍しいですね、才はともかく深町さんまで騒いでるなんて」
「坊主にはだいぶ気を許してるようだな」
「才は誰にでも平気で飛び込んでいくので」
「確かにw」
「警戒心無さすぎて危なっかしいですよ」
「酒飲んでる時の頼ちゃんも相当危ねえぞ」
「以前やらかしましたからね……」
「ふはは!」
「悪かったな、頼ちゃん」
「え?」
「この時間、俺が入れるようにしてくれたらしいな」
「深町さんにも言いましたけど、見上さんもうちの大切なお客さんなので、見上さんだけ入れないのは嫌だったんです。店主説得して了承してもらえました」
「気を遣わなくてよかったんだぞ」
「気は遣ってません、俺が嫌だっただけです」
「……銭湯なんて何十年ぶりかな」
「来たことありますか?」
「子どもの頃にな」
見上さんが遠くを見つめてる。
やっぱりこの人の目は綺麗だ。
突然ザバァーッと立ち上がると湯船から出る。
「頼ちゃん、背中流してくれよ」
ふっ
「喜んで」
間違いなく一番多く見てきた背中だ。
何百回と見て触れて施術した背中。
タオルにボディソープを付けて背中を擦る。
消えるわけないけど見上さんに施術した観音様は我ながら繊細に仕上がったと思ってる。
和彫は経験なかったから自信ないし、正直興味なかった。
それを見上さんに懇願されて描いた。
やるなら俺の観音様を描く。和彫にはこだわらない。
資料を集め、研究した。
納得いくまで何度も何度も図案を書き直した。
一年程かけ、ようやく納得いく観音様の図案が出来上がり、見上さんに見せると、
「だから頼ちゃんに頼みたかったんだ」
とだけ言った。その緻密さもあって完成するまで10年以上を費やした。
他のお客さんに対して手を抜いているなんてことは断じてない。
自信を持って施術している。
だから、駄作や失敗作など一つもないと断言できる。
お客さんの都合で途中で終わらせなくてはならなくなることはあっても、妥協して終わらせることだけは絶対にしないと決めている。
この観音様を完成させられればなにかを越えられるような気がしていたが、それ故に怖くなることもあった。
完成した時に見た観音様を背負う見上さんの美しい背中は忘れられない。
あの時の高揚感と戒めのために、見上さんの許可を得て店に観音様の図案を飾っている。
時々お客さんに、
「あの観音様はグッズとかにしないの? 欲しい」
とか、
「飾ってある観音様を描いてほしい」
と言われることがある。
お客さんに施術していないオリジナルの図案をポストカードやタトゥーシールなどにしてオンラインで販売しているが、この観音様は特に要望が多い図案だった。
人に使用した図案は使えないと断っているが、そこをなんとかと懇願されるくらいだ。
そしてなによりも才が綺麗と褒めてくれたのもこれだった。
俺はそれが嬉しかったんだ。
見上さんの背中を流していたらいろんなことを思い出して泣きそうになった。
手が止まると見上さんが、
「ん? どうした?」
とのんびりした声で聞く。
その声に呼び戻されてまた擦る。
「頼ちゃん、背中流すの下手だな」
と笑う。
「背中流すのに上手いとか下手とかあるんですか?」
と聞くと、
「あるよ、深町上手いぞ」
と言う。
そうだよな、組長の背中流すのも仕事のうちなんだろうな。
でもなぜか嫌だった。
この背中に触れられるのは俺だろ? と思った。
そう思ったら思わず直接手で触れてしまった。
「ん?」
「あ……」
まずい、つい……
「自画自賛ですけど、やっぱりこの観音様はいい出来だと思います」
誤魔化せたか?
ふっ、と見上さんが笑う。
「だろ? 本当はいつも裸で歩いて自慢したい」
ふはは!
