メイク越しの私

わん子

文字の大きさ
7 / 10

第七話:鎧の重さ

しおりを挟む
9月下旬の朝、6時半の彩花の部屋は湿った空気に重たかった。
窓の外から秋の匂いが漂い、夏の熱が薄く残る。
机の上のメイク道具が、淡い朝陽に光る。
彩花は鏡の前に立ち、いつもよりも濃い目のメイクで心を隠す鎧を固めた。
厚いファンデ、濃いアイライン、鮮やかなリップ。清楚で儚いモテ顔を、完璧に作り上げる。
美奈の暴露でクラスに「彩花が加害者」と敵意が広がる今、この鎧がないと学校に立つことすらできない。
彩花の心が軋む。教室の視線、囁き、LINEの通知。全部が怖い。

スマホが震える。今日もクラスLINEの通知が止まらない。
彩花やばいよね。イジメとかしてたくせにヘラヘラ笑って男に媚びて。キモすぎ!
美奈の言葉に、鈴香や他の女子がコメントで煽る。最近では伏せることもなく彩花と名指しだ。
過去の残響が胸を刺す。中学の教室、グループから浮いた自分。美奈の遠い背中。何もできず、黙って見ていた自分。

彩花は鏡に貼りつけた笑顔を映し、頷いた。
鎧があれば、今日も耐えられる。制服が汗で重く、彩花は鞄を手に玄関へ向かう。母の「何かあった?」に「平気」と答え、湿った朝の道を歩き出した。 校門までの道は木々が秋の色に染まり、アスファルトがまだ熱を帯びている。彩花の心が軋む。
凛子の抱擁を思い出す。あの温かさがあるからまだ学校へ行ける。

高校3年B組の教室は、朝8時に文化祭後のざわめきで満ちていた。
窓の外の青空が眩しく、机は触れると温かい。
メイドカフェのポスターが壁に残り、疲れた空気が漂う。
彩花は目を伏せ、背筋を伸ばして教室に入った。
誰とも目を合わせず、気丈に振る舞う。
視線が刺さり、囁きが耳に届く。
美奈が鈴香と笑い、陽菜が彩花を一瞬見て目を逸らす。
陽菜の視線に、揺れる影がある。
美奈の目は鋭い刃だ。
彩花は窓際の席へ急ぐ。
凛子が静かに待つ。クールな美貌、鋭い目元に知性と色気が漂う。演劇部のエースだった。凛子の姿が、こわばった心を少し溶かす。

「彩花、噂なんてすぐ消えるよ」

凛子の声は静かで、鋭い目が優しく彩花を包む。
彩花は小さく頷いた。ありがとう、凛子。凛子が続ける。

「彩花は彩花のままでいいよ」

彩花は唇を噛み、頷いた。
凛子の言葉が、心の軋みを和らげる。 
スマホに通知が光る。彩花、加害者のくせに。美奈のコメントに、鈴香が絵文字で煽る。陽菜の名前はないが、彼女の視線が揺れる。美奈が鈴香に囁く。

「被害者ぶってるの、ムカつくよね」
「凛子に守られて、都合いいよね」

陽菜の視線が彩花に留まり、すぐに逸れる。
言葉のない揺れが胸に刺さる。彩花は目を伏せる。
美奈が彩花を睨み、唇を歪める。「まだ誤魔化す気?」と囁くような目。彩花の心が軋む。私は加害者じゃない。そう言いたいけど、美奈にそんなこと言えない。

陽太が教室に飛び込んできた。くしゃっとした笑顔、愛嬌たっぷりの短髪。
ギターケースを背負い、汗でシャツが湿っている。

「よー! 凛、俺の輝くレジェンド! 彩花ちゃんも、おはよーーっ!」

陽太が机に手を叩き、軽いリズムを刻む。弾む音が教室に響き、彩花の心が軽くなる。凛子が陽太に小さく笑う。

「陽太、うるさい。受験勉強しなよ」

「凛の笑顔で俺の心、フル充電! 愛の力で受験でもなんでも乗り越えてみせるさ♪」

彩花は小さく笑った。
陽太の明るさが、教室の重さを薄める。

美奈が舌打ちし、鈴香が囁く。「彩花、ほんと図太い」。
陽太は気にせず、笑顔を振りまく。

「噂なんてゴミ! 凛も彩花ちゃんも、俺のスターだぜ!」

陽太の声が教室に響く。

悠斗が教室に入ってきた。端正な顔立ち、黒髪で落ち着いた雰囲気。
文化祭のメイドカフェの執事姿が、彩花の胸をざわつかせる。
ネクタイを直す仕草、客に微笑む落ち着いた声。奈々が悠斗に話しかけ、軽く笑う。

「悠斗君、執事ほんと似合ってた! めっちゃ人気だったよね!」

悠斗は穏やかに答える。

「奈々、メイドも充分カフェを盛り上げてたろ」。
自然な声、柔らかい笑顔。

悠斗の視線が一瞬、彩花に触れる。冷たい目、深い影。
彩花の視線が吸い寄せられる。
執事の余韻、奈々に笑う横顔、冷たい視線。心がざわつく。こんな気持ち、初めてだ。 

陽太が悠斗に笑う。

「悠斗、執事の次は受験だな!」

悠斗は肩をすくめ、席に着く。
彩花の視線が、悠斗の背中に留まる。


なぜ、こんなにも目で追ってしまうんだろう。


放課後、演劇部の部室は文化祭後の片付けで静かな熱気に包まれていた。
窓の外は夕暮れの赤が広がり、湿った風が漂う。
遠くで野球部の掛け声が響く。
演劇部の三年生は文化祭で引退し、本格的に受験勉強に追われる。

