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20 ぼくが獣になる前に

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 媚薬――。思いも寄らない言葉を耳にしたデイラは、訝しげに眉根を寄せる。

「プロウ侯爵令嬢にられたと……?」
「ああ……。見てたよね? 彼女が、それはもう熱心にぼくに干し果物を食べさせようとしてたのを……」
「あ……」
「あれに仕込まれてたんだと思う……」

 振り返ってみると、確かにフェイニアは奇妙なほど粘り強かった。

「で、でも」
 半信半疑でデイラは訊ねる。

「そんなものが簡単に手に入るんでしょうか?」

 薬師の経験を持つ王女が立太子して以来、怪しげな薬物はかなり厳しく取り締まられるようになったはずだ。

「だから、たぶんそこまで危険な薬じゃなくて……恋人や夫婦がいつもより情熱的に愉しみたいときに使うたぐいのものだとは思うんだけど……。どうやら、ぼくは効きやすい体質だったみたいだ」

 キアルズは上を向いて息を吐き、少し襟元を緩める。

「まいったな……」

 苦しげなキアルズの横顔を、デイラは心配そうに眺めた。

 どのくらい経てば、体調は元に戻るのだろうか。
 いつか大叔母が「たまに媚薬の依頼も来るんだよ」と話してくれたような気がするが、それに対して何か訊ねたような記憶はない。

 もっと関心を持てば良かったとデイラが後悔しているうちに、馬車は目的地に着いた。

「――キアルズぼっちゃま、どうなさいました!?」

 鈴蘭の意匠が施された門のそばにある小さな家から、白髪の管理人夫妻が出てくる。
 夜更けに前触れもなく当主がぐったりとして現れたため、ふたりは「旦那さま」と呼ぶのを忘れるほど驚いていた。

 詳しいことは話さず、急いで邸内の寝室をふたつ整えてもらうと、キアルズは「眠ってしまえば大丈夫だと思うから」と、夫妻からの看病の申し出をやんわりと断った。

「何かありましたらお呼びください」と言い残して管理人夫妻が立ち去ると、主寝室にはデイラとキアルズが残された。

 夫妻の前では懸命に気を張っていたのか、キアルズは力が抜けたように寝台に腰を下ろしてうつむく。

「デイラも……」
 くぐもった声でキアルズは言った。

「早く……自分の部屋に……行って」

 デイラのために用意された客室は、主寝室の下の階にある。

「でも……」

 デイラはやはり、キアルズの様子が気がかりだった。
 汗ばんだ額には前髪が貼りつき、高熱でもあるかのように頬は紅潮し、呼吸も大きく乱れている。

「本当におひとりで平気ですか?」

 キアルズは下を向いたまま、強く絞り出すような声を出した。
「すぐに出ていって欲しいんだ……っ」

 デイラはためらいながらも、「――では、くれぐれもお大事になさってください」と声を掛け、廊下に出て扉を閉めた。

 放っておいて大丈夫だろうかと悩みながらデイラがしばらくその場に留まっていると、突然、何か重いものが落ちたような音が部屋の中から聴こえてきた。

「キアルズさま!?」

 慌てて扉を開けると、窓際の床に置かれた大きな木製のたらいのそばでキアルズが倒れていた。
 張られていた湯で身体を拭こうとしていたのか、上半身には何も身に着けていない。

「転ばれたのですか?」

 駆け寄ってきたデイラが視界に映ると、キアルズはどこか迷惑そうに顔をしかめた。

「だい……じょうぶだから……」
「何をおっしゃってるんですか」

 デイラはてきぱきとキアルズを抱き起こし、背負うようにして大きな寝台まで引きずっていき横たわらせる。

「痛いところはありませんか? 肘が少し赤くなっていますから、念のため冷やしておきましょう」

 枕元の台の上に置かれた水桶にデイラが手を伸ばそうとしたとき、背後から「デイラ……」と切なげな声が響いてきた。

「ひとりにして……。ぼくが獣になる前に」

 なぜかどきっとしたことに、デイラは戸惑う。

「と……とりあえず肘を冷やして――」

 動揺を抑えて振り返ったデイラは、はっと目を瞠った。

「う……」
 キアルズは、しきりに裸の胸のあたりを掻きむしっていた。

「キ、キアルズさま?」
「もう……理性が……」

 吹き飛びそうだ……という掠れ声が、かすかにデイラの耳に届く。

 もどかしげな長い指が、鍛錬を積んできたのがよく分かる筋肉質の胸から引き締まった腹部へと下りていった。

「くるし……」
 キアルズの手がさすり始めた場所を目にして、デイラはぎくっとする。

「んん……」

 キアルズの両脚の付け根のあたりは、脚衣の布を押し上げるようにして窮屈そうに盛り上がっていた。
 触れながらじれったそうに腰をよじるキアルズはいかにも苦しそうで、デイラはおろおろとしてしまう。

 騎士道ひとすじで来たとはいえ、デイラにも男性の生理現象についてある程度の知識はある。しかし――。

「どうしたら……」
 助けになれるのかは分からない。

 デイラが無力感に苛まされていると、熱に浮かされたような声でキアルズが呟いた。

「……たい」
「え?」

 キアルズは荒々しい手つきで自身の脚衣の前をくつろげると、中に穿いていた下着までひと息に下げた。

「……っ!?」

 解放を待ちわびていたかのように力強い昂りがぶるんと飛び出し、重たげにへそのほうに倒れる。キアルズはそれを片手でしっかりと掴むと、なりふり構わず激しくこすり立て始めた。
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