お使いはタバコとアイスとお兄さん

秋臣

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風景と夢

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試験の為、しばらくまさきさんの部屋には行っていなかった。
まさきさんもバイト先の店に来なかった。
なんとなく、元に戻ったような感じがした。
リセットされてしまったかのようだ。
そう感じてしまったら、足が重くなる。
気軽に行けない。行きづらい。

まさきさんはどうしているだろうか、
仕事忙しいかな。
ご飯食べてる?
ちゃんと笑えてる?
寂しくない?

俺の足は陸橋に向いた。

いた。

まさきさんはいた。

どうして?
どうしてそこにいるの?
仕事しててよ。
ここにいるとまさきさんは風景になっちゃう。


「まさきさん!」
電車を見ていたまさきさんがゆっくり振り返る。

ほら、今にも泣きそうだ。

その顔を無理矢理笑顔に変えて俺を見る。
「朝都くんだ」
たまらなくなった。

走ってまさきさんに抱きつく。

「え?どうしたの?」

「どうしてここにいるの?
夜の方が仕事捗るって言ってたのに、
どうして?
どうして泣きそうなの?」

まさきさんはゆっくり俺の体を離す。
少し俯いてから顔を上げていつもの笑顔を見せる。
風景じゃなくなった。

「…カレーをね」
「え?」
「たくさん作ったんだ」
「……」
「一緒に食べないか?」
泣きそうに笑わないで。
「食べます、行きます」  
まさきさんが泣かないでいられるのなら。
「よかった。無駄にならずに済んだ」
まさきさんは歩き出した。


「朝都くん、ご飯どれくらい?」
「大盛りでもいいですか?」
「これくらい?」
「ちょっと!まさきさん、盛りすぎ!」
「え?多い?
「どこにルウ入れるんですか?」
「じゃあ少し減らすからおかわりしてね」
「はい」
「食べられるんだ」
「余裕です」
「若いっていいね」
「おじさ…」
「おじさんって言うなよ」
「うはは!」

まさきさんが作ってくれたカレーは挽肉のカレー。キーマではない。
茄子とか玉ねぎとか細かく刻んであって、食べやすそうだし美味しそう。

「いただきます!」
絶対、美味いよ、これ。
食べる。
ほら!絶品!
「めっちゃ美味い!」
「うん、これは自信ある」
「ルウはスパイスから作るんですか?」
「ううん、普通に売ってるルウだよ。
俺、そんな凝ったもの作れないもん」
「なんで挽肉なんですか?」 
「なんで質問攻めなのw」

笑いながらもちょっと間がある。
なんだ今の間は。

「前にカレーに豚肉と牛肉どっちを入れるかで揉めたことがあってね…
どっちも譲らなくて、だったら両方入れちゃえってことになって合挽きにしたんだ。
合挽きなら牛と豚、両方入ってるから」


揉めた?
揉めたと言うのは誰と?
彼女?

ずっとずっと気になってた。
一人にしては広めの部屋だし、まさきさんの家の食器、一人暮らしなのに全部2セットある。
ベッドもダブル。

聞いてもいいのかな。


「…彼女さんとかいるんですか?」
「え?」
「食器とか2セットあるし、ベッドも…」
「いないよ」
「俺、無神経なことしてませんか?」
「ん?」
「だって、まさきさんの部屋、入り浸って…」
「自覚はあるんだね」
言われてしまった…
「自覚…あります…」

あははと笑うと、
「冗談だよ、そんな人いないから気にしないで」
と言う。
「でも…」

笑っていたまさきさんの空気が変わった気がした。

「俺も聞いていいかな?」
「え?俺に?何を?」
何を聞かれるのだろうか、全然わからない。

「朝都くんは俺に何を聞きたいの?」
「え…」
「俺に何か聞きたいことあるんだろ?
ずっとそんな目をしてるよね。
責めてるんじゃないよ」
俺、そんなつもりじゃ…

でも、聞きたいことがあるのは本当だ。
正直に聞こう。

「じゃあ聞いてもいいですか?」
「俺に答えられることなら」

「まさきさんはどうして陸橋に行くんですか?」

薄く笑う。

「いつか聞かれるかなって思ってた」
「俺、初めて見かけたの随分前なんですけど、ずっとわからないんです。
なんの変哲もない、どこにでもある陸橋から電車を見てて楽しいのかな、何が目的なんだろうってずっと不思議で…」
一度口にしたらもう止まらなかった。
「まさきさん、電車見てても楽しそうじゃない。今にも泣き出しそうな顔してる。
どうして?
どうしてそんな顔するのにあそこに行くの?
行かなければ寂しくならないかもしれないのに」

まさきさんがテーブルの上で組んだ手を持て余すように動かす。
その手が止まる。

「コーヒー淹れるね」

まさきさんはそう言ってコーヒーを淹れてくれる。
ゆっくりゆっくり丁寧に…

二つのマグカップの一つを俺の前に、
「どうぞ」
と置く。

「ありがとうございます」
と礼を言うと、穏やかに微笑む。

深く味わってから静かに声を発する。


「…夜がね、怖いんだ」
「え?だったら尚更わからないよ。
どうして夜の陸橋なんかに行くの…」
「そうだよね…」
「教えて、まさきさん。
怖くなっちゃう理由を教えて」

「…正確には寝るのが怖い。
寝て夢を見るのが怖い」
「夢?怖い夢を見るの?」
「ううん、怖いけど怖くない。
言ってることわからないよね」
「…ごめんね、まさきさん、俺わからない」
「夢に出てくる人がすごく優しくて、俺安心するんだ」
「うん」
「でも、朝目覚めると消えちゃう。
ああ、夢だったんだ、現実じゃないんだって…
急いで目を閉じるんだけどもう出て来てくれない。消えちゃってる。
それが怖くて…寝るのが怖い」

「だから夜起きてるの?」
「…うん」
「でも、昼間寝ても夢は見るでしょ?」
「夜の方が夢を見そうなんだ。
昼なら夢を見なくて済む、そう思い込んでるだけで…」
「その夢に出てくる人は彼女?」
「違う」
「それじゃ誰?」
組んだ手をギュッと握る。
そしてまさきさんは答えた。

「ここに住んでた人」

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