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13 助けに来てくれたのは
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「おぉっと危ねぇなぁ」
カキンと金属同士がぶつかる高い音がして同時に僕の目の前に誰かが立った。ひゅっと空気をならす音とすこし離れた茂みが音を立てた。大きな背中を見上げながらどうやら白い魔法使いの手から飛んでいったナイフが落ちたらしいと理解した。
「魔法使いがこんなところで何してやがる?」
誰何の問いかけをしたのに次の瞬間には魔法使いがカエルのような声をあげドサリと重たい物が地に落ちた音がした。
(答え、聞く気がないよね)
さらに魔法使いを足蹴にしてその人は僕に振り向いた。
「よ!助けにきたぜ。愛し子様」
にぱっと大きな口を開けて豪快に笑う赤髪のその人のことは良く知っているはずなのに……
「ダン……さん?」
「なんで不思議そうなんだ?」
「すごく元気そう?なんか違う……よね?」
(最後に会ったときよりエネルギーに満ち溢れてるっていうか。若返ってる?)
「やっぱり気づくか?俺は今絶好調でな。愛し子様のお陰ってやつだ」
素早く僕を縛っていた紐を切りほどいて自由にしてくれたダンさんは地面に転がっていた僕を持ち上げるようにして立たせてくれた。
「お前らそっちはまかせたぞ」
ダンさんが声をかけた先には他の魔法使いを相手に捕り物をしている冒険者たちの姿があった。
「あーあーこんなになっちまって」
そう言って僕の血の出ている手首を痛ましげに見つめるダンさん。
「おそくなってごめんなぁ」
そっと優しく頬を撫でられて謝ってくれるけどぜんぜんダンさんのせいじゃない。
それよりそんな風に触られると急に気が緩んでなんか泣きそうになっちゃうからやめて欲しい。
だから熱くなってくる目元をごまかすように僕は元気一杯に返した。
「ううん。助けてくれてありがとう。来てくれて嬉しいよ。生きてるんだから悲しい顔はしないで。こんなのぜんぜん痛くないよ!ね、お礼しなくちゃね。ダンさん命の恩人だもん。何でも言って」
「何でも……いや、でも、あいつらがな」
「え?」
「いやいやせっかくだしな。じゃ、ま、礼はこっちでな」
おどけたようにダンさんが右手の人差し指で頬を示す。
すこし傾げてくれたその頬に届くように僕はつま先立ちで唇が届くように背伸びした。
「?」
頬に触れるはずだった唇に当たったのは柔らかなダンさんの唇で。さらに素早く背中に回された手と頭の後ろに回された手で身動きがとれなくなった。
びっくりして軽く開けた口から柔らかくて熱い舌が入り込んでくる。
(ふぁっ!)
さらに耳を塞がれてダンさんと僕の舌が立てる水音しか聞こえなくなる。
(だめだめだめぇ。こ、腰が抜けちゃう)
ふらついた僕を抱え込むように身体全体で支えてくれるから慣れ親しんだダンさんの香りに包まれる。
舌使いに誘われてお腹の奥の方からだんだん熱くなってきちゃう。口中を舌で蹂躙され唾液をすすられる。ダンさんがぐいぐいと押し付けてくるお腹のとこの硬さに覚えがありすぎて僕の身体が欲しがりになってきちゃう。
くふんくふんと鼻を鳴らしながらキスに溺れていた僕は解放されるまで周りのことなんてすっかり忘れていた。
「足りなくなっちまうなぁ」
やっと長かったキスが終わっても欲望を宿した目で見下ろされて僕はほわほわした気分のままダンさんの胸に顔を押し付ける。そっと顎下をくすぐられて声がもれちゃう。
「んっ」
「とろけちまって。あーこのまま拐いてぇなぁ」
顎先をすくわれてもう一度キスが落とされる気配に目蓋を閉じる。
「いい加減にしろ!」
「え?」
大きな声にびっくりして目を開ければ突然の衝撃によろめく。そんな僕をつつむ匂いが一瞬で変わった。
「そういうなよ愛し子の甘露は俺たちみたいなのには本当に神の慈愛ってやつなんだからよ」
目の前でニヤリと笑って頭をかくダンさんの代わりに僕を後ろから抱き締めてきた人を振り向けばそこにあったのはよく知った顔で。
「フィル!大丈夫か?」
「サイラー様?」
(え、いたの?もしかしてめっちゃ見られてたの?)
気づけば捕り物も終わった様で周りを見ればにやにやと笑顔の冒険者さんたち。かっと頬が熱くなったのを感じる。
(めちゃめちゃギャラリーが!!)
教会ではお股ぱっかーんどころの騒ぎではないことをしてきた僕でもぜんぜん関係ない人にお日様の下で蕩けた顔を見られるのはさすがに恥ずかしい。うつむいてしまう僕を余所にサイラー様が怒鳴る。
「ダン、貴様!!」
「あー?ぼっちゃんがちんたらやってるからだろうが」
楽しそうに煽るダンさん。その様子に二人は僕の知らないところで仲良しになったんだと推察される。
(どこで?)
「お前たちがもめるならやはり愛し子は我が国で保護することが最善のようだな」
「「最善じゃない/ねぇ!!」」
否定したサイラー様とダンさんに不満げな様子を見せるのは色黒の男性。
「?」
急に現れた色黒の青年の顔に見覚えがありすぎて僕は戸惑った。
(この色黒さんあの少年のお供の人だよね?僕を我が国へ?ってどういうこと?)
「勝手なことを言うな!」
「俺はフィルが行きたいところに連れてってやるぜ」
「愛し子殿はどうしたい?」
そう問われるけど。
(どうしたいって……そんなのもちろん)
「僕はトラウム 王国に戻ります!アーノルト様をマリアの魅了から助けないと」
僕はきっぱりと答えた。
「魅了……なるほどな。だからか……ではこの魔法使いたちはどうする?」
そう問うサイラー様に間髪いれず答えたのは色黒さん。
「殺すか?まかせろ」
迷いなく言うと腰に差した剣を抜こうとするから慌てて止める。
(いや、色黒さん殺意たっか!!どうしたんですか?何かされたの?)
「殺すなんて!邪魔をしないのならそれでいいんです。僕はマリアのやってることを止めたいだけです」
不満げな色黒さんを宥めていれば横からも不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「フィルがマリアを止められるのか?アーノルトはおそらくマリアと一緒にいるぞ」
(あなたの親友を助けにいくって言ってるのになぜそんな顔を……)
「!!」
アーノルト様を心配するだけではない様子のサイラー様にそういえば僕告白されてたと気づいて一瞬気まずくなる。
(忘れてた!これってサイラー様に脈なしですって言ってるようなものか……でも)
まだ僕のことを抱き締めていたサイラー様の腕をそっとほどいて顔を見上げる。
「僕がされたこと、やってきたことを知ったら嫌われるかも知れないけど……このままアーノルト様がマリアに操られるなんて嫌なんです」
「そうか……俺が代わりにマリアをなんとかできればいいんだがあの女の魅了は私にも効いてたからな」
その顔には納得はしていないけどもと書いてある。
(僕は僕の決着をつけなくちゃどこにも進めないんだから)
「だからサイラー様とのお話はアーノルト様を助けた後でさせてください」
そう言うとサイラー様はゆっくりと頷いた。逃がさないとでも言いたげな瞳で見つめられて僕の背筋が伸びる。
(サイラー様とのことは嫌いじゃない。嫌いじゃないけどアーノルト様とのことをはっきりとさせたい。怖いけど。愛し子としての行動を隠したままアーノルト様と昔のようには戻れないし。そのためにはまずマリアだ!)
僕がこれからの決意を固めていたその時、弱々しい声がすすり泣きとともに耳に届いた。
「やめてよ」
声のした方を見れば地面に這いつくばったままの魔法使いが泣き出していた。
「僕は帰りたいんだ。それだけだよ。シナリオを変えたら帰れなくなるんだよ」
「やめて」「やめて」と地面に絹のような白い髪を散らしながらさらに泣き崩れる美人の姿は哀れを誘いつい絆されそうになる。
(だけど)
「ごめんなさい。あなたの言うシナリオがどういうものか良く分からないけど僕はきちんと僕の話を終わらせないといけないんです」
そう強く言いきったら白い魔法使いは目を見開いて僕をじっと見つめた。
「……わかった」
しばらくしてそう呟くと彼はもう僕を見ようとはしなかった。
(うらまれちゃうかな。でも)
もとの世界に帰れるかもしれない希望を打ち砕いた犯人として今後彼に恨まれるかもしれない。だからといってこの決断を変えるわけにはいかない。
「僕には僕の人生の舵をとる責任があるんです」
ごめんなさいの気持ちをこめて一礼し、彼に背をむけた。
★★★
トラウム国へ帰る僕とサイラー様はダンさん達の馬を借りて行く事になった。腐ってもこの世界の貴族の僕は馬に乗れるのでそこは本当に良かった。乗り合い馬車とかだと時間がかかりすぎてしまうからね。
(だけどなんでこの人まで)
僕の視線の先には同じように馬上で冒険者さんたちにお別れを言う色黒の彼。今朝早く宿で大慌てのサイラーさんがダンさんに助力を求めたのをを見かけてついてきたロイさんという彼。彼には彼の事情でトラウム王国を訪れなければならない理由があるらしい。しぶっていたサイラー様もロイさんが旅費を全部出すって行ったら同行を許可してた。愛し子様への喜捨をさせられ過ぎたんだって。僕のせいではないけど申し訳ない気持ちになるよね。僕はパジャマ一つで連れ出されたのでもちろんお金なんてコイン一枚だって持っていない。近くの店で身繕いする軍資金はロイさん持ちだ。
「じゃあお前ら、魔法使いは俺たちがこっちで止めておくから行ってこい」
そう言って笑うダンさんを馬上から見下ろす。ダンさんがサイラー様に力を貸してくれたから僕はこうしていられる。受けた恩を返せるかは微妙だし、返せるとしてもきっと先のことになってしまう。だけど僕にはどうしても気になることがあって。それを頼めるのはダンさんしかいなくて。
(後一つだけ助けて欲しいんだ)
人を頼るのが苦手な僕は断られるのが怖くて口がきゅっとなってしまう。だって助けてもらうのは犬猫じゃないんだから。でもお願いしないと絶対後悔するから僕は口を開いた。
「ダンさん、お願いがあるんですけど」
「子供たちだろ、心配すんなもう見つけてある」
「え?」
緊張しつつきりだしたのにダンさんの返答に気が抜けてしまう。
「フィルの話を聞いてからずっともっと早くみつけてやりたかったんだけどよ。時間がかかって悪かった。今は俺のつれの家で世話してる。元気にしてるから心配すんな。将来の夢は俺みたいな冒険者だとよ」
「ありがとうございます!あ、ごめんよ」
思わず大きな声になり馬がびくりと動く。どうどうと首をたたき落ち着かせる。
「生きてりゃまた会えるからな」
「はい!」
「フィル、いくぞ」
サイラー様は馬を進めはじめた。その後にロイさんも続く。彼らの馬の足音がかっぽかっぽから駆け足に変わっていく。僕の乗る馬も他の二頭に着いていきたそうな様子をみせる。
(おりこうさんだ)
「フィル、元気でな。もうほいほい悪いやつにつかまんじゃねーぞ」
「うん。ありがとう。いつかお礼にきます!」
「気にすんな。でもいつかまたな」
動き出した二人を追いかけるように僕もかるく馬の腹を蹴り馬を進める。数歩進んだ時に最後に言わなくちゃいけないことを思い出して僕はダンさんに振り返る。
「!!僕の代わりにあのジジイども殴っといて!」
「まかせとけ!」
拳を握って叫んだ僕にダンさんも笑って返してくれた。
愛し子としての日々を後ろに置いて僕はトラウム王国へと向かう。
(アーノルト様)
きゅっと手綱を握りしめて僕は二人を追いかけた。
カキンと金属同士がぶつかる高い音がして同時に僕の目の前に誰かが立った。ひゅっと空気をならす音とすこし離れた茂みが音を立てた。大きな背中を見上げながらどうやら白い魔法使いの手から飛んでいったナイフが落ちたらしいと理解した。
「魔法使いがこんなところで何してやがる?」
誰何の問いかけをしたのに次の瞬間には魔法使いがカエルのような声をあげドサリと重たい物が地に落ちた音がした。
(答え、聞く気がないよね)
さらに魔法使いを足蹴にしてその人は僕に振り向いた。
「よ!助けにきたぜ。愛し子様」
にぱっと大きな口を開けて豪快に笑う赤髪のその人のことは良く知っているはずなのに……
「ダン……さん?」
「なんで不思議そうなんだ?」
「すごく元気そう?なんか違う……よね?」
(最後に会ったときよりエネルギーに満ち溢れてるっていうか。若返ってる?)
「やっぱり気づくか?俺は今絶好調でな。愛し子様のお陰ってやつだ」
素早く僕を縛っていた紐を切りほどいて自由にしてくれたダンさんは地面に転がっていた僕を持ち上げるようにして立たせてくれた。
「お前らそっちはまかせたぞ」
ダンさんが声をかけた先には他の魔法使いを相手に捕り物をしている冒険者たちの姿があった。
「あーあーこんなになっちまって」
そう言って僕の血の出ている手首を痛ましげに見つめるダンさん。
「おそくなってごめんなぁ」
そっと優しく頬を撫でられて謝ってくれるけどぜんぜんダンさんのせいじゃない。
それよりそんな風に触られると急に気が緩んでなんか泣きそうになっちゃうからやめて欲しい。
だから熱くなってくる目元をごまかすように僕は元気一杯に返した。
「ううん。助けてくれてありがとう。来てくれて嬉しいよ。生きてるんだから悲しい顔はしないで。こんなのぜんぜん痛くないよ!ね、お礼しなくちゃね。ダンさん命の恩人だもん。何でも言って」
「何でも……いや、でも、あいつらがな」
「え?」
「いやいやせっかくだしな。じゃ、ま、礼はこっちでな」
おどけたようにダンさんが右手の人差し指で頬を示す。
すこし傾げてくれたその頬に届くように僕はつま先立ちで唇が届くように背伸びした。
「?」
頬に触れるはずだった唇に当たったのは柔らかなダンさんの唇で。さらに素早く背中に回された手と頭の後ろに回された手で身動きがとれなくなった。
びっくりして軽く開けた口から柔らかくて熱い舌が入り込んでくる。
(ふぁっ!)
