冷たい外科医の心を溶かしたのは

みずほ

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step1 フシダラな者ですがよろしくお願いします!

出会いはおくせんまんの胸騒ぎ

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いつもと変わらない当直の夜。

……のはずだった。

それが、まさか、あんな目に遭うなんて。


ことの発端は、院内ピッチに入った看護師からの連絡。


『先生、急アル1件とってもいいですか?』

「いいよ、着いたら連絡して」

救急車からの受け入れ要請に、急アル位ならと快諾した。

そしてものの数分でやってきた救急車。
ストレッチャーに乗せられた女性は具合が悪そうに横たわっていた。


「名前は楠原仁菜さん、21才、女性、急性アルコール中毒です」

「レベルは?」

「JCSでI-3、名前と誕生日だけかろうじて言えます。本人は全くアルコール飲めないそうなのですが、店でカフェオレとカルアミルクを間違って出されてしまったものを飲んで酩酊、どれ位飲んだかは不明です。今のところ嘔気はないとのことです」

「間違えて出されたって、自分で飲んで気付かなかったのか」

間違える店員も店員だが。
飲んだ張本人が普通気付くはずだろう。

そんな、突っ込みどころ満載の送り。

そしておかしな点はそれだけじゃなかった。


「何か旅行中だったんでしょうか?」

横にいた看護師が救急隊員にそう尋ねる。
患者の荷物が60L以上はあるスーツケースだったからだ。

「いえ、詳細は教えてくれなかったのですが、旅行ではないようです。」


旅行以外でこんな大荷物抱えて街中に出ることなんてあるか……?
まさか、家出?21才にもなって?

まぁ深入りするのはやめとこう。
経緯はどうあれ軽症なんだ、このレベルだったら外来で点滴一本位落とせば帰れるだろうし。

何やら面倒そうな患者だからさっさと帰ってもらおう。



「楠原さん、お名前言えますか?」

「……くすはら、にいな」

患者の女性は、茶髪の肩上位のショートボブで、21才と送られたが、幼い顔立ちをしていて10代にも見えた。

まだぐったりしているようだが、意識はしっかりしている。
外来のベッドへ移送し、看護師に指示を出した。


「ルート取って、点滴だーっと落として帰らせて」

カルテに適当に2~3行書いて、少しでも寝ようと仮眠室へ戻るべく救急外来を後にする。

すると、突然看護師の悲鳴が上がった。

「きゃーっ!」

「どうしたっ?」

部屋の外の廊下まで響き渡った悲鳴に、何事かと急いで駆けつける。


「ね、ねずみが……っ」

そう言って看護師が指差した先には、なんとねずみがいた。
しかしよく見てみると、ハムスターのようでちょこんと患者のお腹の上に立っていた。

……しかし、なんでこんなところに。

「突然、患者さんのポケットから飛び出して来たんです……っ」


……呆れたもんだ。
なんでハムスターなんかポケットに入れてたんだか。

「楠原さんのペットですか?」

看護師がそう本人に聞くと、こくんと頷きながら、はいと返事があった。

「なんでポケットに入れてたんでしょう?」

続けざまに聞くと、閉眼したまま呟くように答えた。

「……お店に入れなかったから」

なるほど、ハムスターのケージなんて飲食店に持っていたら断られる。
だからってポケットに入れることなんてないだろうに。

一体どんな状況でこんなことになるんだ。

とりあえず院内には持ち込めないため、受付で預かってもらうことに。

ひと騒動あったが一応、一旦落着して、今度こそ仮眠室へと欠伸をしながら向かう。




日付が変わった頃、ピッチに外来看護師から連絡が入った。


『あの、先ほど来た楠原さんなんですが……』

「え、まだ帰ってなかったの?」

『はい、あの意識はだいぶはっきりしているんですが、まだ完全に酔いが覚めていないようで、帰れそうになくて……』

「今見に行く」



外来に着くなり、問題の患者がベッドに座っていた。
その前で困ったように腕を組んだ看護師。


「楠原さん、大丈夫?もう帰れる?」

そう患者に声をかけると、じーっと俺の顔を食い入るように見てくる。


「わぁ、かっこいい人……」

そして、大げさに感嘆の声をあげた。

「この方はどなたですか?」

「うちの今夜の当直医です」

看護師がにこやかにそう答える。
さすが毎日、認知症患者を相手にしているだけある。
この手の対応はお手の物だ。


「楠原さん、ほら立って。それだけ話せるんだからもう帰れるでしょ?もう大丈夫だね?」

そう言って腕を掴んで無理矢理立たせようとしたところ、突然胸の辺りを手でおさえ始めた。


「……なんだか、胸がドキドキする」

「入院時バイタルは?君、何か病気したことある?」

動悸を訴える患者に、看護師に確認する。

「特に問題はなかったと」

「楠原さんちょっと横になりましょうか」

そう聞くと、ぶるぶると顔を横に振る。


「ごめんね、ちょっと触るよ」

そう言って彼女の手首を掴んだ。
少し早目だが、飲酒していることを考慮すると当然。
とくとくと、不整ないリズムが指先に伝わってくる。

「脈は大丈夫だそうけどな」

「あぁ、胸が苦しいっ」

すると、途端に胸を抑えて悶え始めた彼女に、急いで看護師に指示を出した。

「12誘導とろうか、準備して」

若い患者なだけに少し慌ててしまう。
そんな俺の顔をじーっと見て目を離さない彼女。

さっきまでの苦しがっていた顔はどうしたのか、ぽーと呆けるように見つめてくる。

「……何?」

「胸がきゅーっとするんです」

「うん」

「先生に見つめられたり触られたりすると、ドキドキが酷くなるんです。これはもしかして……」
 

12誘導を引っ張り出してきた看護師が顔色一つ変えず冷静に言う。


「恋煩いですね」

「……心電図いいや」

「はい」


「やっぱり、これは恋なんですね?」


容赦なく患者の腕を掴んで立たせようとする。
なんてたちの悪い酔っ払いだ。

「ほら、ふざけてないでさっさと帰って」

「うっ」

途端に下を向いた彼女に、呆れながら聞く。

「今度は何?」

「ぎぼちわるい……っ」

小さな声で振り絞るように言った。

「うぇ……っ」

「えっ!」

患者のえづく様子に途端に、看護師が俺を見捨ててさっと離れた。

急いで彼女の腕を離して距離を取ろうにも、逆に自分の腕を掴まれてしまっている。
引き離そうにも、力が強くて一向に離せない。


「え、マジで?ちょっと待って勘弁して」

いやいや、ムリムリムリっ。

その顔色、洒落になんないっての!
患者の顔色に負けない位、自分の顔から血の気が引けていく。


「ガーグルベースン持って来て、早く!」

遠くから見守る看護師が他の看護師に声をかける。

いやいやそれじゃ俺に被害が出るだろ……っ。

「いや、袋持ってきてっ」

「は、はい……っ」

ぱたぱたと駆け出すナース。


……ーーーっ!!

しかし、時すでに遅し。
彼女の嗚咽とともに、生暖かい感触が太ももに……。

最悪だ……。

「きゃっ、先生、大丈夫ですか……っ」

ただ見ていただけの看護師がこの期に及んで心配そうに声をかけてくる。
間に合わなかった袋を持ってきた看護師は、その場で唖然として立ち尽くしていた。


「……もういいや、入院させて」

茫然しながら、やっとの思いで出た言葉。

「シャワー浴びてからまた来る」


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