年下騎士は生意気で 番外編ショートストーリー集

乙女田スミレ

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☆ショートストーリー☆

恋は遠い夜空で輝く星 8

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 その夜の月光のように、キールトの声は穏やかで明るかった。

「夏期休暇から戻ったら、アイリは中尉として小隊をひとつ任されることになってる。うちの騎士団では異例の速さでの出世らしい」

 ルーディカは何と答えていいのか分からない様子で、かすかに「そうなんですか……」と呟く。
 同期の中でも際立って優秀なアイリーネとキールトは、入隊してからずっと横並びで昇格してきた。

「文句なしの人事だし、僕もとても嬉しいんだ」

 辞令が下されたとき、まるで自分のことのように喜んでくれたキールトをアイリーネは思い出す。

「ただ……」
 キールトは少し恥ずかしそうに笑った。

「アイリは知らなかったようだけど、僕は去年の秋ごろ、次の小隊長候補にアイリと僕の名前が挙がってると隊長たちが話してるのを偶然耳にしてたんだ」

 初めて聞く話にアイリーネは目を見開く。

「どちらか一方が上がれるのか、二人とも小隊長になれるのか、その時点では分からなかったんだけど、僕はすっかり舞い上がってしまって、勝手に大きく結婚に近づいたような気になったんだ……」

 冬に先走っていた理由をすべて話したキールトは、すっきりしたようにルーディカに訊ねた。

「春先に、国境で小競り合いがあったのは知ってる?」
「は……はい。フォルザにその話が伝わってきたときにはもう終結していましたが、それでもヒヤリとしました」

「その戦いで、アイリは大きな手柄を立てたんだ」

 アイリーネの脳裏に、いただきが白鳥のくちばしのように尖ったアウラ山の姿が浮かぶ。

「二つの国をまたぐ山のふもとで、両国の警備兵たちが諍いを起こしたのが発端で、双方の部隊が出動して国境を挟んで睨み合いに発展してね」

 後輩の隊員たちにとっては、初めての実戦となった。

膠着こうちゃく状態が続いていたとき、目に見える敵の数がやや少ないのを不審に思った隊長が、もしかしたら隠れたところに別隊を置いているのかも知れないと考え、アウラ山の崖の上から探ってくるように僕たち若手の騎士に命じたんだ」

 アイリーネ、キールト、オルボーの同期の隊員三人に加え、プルーズという入隊して半年にも満たない新人が、偵察に向かうことになった。

 山道の脇にはまだ少し雪が残っていて、登っていくにつれて少し肌寒く感じたことをアイリーネは思い出す。――それからすぐに、体温が上がるような出来事が起きたのだが。

「下界を見渡せる崖が近づいてきたとき、気がはやった同期の騎士が、一人だけ先に駆け上がって行ってしまった。それから間もなく、上の方から悲鳴が聴こえてきたんだ」

 野太い叫び声は、オルボーのものに間違いなかった。

「慌てて登って行った僕たちが木の陰からそっと様子を探ると、反対側から登ってきていた敵の二人の斥候せっこうに、同期の騎士が捕まってるのが見えた。羽交い締めにされた彼は頭から血を流して、ぐったりとしていて……」

 ルーディカは、喉の奥を小さく鳴らして息を吸い込む。

「ああ、怖い話をしてごめん。自慢の石頭が幸いしたのか彼の傷は浅くて、今はものすごく元気だからね。……でも、その場面を目の当たりにした後輩がひどく衝撃を受けたようで、貧血を起こして僕の方に倒れ込んできたんだ。――慌てて支えたときにはもう、勇敢なアイリは一人で剣を抜いて飛び出してた」

 プルーズがそんな状態になっていたことを、アイリーネは後から知った。

「矢のような速さで、剣を構える隙も与えずにアイリーネは二人の敵を倒し、味方の奪還に成功した。僕が後輩の身体を横たえて顔を上げたときには終わってたんだから、本当に大したものだよ。――でも、アイリの活躍はそれだけじゃなかった」

 アイリーネはオルボーを地上に寝かせると、すぐさま敵国側の山道の方へと突っ走っていった。

「アイリは、隣国の騎馬隊が崖の上から奇襲をかけるため向こう側から登ってきているのに気がついたんだ」
「まあ……」
「そこからも実に鮮やかで、アイリは指笛を吹いてそれを下にいる部隊に報せると、何の迷いもなく敵の先頭の騎馬に飛び掛かっていった」

 とにかく食い止めなくてはと、アイリーネは無我夢中だった。

「僕が追いついたときには、すでに決着はついていた。アイリに驚いた一番手の馬が狭い山道で暴れて後ろの馬を蹴り、その馬も後ずさりして別の馬に体当たりし……恐慌に陥った敵の騎馬隊は、転がるようにして退却していったんだ」

