メイク越しの私

第五話：手紙に込めた本音

文化祭が終わった月曜日、教室はざわついていた。
彩花は窓際の席で教科書を広げ、スマホの通知を無視する。
クラスLINEは止まらない。整形モテ顔でまだ目立とうとしてるｗ 地味な過去、バレちゃったね 
心がざわつく。笑顔が脆い。
彩花は深呼吸してノートを開いた。
平気、いつも通り。

授業の合間、美奈が鈴香と教室の隅で笑う。陽菜が適当に相槌を打つ。美奈の視線が彩花を刺す。忘れたい過去が頭をよぎる。中学の冷たい教室、美奈の泣く顔。彩花は目を逸らし、ペンを握りしめた。
凛子が教室に入り、彩花に近づく。クールな美貌、色気ある立ち居振る舞い。落ち着いた目。

「彩花、放課後、図書室で台本整理。手伝ってくれる？」

凛子の声は穏やかだ。信頼を込めた目が彩花を支える。
彩花は作りなれたふんわりした甘い笑顔を浮かべた。

「うん、凛子。行くよ」

美奈がスマホを叩く。彩花のスマホが震える。見ないでいようと思うのに、指が動く。

昼休み、クラスLINEが騒がしい。
美奈が新たな投稿。彩花の中学時代の写メ、別のアングル。眼鏡の奥の怯えた目。整形バレしてんのによく堂々と居られるねー 鈴香が「偽物すぎｗ マジ笑える」と返す。陽菜が「ｗ」と合わせる。亮太が追い打ち。彩花、偽物の笑顔で誤魔化してるけど、惨敗じゃんｗ 教室がざわつく。
彩花は机に顔を埋めた。心がざわつく。

美奈が彩花の机に近づき、ニヤッと笑う。

「彩花、整形バレしてんのによく堂々と居られるねー。地味な過去、隠したかったでしょ？」

鈴香が笑い、陽菜が黙る。
彩花は作りなれた笑顔を貼り付ける。

「美奈、勝手なこと言わないで」

声が震える。
美奈がさらに何か言おうとした瞬間、悠斗が教室の後ろから声を上げる。

「可愛くなろうとするのは努力だろ。人の努力をそうやって笑いものにするのは性格悪い」

悠斗の声は低く、鋭い。
美奈が一瞬たじろぐ。鈴香が「何？」と返すが、悠斗は教室を出て行く。
教室が静まり返る。
彩花の心がざわつく。
助けてくれた。
驚いて、お礼も言えない間にいなくなった。

私の努力、認めてくれた？ でも、近づけない。彩花は目を伏せた。

美奈が舌打ちして去る。

放課後、図書室は夕陽で柔らかく染まっていた。彩花は凛子と演劇部の台本を整理する。凛子は台本を手に、ぽつりと呟く。

「母さんに手紙を書いた。受験も、舞台も、認めてほしいって」

凛子の声は小さく、震える。
彩花の胸が温まる。凛子の願いを支えたい。

「凛子、絶対届くよ。凛子の舞台、すごかったもん」

凛子が柔らかい目で微笑む。

「彩花、ありがとう。ちゃんと本音で向き合おうと思う」

彩花は頷いた。凛子の言葉が心に響く。
本音、か。

陽太が口笛を吹きながら図書室に現れる。くしゃっとした笑顔。

「凛、台本整理、順調？ 彩花、元気出せよ！」

陽太が口笛で適当なメロディーを吹く。凛子が眉をひそめる。

「陽太、図書室なんだから静かにして」

陽太が肩をすくめる。

「はいはい、凛様！ でも、青春はノリでいくぜ！」

彩花は小さく笑った。陽太の明るさが心を軽くする。

図書室を出ると、廊下で悠斗を見かける。
彩花は一瞬、話しかけようとするが、足が止まる。
昼の言葉が頭をよぎる。
努力、って言ってくれた。
ペンを拾ってくれたあの瞬間。視線に気づいてくれた一瞬。冷たいのに、なぜか目が離せない。
悠斗が彩花に気づき、一瞬目が合う。彩花は目を逸らした。心がざわつく。

夜、彩花は自室で参考書を開く。
受験勉強を始めたばかりだ。
昼休みに悠斗が誰かに話していた。東京の大学を目指してる。偶然、彩花の志望校と同じだった。
彩花の心がざわつく。大学で、もし一緒だったら。並んで歩いて、笑い合って。そんな妄想が頭をよぎる。偽物の笑顔じゃなく、本音で話せたら。

彩花は参考書の隅にメモを書き始める。悠斗に近づきたいけど、どうしていいか分からない。妄想の中で、彩花は手紙を渡す。悠斗が笑って受け取ってくれる。現実では、彩花はメモを隠した。
クラスLINEが震える。彩花、悠斗に絡もうとしてスルーされてるｗ 整形モテ顔、惨敗ｗ 

彩花は参考書を閉じた。

部屋の明かりを落とした。
窓から漏れる街灯が、机の上のメモを薄く照らす。
悠斗に近づきたいけど、どうしていいか分からない。
妄想の中の笑顔は簡単なのに、現実の彩花は偽物の笑顔しか持てない。
心がざわつく。偶然同じ志望校だった悠斗。大学で一緒に笑えたら、なんて、馬鹿みたいな夢だ。

彩花はメモを握り、胸に押し当てた。涙がこぼれる。凛子の「ちゃんと本音で向き合おうと思う」が耳に残る。
でも、本音なんて、怖くて出せない。
偽物の笑顔さえ、こんなに脆いのに。

静かな部屋で、彩花の小さな嗚咽が夜に溶けた。