「それはちょっとどうかと思いますよw」
「だから我慢してるんだよ、本当は見せびらかしたい」
「はい、本当にいい出来です。
後にも先にも和彫の技法を僅かでも取り入れたものはこれしかやってないですし」
「そうなのか。勿体無いな、腕いいのに」
「あくまでもタトゥーの中に取り入れてみたという感じですし、これを超える自信ないですね」
「それは光栄だ」
観音様を撫でる。
「最高傑作だと思ってます」
触れた手を離せない。
観音様が、
「良からぬことを考えるでない」
と言っているようで雑念を払うべく、
下手くそと言われた背中流しに没頭する。
「いつまで擦ってんだ、ほら、代わってやる」
と見上さんが立ち上がって俺を座らせる。
「いえ、いいです! 大丈夫です!」
「15年を俺にも労わらせろよ」
俺の背中を擦る見上さんが笑ってる。
「坊主を育てながらいい作品も生み出して、客にこんな経験をさせてくれる店主そういないぞ」
「……ありがとうございます」
背中向けててよかった、泣いてる顔は見られたくない。
俺の背中を擦る手が止まる。
「……頼ちゃん、髪の毛洗っていいか?」
「へ?」
「頼ちゃんの髪、洗いたい」
「言い方がちょっと変態っぽいですよw」
「うるせえな」
とシャンプーをかけられ、わしゃわしゃ洗われた。
11
あなたにおすすめの小説
神様の成れの果て
囀
BL
極道一家・井戸口組の次男坊である墨怜は、世話係の猿喰綺人に密かに思いを寄せていた。
しかし、彼には愛人がいるという噂や、組長でもあり兄でもある鴉と恋人関係にあるという噂が絶えない。
この恋を断ち切ろうとした矢先、同級生の手塚練太郎から突然の告白を受ける。
墨怜はこれをきっかけに気持ちを整理しようと交際を了承するが、
その日を境に、彼の日常は“静かに狂い始めた”——。
※ ◇は場面切り替え、◆はキャラ視点切り替えになっております。
この作品はカクヨムにも投稿しております。
〈登場人物〉
井戸口(いどぐち) 墨怜(すみれ)
極道井戸口組の次男坊
引っ込み思案
世話係である猿喰に密かに想いを寄せている
猿喰(さるばみ) 綺人(あやと)
井戸口組の組員で墨怜の世話係
眉目秀麗でミステリアス
手塚(てづか) 練太郎(れんたろう)
墨怜の同級生 真面目で正義感がある
空手部に所属している
泰泉寺(しんせんじ) 霧雨(きりさめ)
墨怜の同級生 飄々としている
関西から上京して、現在は母と姉と三人暮らし
井戸口 鴉(からす)
墨怜の兄で井戸口組の組長を務めている
優しい
Take On Me 2
マン太
BL
大和と岳。二人の新たな生活が始まった三月末。新たな出会いもあり、色々ありながらも、賑やかな日々が過ぎていく。
そんな岳の元に、一本の電話が。それは、昔世話になったヤクザの古山からの呼び出しの電話だった。
岳は仕方なく会うことにするが…。
※絡みの表現は控え目です。
※「エブリスタ」、「小説家になろう」にも投稿しています。
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とスタッフ達とBL営業をして腐女子や腐男子たまに普通のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
インテリヤクザは子守りができない
タタミ
BL
とある事件で大学を中退した初瀬岳は、極道の道へ進みわずか5年で兼城組の若頭にまで上り詰めていた。
冷酷非道なやり口で出世したものの不必要に凄惨な報復を繰り返した結果、組長から『人間味を学べ』という名目で組のシマで立ちんぼをしていた少年・皆木冬馬の教育を任されてしまう。
なんでも性接待で物事を進めようとするバカな冬馬を煙たがっていたが、小学生の頃に親に捨てられ字もろくに読めないとわかると、徐々に同情という名の情を抱くようになり……──
僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ/Ⅱ
MITARASI_
BL
I
彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。
「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。
揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。
不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。
すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。
切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。
Ⅱ
高校を卒業し、同じ大学へ進学した陸と颯馬。
別々の学部に進みながらも支え合い、やがて同棲を始めた二人は、通学の疲れや家事の分担といった小さな現実に向き合いながら、少しずつ【これから】を形にしていく。
未来の旅行を計画し、バイトを始め、日常を重ねていく日々。
恋人として選び合った関係は、穏やかに、けれど確かに深まっていく。
そんな中、陸の前に思いがけない再会をする。
過去と現在が交差するその瞬間が、二人の日常に小さな影を落としていく。
不安も、すれ違いも、言葉にできない想いも抱えながら。
それでも陸と颯馬は、互いの手を離さずに進もうとする。
高校編のその先を描く大学生活編。
選び続けることの意味を問いかける、二人の新たな物語。
続編執筆中
病弱の花
雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。
彼の想いはちょっと重い
なかあたま
BL
幼少期、心矢に「結婚してほしい」と告げられた優希は「お前が高校生になっても好きな人がいなかったら、考えてやらなくもない」と返事をした。
数年後、高校生になった心矢は優希へ結婚してほしいと申し出る。しかし、約束をすっかり忘れていた優希は二ヶ月だけ猶予をくれ、と告げる。
健全BL
年下×年上
表紙はhttps://www.pixiv.net/artworks/140379292様からお借りしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる