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32 夕暮れ時の色

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 トロトロのキスで始まった朝だったけれど、休み時間の度に光の女神役のことでクラスメイトやほとんど知らない人にまで質問攻めにされて一日が終わった。

 分かるけど、地味平凡平民が年に一度のお祭の主役に大抜擢だなんて納得がいかないのは分かるけども。質問しつつも裏があるんじゃないかと探りをいれられたり、嫌味を言われてほんっとに疲れた。

 なんだかアストリアも私によそよそしくて今日はあれからほとんど話さなかったし。ふぅ。

 まぁ明後日の卒園式でほぼ縁の無くなる人たちばかりだったから反感を買われたとしてもあと僅か。将来の職場で会わないことを願おう。あ、就職のことちゃんと先生に相談しよう。退寮手続きもあるしなぁ。

 そう思って事務室に向かおうとした私の前に立ちはだかる赤い頭。

「エミー」

「クライン様」

 朝と変わらず硬い表情のヴィンセントだった。

「ちょっと話がしたい。時間はあるか」

「ええ。少しなら」

「ついてこい」

 本当は断りたかったけど、ひょっとしたら仕事の話が出来るのではって思ってついていくことにした。

 静かに私の前を歩くヴィンセントの背中は意外に広くて、本当なら魔力さも大きい。この前彼に勝てたのは本当にラッキーだったなと思った。初めて彼と出会った入学してすぐの頃は私と変わらないくらい小柄だったはずなんだけど、頭一つ分は余裕で伸びた背丈とガッシリとした体格に男女差を感じる。

「ここならいいか」

 そう言って歩みを止めるとヴィンセントが振り返った。相変わらずの硬い表情に鋭い眼差し。

 夕暮れ時の人気のない校舎裏という場所に面食らう。何?私リンチにでも会うのかな?

「これをお前にやる」

 そう言ってヴィンセントは握りこぶしを私の目の前に突き出した。その動きにびっくりして一歩下がってしまった。

「ん!」

 早く取れと言わんばかりの様子にしょうがなく手のひらを差し出す。カチャリと小さな音がして鈍色の鎖に繋がれた丸い金属が渡された。丸い部分を手のひらで転がすと中で何かがゴロリと動く。

「我が家の特製魔道具だ。私が作った。これを身につけて防御魔法を展開すると魔力消費を抑えるし防御率を上げる」

「え?」

 結構な効果の小型魔道具はぱっと見は鈴のキーホルダーに見えるほどで、そんな大層な術が仕込まれているようには見えなかった。

「光の女神役やるんだろう?」

「はい」

「危険な目にあわないとも限らないからな、お守り代わりだ」

「ありがとうございます?」

 なぜに光の女神役が危険な目に合わなければならないのかはよくわからないが、どうやら好意でくれるならもらっておこうかな。

 ん?実は悪意から?この魔道具の効果が本当にヴィンセントの言うとおりのものだって誰が分かるの?

「お前なんか失礼なこと考えただろ!」

 え?なんでわかるの?

「3年間見ていたんだ。それくらい分かる」

 ヴィンセントは私の顔から視線をそらして呟いた。

「本当は私がそばで守ってやりたかったが、そういうわけにもいかないようだからな」

 へ?

 何をいわれたのか一瞬頭が理解を拒絶した。今の言葉って?

「それってどういう・・・」

 ヴィンセントを見つめると一歩近づいた彼に、魔道具を持つ右手を両手で包まれた。硬い表情は変わらないけれど鋭かった目はないでいた。その目は嵐の前の静かな空に広がる雲の色を思わせる。手を抜こうとしても熱い手で固く閉じ込められて動かせない。

「エミー頼むから無事でいてくれ」

 その声が切なく響いて一瞬気が取られ、近づいてくるヴィンセントを避けるのが遅れた。頬に軽くヴィンセントの唇が触れ、ゆっくりと離れていく。

「無事を願ってる」

 私の耳元でもう一度そう言うとヴィンセントは私に背を向けた。

 頬に残ったやさしい口づけの感触に動けなくなった私をヴィンセントの髪みたいな夕日が照らし始めていた。
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