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41 弟シャルマンのひとりごと
しおりを挟む自分の部屋の窓から、庭を見下ろす。
重い真剣を手にして、今日も素振りをしている姉様。
自らバッサリと髪を切ったあの日から、姉様は毎日剣の稽古に励んでいる。
お父様は反対もせず、武術大会へ参加する時に入れ替わりがバレないよう普段はウィッグをつけて過ごしたい、と言う姉様のために王国内で最も腕の良いウィッグ職人に姉様のカツラを作らせた。
内々に依頼し、もちろん口止め料も上乗せして。
お姉様ラブのお父様だから、隣国の武術大会へ参加するなんて危険なこと絶対に反対すると思ったのに。
かなり、意外だった。
作成されたウィッグはさすが王国一の腕前で、姉様の髪型は髪を切る前とまったく同じに見える。
僕も将来カツラが必要になったら、この職人さんにお願いしようかな。
「姉様……」
ポツリと呟く。
本当は、行かないでって縋りつきたい。
隣国メルヴェイユ王国は、現王妃側近――いわゆる第二王子派の勢力が日増しに強くなっている。
第二王子派は、このアルアスラ王国と戦争をするべきだと好戦的な派閥。
そのため武力を重視した予算編成が強行され、戦争に反対する民衆の暴動が各地で起き始めていると聞く。
そんな危険な国へ、姉様を行かせたくない。
でも姉様は、こうと決めたら譲らない、意志の強い所があるから。
僕は姉様の、そんな凛とした強さも好きだから。
だから僕には止められない。
ねえ、どうしてなの、姉様――
そんなに武術大会に出たかった?
姉様は小さい頃からカヴァリエーレ騎士団長へ直談判して剣の稽古をしてもらっていた。
その当時は、同年代の男の子に負けないくらいの腕前で。
……いや今だって、姉様の剣の腕前は大抵の男より上かもしれない。
前世で姉様は騎士だったのかもしれませんね、と前に僕が言ったら困ったように微笑んでいた姉様。
そんな表情も愛らしくて困ってしまう。
生まれながらにして剣術が好きなのかな、姉様は。
だから今回の武術大会に出たかったの?
この国では、女性が参加できる武術大会って無いから。
剣を振っている姉様は勇ましくて、それなのに可愛くて。
あぁやっぱり、心配だよ色々と。
「姉様、これお守りです」
「ありがとうシャルマン」
メルヴェイユ王国へ出発する当日、柔らかく微笑む姉様にお守りを渡す。
差し出された姉様の手は、マメだらけで痛々しい。
努力の証を目の当たりにして、思わず視界が潤んでしまった。
姉様の手が痛そうでかわいそう、という気持ちもあるけれど。
ここまで頑張れるのって、武術大会に出場したいという目標以上の何かがあるはずだと感じて。
……もしかして姉様、武術大会に出たいのではなく、この家を出てメルヴェイユ王国へ行きたかった、とか?
帰って……くるよね……?
僕の想いを、お守りに託す。
絶対絶対、無事に帰ってきてね――
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