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24 その手を離して

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 愛を乞うとはこういうことなんだろうか。
 真摯という言葉を瞳に込めて私を見つめ続ける先生に逃げ場のない椅子の上から動けずにいる。触れられているのは右の手、先生の両手にしっかりと包まれて抜き取ることは不可能で重ねられた手にじっとりと汗を感じる。それは動く芸術作品である先生から出てきたものには不似合いでやっぱり平凡な町娘である私から出たものなんだろう。

 って恥ずかしすぎる。静謐な森の香りの漂う先生の隣で冷や汗だくだくの町娘、絵面がひどい・・・

「エミー」

「ひゃい!」

 舌噛んだ・・・

「そんな困った顔をしないでください。私はどこかの誰かさんと違って貴方を獣のように襲おうとは思っていませんよ」

 ふっと私から身を離し部屋の隅を見た先生は私が今まで見たことがないくらい冷たい顔をしていた。

「ほぅ、淑女を逃げ出せないように二人きりで閉じ込めている変態教師の言葉とは思えないな」

 先生の視線を追うといつの間にか部屋の中には見覚えのある背の高い男性が立っていた。

「私にそのようなゲスの勘ぐりをするということはやはりエミーに不埒な行為をしたのは貴方ということでよろしいか?カイル・シュッツェンベアグ公爵?」

 美しい氷の彫像もかくやという冷気を放ちながら先生はカイルさんをねめつける。その声の冷たさに私ももらい冷気で凍りつきそうですが、今公爵っって言った?

 公爵??シュッツェンべアグ公爵??この国の四大公って言われるシュッツェンべアグ家??確かに庭めっちゃ広かったけど。公爵ってめちゃくちゃ高位貴族!!それがカイルさん?いやいやいや、カイル様?

 その公爵様の下になり上になり名前を呼んでふしだらなお願いを一晩中したのかと思うとこのまま消えたい。昨日から今朝までの出来事を思い出して頭に血がのぼる。ちょっと、まって、不敬罪って最高刑はなんだったっけ?私は平民で、お貴族様が望んだから手折られた花というのなら昨日のあれやこれやも不敬にはならない?うん、きっと。多分、大丈夫・・・だよね?

 先生の冷気を含む視線にも気分を害した様子もなく堂々としたその姿に、公爵という立場が大恐慌の私の頭の中ですとんとはまった。

「そんな無粋な呼び名はやめてくれ。愛しいエミーの前ではただの恋する男カイルなのだから」

 私の視線に気づいたのか公爵様が甘い笑顔を向けてくる。

「公爵、さま」

「エミー、私は君のカイルだ。公爵というのは家に与えられた立場に過ぎないよ。単なる家業の屋号のようなものだ。街のパン屋と変わらない。職業に貴賎はないさ」

 んなわけねーだろ!!と平民がダダ怒りしそうなとんでも理論を振りかざしてカイル様はさらに私に手を伸ばす。

「迎えに来たよ。エミー、昨日のように名前を呼んでくれ」

 その視線の甘さに思わず手を伸ばし返した、けど、いやいやいやいや、ない!無いから!!

「無理です。公爵様」

 慌てて手をひっこめブンブンと首を横にふる。だめ、不敬罪、絶対!下手したら私の家族まとめて厳罰でしょう?恐ろしすぎる。

「ということですのでお引取りください。公爵様」

 先生も視界を遮るようにカイルさんと私の間に立ち絶対零度の声で告げる。

「貴方のお立場を考えればエミーのように二心のない女性を得ることは難しいでしょうが、若い女性を騙すのは大人の男としてどうなんでしょう?潔く引くべきでは?身分違いの恋物語は今この国では吟遊詩人たちも歌い飽きていますよ」

「教師という立場で生徒に手を出すというのは最低の行為だと分かっていないのか。種族が違うと常識が違うのは分かっているが、就業規則ぐらいは周知しておくべきだと思うがな。せ、ん、せ、い?」

「わが一族を貶めるような発言はよく考えてからなさることですよ。不幸な国の一大事が浅慮な公爵の発言から起こるのはお望みではないでしょう。私は食客としてこの国に滞在しているのです。教鞭をとっているのはあくまで私の好意からのもの。お望みとあれば今日にでも学園をさり彼女の側にありましょう。ほら、私の方の問題は綺麗サッパリ消え去りますが、公爵様のお立場ではそういうわけにもいかないでしょう」

「私の全力をもって貴殿をこの国から叩き出すこともやぶさかではないのですよ。お言葉に気をつけるべきなのはせ、ん、せ、い、の方では?」

 慇懃無礼な二人のやり取りに、なんだろう、炎を背負った大鷲と冷気をまとう白鳥がド迫力で険悪なにらみ合いをしている空目をしてしまった。このお二方が欲しがっているのが私というのがおかしい。なんだ?ヒロインちゃんが第二王子ルートに入ったことで攻略対象だった先生におかしな強制力でもはたらいているのかな?

「どうして?」

 あ、思わず出たその声に二人が私をみる。

「いや、その、なんで私なのかなって・・・」

 カイル様に向けていた冷気が嘘みたいに優しく微笑んだ先生が私の右手をとる。

「貴方とすごした3年間をこの無粋な公爵様に聞かせるのももったいないのですが話の続きをしましょうか?お望みならばこの無粋な公爵のいない場所で二人きりで」

 ちろりと赤い舌が覗いて私の指先をなめた。

 ひっやぁん!!

 私の反応を伺う先生の瞳が肉食獣の気配をたたえる。

 真っ赤になった私の空いている左手をカイル様がとって頬ずりしながら優しく口づけをおとす。

「私との昨夜の話の続きのほうが先約なのだよ。せ、ん、せ、い」

 先生を見ながらこれみよがしに口づけを続けるカイル様。

「エミーが嫌がっているのが分からないとは、立場が認識を歪めるということの好例ですね」

 先生もカイル様をみながら右手に口づけをはじめる。
 椅子から立ち上がることも出来ず両手を愛撫され訳がわからない。

 恥ずかしいし混乱しているのに二人の熱が私を段々と染め上げていく。唇の触れた肌が体の奥の熱の導火線へとつながる。

「ん、ぁん」

 思わずはいた吐息が思ったよりいやらしく響いて驚いてしまう。

『エミー』

 二人の声が同時に熱を帯びてしまった。

 失敗に気づいて椅子の上で小さくなっても両手を取られた私に逃げ場はないのだった。








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