お使いはタバコとアイスとお兄さん

秋臣

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そこにいる理由

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「そんなにまさきさんのこと大好きな人が、どうしてここにいないんですか?」

ふっ
まさきさんが少しだけ笑みを見せる。

「永嗣との生活は楽しかった。
フリーになりたてでこの先一人でやっていけるか少し不安もあったけど、彼がいつも『大丈夫、俺がずっとそばにいるから』って言ってくれるのが心強くて。
本当は不器用なのにそれを悟られたくなくてこっそり料理教室に通ってたり、疲れてるのに疲れてないって言い張って、それでもやっぱり疲れて寝落ちしちゃって、起きてから家事を全部俺にやらせちゃった…と凹んでたり。無理しないでそのままの彼でいいのにね」


コーヒーがいつの間にか冷めていた。
淹れ直してる間、ゆっくり落ちるコーヒーを見ながら思い出す。



寝る時に、永嗣は毎晩俺を抱きしめる。
「おいで」
と呼ぶ声と抱きしめられた温もりに安心した。

抱きしめ返すと、
「甘えたがりだな」
って笑う。
なんだか悔しいし、恥ずかしいから離れようとすると、
「仕方ないな」
なんてかっこつけて言うけど、嬉しそうに笑いながらもっときつく抱きしめられる。

広いベッドなのにいつも真ん中で二人でくっついて、窮屈で、でもそれが堪らなく俺は幸せだった。



再び仕切り直すように朝都くんにコーヒーを勧める。

「まさきさん、ありがとう」
微笑む朝都くんに救われるし、話す事で背中を押してもらえた気がした。


「ある日、彼のお父さんが倒れたと知らせが入った。
隣県のY市で市長をしてると聞いていたんだ」
「市長?」
「そう。彼はすぐ実家に帰った。
お兄さんとお姉さんがいるけど、お兄さんは関西で家庭を持ってて、お姉さんは海外赴任してて向こうで国際結婚してると聞いてた」
「大丈夫だったんですか?」
「うん、大したことなかったんだ。
でもお母さん、とても心細かったようで近くにいる彼を呼んだみたい。
少し入院して、退院後は日常生活に支障はないと言われていたからすぐ仕事復帰もしたらしい。でも、お父さんは健康不安があって市長という立場は担えないと思ったんだって。今年で任期満了するからそこで引退すると決めたらしい」

「市長というのは世襲とかあるんですか?代議士だとよく聞きますけど」
「今はあまり聞かないね。
彼もお父さんから好きなことをしろと言われて育ったと言ってたよ。
そのとおりに生きてきて編集の仕事も好きだと言ってた」
「そうなんですね」
「一ヶ月ほど向こうから会社に通ってたんだけど、お兄さんとお姉さんがお父さんの様子を見に連休に帰って来ることになって、滅多に全員揃わないから、今後の話をしようとなってね。
彼、なかなか帰れなくてごめん、ちゃんと食事してる?休んでる?って俺のことばかり気にしてて。
俺のこと忘れてない?ちゃんと覚えててね。永嗣って呼んで、俺喜ぶから、お願いって」
「面白い人ですね」
「うん…
でもそれっきり帰って来なかった」


「え…なんで…」
「彼の家族と何を話し合ったのかは知らない。一度だけ服とかスーツとかを取りに帰ったことがあった。
その時の彼、『ごめんなさい』それしか言わなかった」
「どうして!?あんなにまさきさんのこと好きなのに、どうして?」
「ずっと泣いてるんだよ、ごめんなさいって謝りながらずっと…俺何も言えなくて。言っちゃいけない気がして…」
「帰ってきて欲しかったんでしょ?」
「泣いてる彼にそんなわがまま言えなかった。
何かあるのはわかったし、これ以上俺が何か言ったら永嗣を苦しめる、そう思った」

ああ、そうか…
まさきさんは彼を待ってたんだ。
あの陸橋で彼が乗ってるかもしれない電車を見ていたんだ。
帰って来ない彼をずっと待ってたんだ…

夜、寝たくないのは夢に出てきてくれた彼にまで消えてほしくなかったから…



「想いがね、一緒ならいいんだ。
両方が嫌いになって別れるならそれで良いと思える。
でも互いの想いが違ったままだと想いが消えないんだ、残っちゃうんだ。
置いて行かれて動けなくなる。
俺は置いて行かれて動けない。
動くのが怖い。
歩き出してしまったら彼のこと忘れてしまいそうで…
夢を見るのも怖い。
夢に出てきてくれても起きたら消えてしまうから…
忘れたくないのに、でもどこかで忘れなきゃ、忘れたいって思ってて…
もう歩き方がわからないんだ」 


覚えてしまった人肌の温もりをどうしたら忘れられるのか、俺にはわからない。


「まさきさん…」

「ダメだね、朝都くん相手だと話しすぎちゃうね。明け透け過ぎた。
みっともない大人ですまない」

そう言ったまさきさんは今までで一番寂しそうな顔をして目に涙をいっぱい溜めていた。
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