お使いはタバコとアイスとお兄さん

秋臣

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守るために

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俺はリビングを出て廊下にいた。
リュックも持って出た。
見届けたい、見守りたい、そんな高尚なことではなく、二人の話を聞きたかった。
二人の様子を見たかった。
それだけだ。


「仕事の依頼に来たんだ、装丁を頼む」
そう言って美作はノートを数冊取り出す。
「これをまとめて本にする」
真崎はチラッとそれに目を向ける。
「…これを?」
「そうだ」
「誰の本?」
「著者は俺だ」
「え?」
「読んで内容見て装丁のイメージをしてくれよ」

それは美作の日記だった。
真崎と出会ったあたりからずっと綴られている。

「匠吾に贈る本だ。
俺はこの続きを書きたい。
何冊も何十冊も書き続けたい。
でも、この中身、ほとんど匠吾の話だろ?
だから題材がそばにいてくれないと書けないんだ。
毎日ずっと会いたいとしか書けなくなる」

実際、後半の数冊は会いたいとしか書かれていなかった。


「俺、来年市長選に出馬することにした」

「えっ!?」
まさきさんが思わず声を上げる。
俺も声を上げそうになった。
出馬?
選挙に出るってことだよな?

「出馬って…」
「父が倒れただろ?
大したことはなかったが、任期満了したら引退するって決めてな。
後を継げと言われたわけじゃない。
世襲なんてそんな時代じゃない。
ただ、やりたいことができたから、そのために出馬という手段を取ることにしたんだ」

「何を言ってるのかわからない…」
まさきさんが動揺してる。

「匠吾と一緒にいるために俺が制度を変える、だから出馬する」

「え…」

「俺は匠吾と一緒に生きていきたいと願ったけど、今そこにお前を連れて行ったら傷つけることもわかってた。
この公人という世界では万人に好かれるなんて無理なんだ。
誹謗中傷もあるし、心無いことも言われる。
選挙の手伝いで裏方をやった時にそれは痛感した。きつくて辛い世界だ。
俺が強くなって守れるようになってから匠吾を呼びたい、そう思ってた。
だから、俺一人で行った。
離れたいわけじゃない、守りたかった」

「永嗣、わからないよ、何を言ってるんだよ」

美作さんは優しく笑うと話を続ける。

「悩んだ、すごく悩んだ。
匠吾と知り合えた編集の仕事、好きな仕事を辞める葛藤。
それを捨ててもなれる保証のない市長という分不相応な立場。
全部怖い。

でも、ずっと一緒にいたいと思えば思うほど、守りたいと思うほど、この世の中は生きづらい。
制度が、法が邪魔をする。
手術の同意書にサインできない、説明も聞けない、大切な人の命を守れない。
俺、これがどうしても納得できないんだ」

美作さんはまさきさんから目を逸らさない。


「パートナーシップ制度がある自治体もあるけど、それも条件がある。
双方、もしくはどちらかが性的マイノリティだということ。
俺たちはどちらも違う。
そこに当て嵌まらない。
抜け落ちてしまう。
だから俺が変える。
好きな人と一緒にいたい、幸せにしたい、守りたい、それだけなのにそれができないなら、俺がそれを変えてやる。
匠吾と生きるために」

美作さんがまさきさんの手を取る。

「嘘がない人と言われてる父を尊敬してる。
俺も嘘は嫌だ。
俺の全部を曝け出したい。
できないことはできないと言うし、約束しない。
でもできること、やりたいことは何がなんでも貫く。
俺は匠吾と生きていきたい。
それが嘘のない俺の気持ちなんだ。
それができないなら俺がそこに立つ意味はない。
そこに匠吾がいてほしいから戦う。
傷つけることもあるかも知れないけど、俺は守るし戦う。
せめて自分たちの住んでる町では堂々と生きたいんだ。
そう決めて、家族に話した。

父は笑って、やれと言ってくれた。
母は戸惑ってはいたけど、後悔しない道を選びなさいと言ってくれた。
兄と姉は匠吾に会わせろって騒いでた。
『末っ子気質の甘ったれな永嗣をそこまで突き動かす男ってどんないい男なんだって』」

「何も言わずにいなくなってごめんなさい。
待ってて欲しいって言えなかった。
自分の気持ちが、決意が固まるまで、揺るぎないものになるまで会えないって思った。
匠吾への気持ちは揺らぐことはないけど、編集の仕事を辞めることに対してなかなか踏ん切りがつかなかった。
声を聞いたら、顔を見たら、俺は何もかも捨てて、あのベッドでずっと匠吾を抱きしめてるだけの人間になる、そう思った。
それも悪くないなって。

ここに来るの、怖かった。
もう居ないかもしれない、引っ越してしまったかもしれない。
鍵はあるけど使えなくなってるかもしれないって思うと、使うのが怖くて無理だった。

きっとたくさん泣かせただろうし、傷つけた。
何も言わずにいなくなった俺を、
もう待っててくれないと思った。
そんな資格ないと思った。
ずるいけど別れたいと言わなかったのは、それが嘘になるから。
匠吾に待ってて欲しかったから。
言えなかったけど、ここで待ってて欲しかったんだ」


「……置いていかないで…
置いていかれるくらいなら、
連れていかれて不幸になりたい」

そう言って涙を堪えるまさきさんに美作さんは言った。

「迎えにきたよ、匠吾。
一緒なら幸せだから不幸にはならない」

「いつもいつも勝手で……
一人で先走って……」

「また公私混同しちゃった」
美作さんが呟く。

ふっ

「職権濫用も加わるかも」

ふっ


「俺の仕事は匠吾を幸せにすることだから」

まさきさんの目から涙がこぼれる。


「おいで、匠吾」

泣き止まないまさきさんに、
「おいで」
と美作さんは笑う。
そして、
「仕方ないなあ」
とかっこつけて、きつくまさきさんを抱きしめる。

「俺、どうしても匠吾だけは諦めたくない。匠吾は俺の一部なんだ。
だから一緒にいてくれないと動けないんだ」


そっか…動けないのはそれだったんだ。
美作さんはまさきさんの一部で、燃料なんだ…


「匠吾、俺と一緒に歩んでくれ。
もう二度と一人にしないから」

「…一人は嫌だ…消えないで…」
「どこにも行かない。
匠吾のいる所に俺はいる」

美作さんが泣いて縋る。
二人の嗚咽が聞こえる。



俺は廊下で壁を背にして膝を抱える。
ドアは少し開けていた。

良かったね、まさきさん…
待ってて良かったね。
美作さん、消えなかったよ。
もう寂しくないよ。


涙がこぼれる。

あれ?なんで?
涙が溢れて止まらない。


今更だろ、俺。
どうしてもっと早く気づけなかったんだ。
いや、多分気づいてた。
ちょうどいい距離を壊したくなくて見ないふりしてた。
そんなのとっくにできなくなっていたのに。

これが恋だと気づいていたのに。



「想いがね、一緒ならいいんだ。
両方が嫌いになって、両方が大好きで仕方なく別れるならそれで良いと思える。
でも双方の想いが違ったままだと想いが消えないんだ、残っちゃうんだ。
置いて行かれて動けなくなる。
俺は置いて行かれて動けない」


まさきさん…本当だね。
消えないんだね、残っちゃうんだね。

動けない…


本当はわかってたんだ。
まさきさんに言ったことは全部自分に言い聞かせてた言葉だってこと。

ごめんなさい、美作さん。
少しだけまさきさんを借りました。
少しだけあなたになりたかった。

俺は廊下で膝を抱えて泣いた。
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