 ルーディカが深く息を吐く音が、アイリーネの耳にまで届いてくる。

「向こう見ずでハラハラさせられることも多いけど、やっぱりアイリはすごい騎士だよ」

 幼なじみを讃えると、キールトは少し声を落とした。

「――僕のほうは、騎士に向いていないのかも知れない」

「えっ……」
「僕が出遅れたのは、倒れ込んできた後輩を安全な場所に寝かせてたから――なんて言い訳はできるけど、たぶんそれだけじゃなかった」

 キールトは心苦しそうに打ち明けた。
「……敵に向かっていこうとするとき、必ず君の顔が浮かぶんだ……」

〝冷静かつ迅速に、最善の手で戦うことができる騎士〟だと定評のあるキールト・ケリブレが、誰にも語ったことのなかった胸の内だった。

「いつも、もう君に会えないかも知れないという不安を無理やり振り切って前に踏み出してる。アイリのように一心不乱に突き進むことは、僕にはできない」

 月の光が降り注ぐ音が聴こえてきそうなほどの静けさの後、ルーディカが口を開いた。

「キールト様……。ご無事でいてくださって、ありがとうございます」

 その声は、優しく温かく、そしてどこか凛としていた。

「エルトウィンにいらっしゃるお二人の安全を祈らない日はありません。騎士様のお務めについては理解しているつもりですが……やはり、ご自身の命を守ってくださることが、私にとっては何よりなんです」
「ルーディカ……」

「普段はキールト様もアイリ様も、戦いの場のお話はほとんどなさらないから……。聞かせていただいて、改めてお二人は危険と隣り合わせなんだと分かりました」
「ごめん。心配かけたくないから、できるだけ触れないようにしてたのに」

 アイリーネも同じだ。騎士になったばかりのころに〝漆黒のハヤブサ〟と異名がつくことになった事件の顛末を事細かに話して妹に大泣きされてからは、控えるように心がけている。

「いいんです。この瞬間に一緒にいられることが、どれほどありがたいのか身に染みました。本当に、奇跡みたいなことなんだって……」

 ルーディカは「コスクド・カールド・トゥラード」と呟く。

「それは……アイリから聞いたんだね?」
「はい、本来の意味も教えてくださいました。――これからは、喧嘩したままエルトウィンに帰したくはありません。元気なお顔が見られたことに感謝して、たくさん一緒に過ごして、いっぱい素直な気持ちを伝えて……」

 少し改まったように、ルーディカは言った。

「――キールト様、私の願いを聞いてくださいますか?」
「あ、ああ。僕が叶えられることなら何でも」

 小さな鈴が震えるように、ルーディカは〝願い〟を告げた。
「『今夜は、ずっと一緒にいたい』……」

 それは冬にキールトが発したのと全く同じ言葉だった。
 再び、夜の庭に沈黙が落ちる。

「わ……私の部屋に、いらっしゃいませんか」

 しばらく呆然としていたらしく、キールトは遅れて「え」と声を発した。

「離れは小ぢんまりとしていますけど、幸せな思い出が詰まった大好きな家なんです。以前からキールト様をお招きしたいと思っていました」
「で、でも、ルーディカ、君の望みは……」
「――もし気をつけていても子供を授かったら、独り身のままで産みます」

 穏やかだが、強い意志が感じられる口調だった。

「薬師を続けながら大切に育てて、あなたと公に結ばれるために努力します。母のようにすぐに儚くなるつもりはありません。……万が一、母のようになってしまったとしても、キールト様ならきっと、その子に伝えてくださるでしょう? 私たちが深く想い合っていたことを」

「……ルーディカ」
 布が擦れ合うような音がする。
「ん……」

 見えていたわけではないが、くちづけの空気を感じ取ったアイリーネは慌てて再び手で耳を覆い、ついでに目もぎゅっと閉じた。

「――部屋に入ったら、途中でやめられる自信がない」
「……やめなくていい……」

 長椅子から二人が去っていく気配がする。

 少し待った後、アイリーネは植え込みからそっと頭を出して、遠慮がちに様子をうかがった。

 月明かりの下を、キールトがルーディカを大事そうに抱きかかえて離れの方へと向かっていく姿が、アイリーネの目に映る。

 澄みきった月光を浴びた二人は、まるで金と銀のふたつの星のようにまばゆく輝いていた。

   ◇  ◇  ◇

 翌朝、アイリーネはいつものように目が覚めた。
 寝ついたのは遅かったはずだが、深く眠れたのか頭はすっきりとしている。

 身支度を整えて剣を提げ、稽古のために外に出ると、キールトの姿はまだなかった。
 出てくるかどうかは分からないが、涼しい朝の庭を散策しながらアイリーネは少し待つことにした。

 夜明けを歓迎するようにさえずる小鳥も、さらさらと揺れる木々の緑も、いつもの早朝と変わりはない。
 馴染んだ景色の中にいると、昨夜のことがまるで夢の中の出来事のように思えてくる。

 そのとき、薬草園の方から弾んだ声が聴こえてきた。
「アイリ様!」

 昨晩とは違う色の服の上に園芸用の前掛けを着けたルーディカが、垣根の向こうから朗らかに挨拶をする。

「おはようございます!」

 そこにはルーディカしかいないようで、他に人影はなかった。

「お、おはよう」
「よろしかったら、少しご覧になってください」

 近づいていったアイリーネの視界に、空のような青色が飛び込んでくる。

「わあ……」

 薬草園の一画を埋め尽くすように、例の一日花いちにちばなが一斉に咲き誇っていた。
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