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しおりを挟む「よし、これで火曜は何とかなりそうだ」
成瀬君が椅子の背もたれに寄りかかって腕を上げ、グーッと伸びをした。
「え、ごめんね、ほとんどやってもらっちゃって」
「俺は最後にちょっとまとめただけだろ。桜井が資料を用意してくれなきゃできなかった」
頭にポン、と手をおかれた。
節約のため半年に一度しか美容院に行かない、まっすぐな黒髪が重たいロングヘアの私の頭に。
ちなみに前髪は、自分で切り揃えている。
「いつもありがとな、桜井」
うわあ、イケメンによる頭にポンからの笑顔お礼の言葉を添えてって……
庶民の私にとっては、まるで高級フランス料理のよう。
仕事をがんばったご褒美かな。
ごちそうさまです、成瀬君、いつも私に癒しをありがとう。
成瀬君と私は、高級フランス料理と塩むすびくらい次元が違う。成瀬君は、私とは住む世界が別の人。
隣の席という接点がなければ、同期とはいえこんな風に仲良く話すこともなかったと思う。
だって私は、取引先の受付嬢に『地味メガネ』と陰で言われるような女だもの。
前に成瀬君と取引先の会社へ行った時、トイレの個室にいる私に気がつかなかったのかいつも受付で案内をしてくれる女性の声が聞こえてきた。
成瀬君と受付に寄った時に聞いた甘く少し高い声とは違う、苦味すら含んでいそうな声だったけれど確かに受付のふたり。
――相澤グループの営業の成瀬さんといつも一緒にいる人、誰?
――ああ、地味メガネの人? 成瀬さんの営業サポートらしいよ。
――それだけで成瀬さんの隣にいられるなんていいよね。私も同じ会社だったらなぁ。
彼女たちの言う通り、私が成瀬君の隣にいられるのは仕事のおかげ。
そんな事は自分が一番よく分かっている。
成瀬君の事を好きとか嫌いとか考えるのもおこがましい。
まぁ、正直なところ好きだけど。大好きだけど。
でも自分の身の程は知っているから、好きという気持ちには蓋をして仕事する。
営業サポートとして細々とした裏方の仕事をするのは好きだし、コツコツと努力できることしか取り柄が無いから。
しかもそれが好きな人の役に立てるなんて、ついつい仕事をがんばってしまう。
「火曜日のプレゼンでは桜井に良いところを見せられるように頑張らないとな」
成瀬君は私に良いところしか見せたことがないと思うよ。
なんたって営業部での成績がトップのエースだもの。
私はサポート業務しかできないから、バリバリ営業のできる成瀬君は本当に凄いと思う。
「営業が上手くいくコツとかってあるの?」
んー、と少し上に目線を向けて考えている様子の成瀬君。
「相手が承諾せざるを得ない状況を作る事、かな」
おお、凄い。私にとっては言うは易く行うは難しだけど、成瀬君ならできそう。
あ、と成瀬君が何かに気付いたような表情をした。
「そういえば、桜井って確か電車通勤だったよな」
「そうだよ」
会社から離れれば離れるほど、家賃が安いしね。
電車の定期代は職場から出るし。
「この時間に電車って、まだあるのか?」
へ……?
バッと時計を見た。
「終電、終わってる……」
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