小部屋に台本や小道具が積まれ、机には参考書が散らばる。 
彩花は裏方を担当し、紙の飾りを箱にしまい、幕を畳む。
凛子は道具を整理し、鋭い目で部員をまとめる。
彩花は凛子の背中を見つめる。凛子の抱擁が、胸に温かく残る。
凛子が彩花に近づき、飾りの箱を受け取る。

「彩花、受験勉強進んでる?これが終わったらいよいよだね。みんな噂どころじゃなくなるよ。」

凛子の声は静かで、鋭い目が彩花を見つめる。彩花は頷いた。

「うん、凛子、ありがとう。お母さんは文化祭の舞台観てくれたっぽい?」

凛子の目が一瞬揺れ、強がるように呟く。

「ビデオのこと?どうだろうね、興味ないんじゃないかな。」

声に微かな棘がある。
彩花は静かに答えた。

「あの凛子の演技、観ないなんて絶対後から後悔するよ!」

凛子が小さく微笑む。陽太がギターを抱えて現れ、軽いメロディで場を和ます。
「凛の演技、宇宙一だろ! きっと届くさ、世界中に~」

陽太がギターで短いフレーズを弾く。

「完璧じゃなくたって いいんだよ  
コツコツ進む キミが最強さ  
夜中の不安 笑い飛ばして  
ほら、明日の太陽 待ってるから!  」

ちょっとクサいね。美穂や他の部員が笑い、彩花も小さく笑う。

陽太の明るさが、部室の重さを和らげる。

受験の話が部員の間にちらつく。「数学、死ぬ」「英語、過去問やばい」。

彩花の心が重くなる。噂と受験、両方が肩にのしかかる。

悠斗が部室に入ってくる。陽太が悠斗に話しかけ、片付けの段取りを相談。

「悠斗、板の片付け、手伝ってくれよ」

悠斗は頷き、「ああ、いいよ」と答える。
自然な声に、彩花の視線が吸い寄せられる。悠斗が彩花の視線に気づき、冷たく言う。

「何?」

彩花は慌てて目を伏せ、囁く。

「何も…」

悠斗は無言で目を逸らし、陽太と作業に戻る。
彩花の胸が締まる。
冷たい視線なのに、心がざわつく。
執事姿の余韻、奈々に笑う横顔。こんな気持ち、知らない。

陽太が笑いながら言う。

「彩花ちゃん、ぼーっとすんな! さっさと片して受験勉強、気合いだ!」

彩花は小さく頷いた。
凛子の微笑み、陽太のメロディ。
鎧の重さが、ほんの少し軽くなる。

夕暮れ、校門前の道は静かだった。
湿った風が流れ、コオロギの声が響く。
夕暮れの赤が空を染める。

彩花は凛子と陽太と一緒に校門を出た。

美奈の暴露、クラスの視線、LINEの通知。鎧のようなメイクが、恐怖を覆う。

陽太がギターケースを背負い、軽いメロディを口ずさむ。

「彩花ちゃん、帰りは凛と俺のスペシャルエスコートな! な、凛!」

陽太が冗談っぽく笑う。凛子が小さく笑い、彩花に言う。

「彩花、疲れたろ。ゆっくり歩こう」

彩花は頷いた。心が震える。凛子の静かな気遣い、陽太の軽い歌。
鎧の重さが、ほんの少し溶ける。
陽太が口ずさむメロディは、文化祭の曲のフレーズだ。
彩花の視線が、遠くの校庭に留まる。
悠斗の冷たい視線、「何?」の声が頭をよぎる。胸が締まる。こんな気持ち、初めてだ。

凛子が彩花の肩にそっと触れる。

「明日も、いつも通りでいいよ」

彩花は小さく微笑んだ。

3人は夕暮れの道を歩く。コオロギの声が響き、木々の秋の匂いが漂う。鎧は重い。でも、凛子と陽太がそばにいる。彩花の心が温まる。

明日も、なんとか歩けそう。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あんなにわかりやすく魅了にかかってる人初めて見た

しがついつか
恋愛
ミクシー・ラヴィ―が学園に入学してからたった一か月で、彼女の周囲には常に男子生徒が侍るようになっていた。 学年問わず、多くの男子生徒が彼女の虜となっていた。 彼女の周りを男子生徒が侍ることも、女子生徒達が冷ややかな目で遠巻きに見ていることも、最近では日常の風景となっていた。 そんな中、ナンシーの恋人であるレオナルドが、2か月の短期留学を終えて帰ってきた。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

Pomegranate I

Uta Katagi
恋愛
 婚約者の彼が突然この世を去った。絶望のどん底にいた詩に届いた彼からの謎のメッセージ。クラウド上に残されたファイルのパスワードと貸金庫の暗証番号のミステリーを解いた後に、詩が手に入れたものは?世代を超えて永遠の愛を誓った彼が遺したこの世界の驚愕の真理とは?詩は本当に彼と再会できるのか?  古代から伝承されたこの世界の秘密が遂に解き明かされる。最新の量子力学という現代科学の視点で古代ミステリーを暴いた長編ラブロマンス。これはもはや、ファンタジーの域を越えた究極の愛の物語。恋愛に憧れ愛の本質に悩み戸惑う人々に真実の愛とは何かを伝える作者渾身の超大作。 *本作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

私の存在

戒月冷音
恋愛
私は、一生懸命生きてきた。 何故か相手にされない親は、放置し姉に顎で使われてきた。 しかし15の時、小学生の事故現場に遭遇した結果、私の生が終わった。 しかし、別の世界で目覚め、前世の知識を元に私は生まれ変わる…

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

処理中です...