猫又と俺の願いを縫う不思議な工房

ありぽん

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89話 ぬいぐるみに潜む影3

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『本当ごめんなさいね、こちらで用意すると言っておきながら』

「いいえ、お気になさらず。では修復は予定通りで」

『ええ、お願いするわね』

「では、修復が完了し次第ご連絡いたします」

『今から戻ってくるのが楽しみだわ。……最近はどうにもね。糸のことだってそう。やっぱり歳には勝てないのかしらね。どうにも忘れっぽくなってしまって。今では思い出までも、忘れてしまうんじゃないかと心配なのよ』

「……」

『実際に、思い出が薄くなってしまった気もするし……。でもあなたに修復してもらえれば、思い出もしっかりと蘇って、最後までその思い出を大切にできると思うの。だからその子をよろしくね』

「ええ。心を込めて修復させていただきます。それでは、失礼いたします。」

 神谷さんが受話器を置く。

「まぁ、何だ。こういうことはよくあるからな。相手が用意すると言っていても、こちらでも一応は用意しておけ。用意されていても、足りなくなることもあるしな」

「はい。……今の方、途中で少し寂しそうに話されていましたね」

「皆、思い出は失くしたくないんだよ。まぁ、きれいに修復して返せば、きっと元気になるさ。さぁ、次はぬいぐるみの状態を確認するぞ」

「はい」

「なるほど、ここに使われていた糸か……」

 依頼人との確認の電話が終わり、次のぬいぐるみの作業に移る。依頼人が特に気にしていた箇所を、まずは確認した。

 依頼人の中には時々、この生地を使って修復してほしい、この糸を使ってほしい、ここはこのパーツにして欲しい、変えて欲しいなど、希望と共に、材料をぬいぐるみに添えて送ってくる方もいる。

 今回の依頼人も最初は、ある糸を使ってほしい、と希望していて、ぬいぐるみと一緒にその糸を送ってくる予定だった。

 だけどぬいぐるみを送る前に、用意しておいた糸を紛失してしまい、送れなくなってしまったと、先ほどの電話で聞いた。

 ただ、探したけれど材料が見つからなかった、間に合わなかった、送っても足りなかった、といったケースはあるため。
 だからこちらでも、一応用意できるものであれば準備しておき、依頼人に確認のうえ了承を得て、料金に追加するという形をとっている。

 今回の依頼人の場合、こちらで糸を用意できたため、それを使って修復することになった。

「晴翔、依頼人が言っていた箇所以外に、気になるところはあるか?」

「ええと、こことここ。後はここの生地が、他よりも薄くなっているような気がします。あとはこの毛に隠れてシミが」

「そうだ、きちんと全部確認できているな。だが、ほとんど先に聞いていた通りだったから、予定していた通りに修復すれば問題ないだろう。あとは由伸さんに確認してもらったら、修復に入るぞ」

「はい」

 と、そんな話しをしている時だった。じいちゃんが町内会の集まりから帰ってきた。

「はぁ、暑いのう。毎日毎日嫌になるわい」

「あっ、じいちゃんお帰り! 今麦茶を用意するよ」

「それよりもアイスを持ってきておくれ。向こうの休憩室で食べる」

「そうだ! 麦茶やアイスじゃないよ。じいちゃん、ちゃんと熱中症にならないように、それ用のドリンクを先に飲まないと」

「いや、アイスが先じゃ。どうせなら2つくらい……」

「ドリンクと持ってくるよ」

 まったく、シロタマみたいな事を言って。俺はすぐに工房を出る。工房には、じいちゃんが家に戻るのが面倒くさいと、休憩室が用意してあって。そこで軽い昼寝をしたり、おやつを食べるんだ。

 俺は急いで家に戻って、熱中症予防のドリンクとアイスを用意し工房に戻る。するとその間に、じいちゃんはぬいぐるみを確認を終えていて、神谷さんが作業を始めようとしていた。

「じいちゃん、持ってきたよ!」

「今日は何のアイスじゃ?」

「じいちゃんの好きな、苺かき氷とバニラアイスが一緒のやつだよ」

「おお! それか。これは嬉しいのう」

 休憩室に入り、机にドリンクとアイスを置くと、じいちゃんがドダッと座り、アイスから食べようとする。

「じいちゃん、ドリンクからだよ。母さんにも言われてるだろう?」

「はぁ、お前のこういう時に煩いところは、母親に似たのう」

「似たんじゃなくて、じいちゃんのためだよ。じいちゃん、前に熱中症で倒れたんだから。ほら」

「分かった分かった。はぁ」

 じいちゃんがドリンクを飲むのを見届けから、俺は神谷さんの所へ行こうとする。するとドリンクを飲み終わったじいちゃんが、アイスを手に取り、横になりながらアイスを食べ始めようとした。

「じいちゃん、行儀が悪いよ!」

「はぁ、本当に母親に似たわい」

 まったく。あんまりシロタマに変な姿見せないでくれよ。シロタマはじいちゃんの真似をして、人型になっている時、寝ながら食べたり飲んだりしようとするんだよ。

「じいちゃん、ちゃんと起きて食べてくれ」

「分かったわい」

 よっこらしょと起きるじいちゃん。そんなじいちゃんを見ながら、仕事場へ戻る俺。と、戻った瞬間だった。

「……」

「晴翔? どうかしたのか?」

「えっ、あっ、何でもないです」

「そうか? よし、それじゃあ始めるぞ」

「はい!」

 今の、気のせいか? 部屋に戻た瞬間、さっき確認したぬいぐるみの影が、動いた気がしたんだ。
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