ダンジョンマスターコンビニを始める

七瀬ななし

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第十八話 隣のダンジョンマスター来訪!

 ダンジョンマスターの朝は早い。

 そして今日は――

「……今度はなんだ」

 店の外に立つ人影を見て、俺は小さく呟いた。

 制服。

 整った立ち姿。

 無駄のない所作。

 そして――

 どこか見覚えのある“空気”。

 扉が開く。

 カラン。

 彼女は静かに店内へ入り、一直線にカウンターへと歩いてきた。

「……あなたが、このダンジョンの管理者?」

 落ち着いた声。

 だが、奥に張りつめたものがある。

「そうだが」

「……やっぱり」

 わずかに息を吐く。

「あなたも、“あちら”から来たのね」

「……ああ、お前さんも拉致されたようだな」

「そうよ。トラックにぶつかりそうになって気がついたらここ」

 即答だった。

しかしダンジョンマスターは心の中でトラック転生キター!

テンプレキタコレ!とちょっとだけテンションが上がっていた。


 彼女の目が、ほんの少しだけ緩む。

 確認が取れた、という顔だ。

「私も」

 短く言う。

「気づいたらここにいて、ダンジョンマスターにされていた」

「同じか」

「ええ」

 だが、その後すぐに表情が戻る。

 真面目な顔に。

「だからこそ、聞きたいの」

 店内を見渡す。

 くじに熱狂する冒険者。

 ラーメンをすすりながら涙を流す男。

 スイーツに並ぶ列。

 猫を撫でる大男。

 そして――王がカレーを食っている。

「……あら?」

 ほんの一瞬、違和感が走る。

 だがすぐに戻る。

「……あなた、何をしているの?」

「コンビニだが」

「そういう意味じゃないわ」

 ぴしゃりと言う。

「私は隣のダンジョンを管理している」

 静かに、だが力強く。

「罠を設置して、魔物を配置して、侵入者の動線を設計して――」

 一つ一つ、積み上げてきたものを語る。

「“ダンジョン”として、成立させている」

 プライドがある。

 そして責任感も。

「……それなのに」

 わずかに眉を寄せる。

「ここは……」

 もう一度、見渡す。

 冒険者が泣きながらカレーを食べている。

「……あら?」

 さっきよりも長く止まる。

 視線が、カレーに吸い寄せられる。

「……何、この匂い、懐かしい」

 小さく呟く。

 理性が揺れ始める。

「カレーだ」

「……食事、なのよね、日本のカレー」

「そうだ」

 彼女は一歩、イートインへ近づく。

 無意識に。

「……」

 完全に思考が途切れている。

 そして――

「……いくら?」

 気づけば聞いていた。

「銀貨二枚」

「……」

 一瞬だけ迷う。

 だが、すぐに財布を出す。

「……一つ」

 ――数分後。

 彼女は席に座っていた。

 背筋は真っ直ぐ。

 動きは丁寧。

 だが、わずかに慎重。

「……」

 一口。

 カレーを口に運ぶ。

 噛む。

 その瞬間――

「……」

 止まる。

 完全に。

 そして――

「……なに、これ、完全に日本のコンビニカレー」

 かすかな声。

 もう一口。

 確かめるように。

「……完全再現されてる……めっちゃおいしい」

 ぽつりと落ちる。

 その瞬間。

 つーっと。

 頬を、涙が伝った。

 静かに。

 音もなく。

「……え」

 自分でも驚いている。

 指で触れる。

 濡れている。

「……なんで」

 さらに一口。

 また一筋。

「……こんな……」

 声が揺れる。

 視線が落ちる。

「……私……」

 ぽつりと。

「……ちゃんとやらなきゃって思って……」

 罠。

 構造。

 効率。

 すべてが、頭をよぎる。

「……でも」

 もう一口。

 涙が落ちる。

「……あら?」

 ふと、顔を上げる。

 周囲を見る。

 泣いている冒険者。

 満足している顔。

 笑っている客。

 そして――

 店の空気。

「……あら?」

 もう一度。

 今度は、少しだけ柔らかく。

「……これでも、いいの?」

 ぽつりと呟く。

 ダンジョンとして。

 この形でも。

 俺は肩をすくめる。

「ポイント入ってる」

「……」

 沈黙。

 だが否定はしない。

「……そうね」

 小さく頷く。

 完全に納得したわけではない。

 だが――

 理解はした。

 スプーンを置く。

 ゆっくりと立ち上がる。

 涙はもう止まっている。

 表情は整っている。

 だが――

 来たときよりも、少しだけ軽い。

「……ねえ」

「なんだ」

「……また来る」

 短く。

 だがはっきりと。

「お前さんもお前さんのやり方でこの世界を生き抜いていこうや」

 俺は頷いた。

 彼女は静かに店を出ていく。

 背筋は最後まで真っ直ぐ。

「さゆり」

「?」

「北条さゆり、私の名前」

「そうか」

「じゃまた」

「またな。北条さん」

微かに笑うさゆり

 そして――

 ほんの少しだけ、

 歩く速さが軽やかになったようだ。

 ――こうして。

 隣のダンジョンマスターは、

 真面目に戦ってきたものを胸に抱えたまま、

 新しい可能性を知り、

 そして――

 また戻ってくることを選んだ。

「……いいやつだな」

「だね」

頭の上でナーが言う。

「がんばってほしいな」

「だいじょうぶさ」とナー。

 俺は小さく頷いた。

 ――そして今日も。

 誰かが並び、

 誰かが泣き、

 誰かが変わっていく。

 コンビニは、静かに、

 世界の形を少しずつ変えていくのだった。
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