さらに耳を塞がれてダンさんと僕の舌が立てる水音しか聞こえなくなる。
(だめだめだめぇ。こ、腰が抜けちゃう)
ふらついた僕を抱え込むように身体全体で支えてくれるから慣れ親しんだダンさんの香りに包まれる。
舌使いに誘われてお腹の奥の方からだんだん熱くなってきちゃう。口中を舌で蹂躙され唾液をすすられる。ダンさんがぐいぐいと押し付けてくるお腹のとこの硬さに覚えがありすぎて僕の身体が欲しがりになってきちゃう。
くふんくふんと鼻を鳴らしながらキスに溺れていた僕は解放されるまで周りのことなんてすっかり忘れていた。
「足りなくなっちまうなぁ」
やっと長かったキスが終わっても欲望を宿した目で見下ろされて僕はほわほわした気分のままダンさんの胸に顔を押し付ける。そっと顎下をくすぐられて声がもれちゃう。
「んっ」
「とろけちまって。あーこのまま拐いてぇなぁ」
顎先をすくわれてもう一度キスが落とされる気配に目蓋を閉じる。
「いい加減にしろ!」
「え?」
大きな声にびっくりして目を開ければ突然の衝撃によろめく。そんな僕をつつむ匂いが一瞬で変わった。
「そういうなよ愛し子の甘露は俺たちみたいなのには本当に神の慈愛ってやつなんだからよ」
目の前でニヤリと笑って頭をかくダンさんの代わりに僕を後ろから抱き締めてきた人を振り向けばそこにあったのはよく知った顔で。
「フィル!大丈夫か?」
「サイラー様?」
(え、いたの?もしかしてめっちゃ見られてたの?)
気づけば捕り物も終わった様で周りを見ればにやにやと笑顔の冒険者さんたち。かっと頬が熱くなったのを感じる。
(めちゃめちゃギャラリーが!!)
教会ではお股ぱっかーんどころの騒ぎではないことをしてきた僕でもぜんぜん関係ない人にお日様の下で蕩けた顔を見られるのはさすがに恥ずかしい。うつむいてしまう僕を余所にサイラー様が怒鳴る。
「ダン、貴様!!」
「あー?ぼっちゃんがちんたらやってるからだろうが」
楽しそうに煽るダンさん。その様子に二人は僕の知らないところで仲良しになったんだと推察される。
(どこで?)
「お前たちがもめるならやはり愛し子は我が国で保護することが最善のようだな」
「「最善じゃない/ねぇ!!」」
否定したサイラー様とダンさんに不満げな様子を見せるのは色黒の男性。
「?」
急に現れた色黒の青年の顔に見覚えがありすぎて僕は戸惑った。
(この色黒さんあの少年のお供の人だよね?僕を我が国へ?ってどういうこと?)
「勝手なことを言うな!」
「俺はフィルが行きたいところに連れてってやるぜ」
「愛し子殿はどうしたい?」
そう問われるけど。
(どうしたいって……そんなのもちろん)
「僕はトラウム 王国に戻ります!アーノルト様をマリアの魅了から助けないと」
僕はきっぱりと答えた。
「魅了……なるほどな。だからか……ではこの魔法使いたちはどうする?」
そう問うサイラー様に間髪いれず答えたのは色黒さん。
「殺すか?まかせろ」
迷いなく言うと腰に差した剣を抜こうとするから慌てて止める。
(いや、色黒さん殺意たっか!!どうしたんですか?何かされたの?)
「殺すなんて!邪魔をしないのならそれでいいんです。僕はマリアのやってることを止めたいだけです」
不満げな色黒さんを宥めていれば横からも不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「フィルがマリアを止められるのか?アーノルトはおそらくマリアと一緒にいるぞ」
(あなたの親友を助けにいくって言ってるのになぜそんな顔を……)
「!!」
アーノルト様を心配するだけではない様子のサイラー様にそういえば僕告白されてたと気づいて一瞬気まずくなる。
(忘れてた!これってサイラー様に脈なしですって言ってるようなものか……でも)
まだ僕のことを抱き締めていたサイラー様の腕をそっとほどいて顔を見上げる。
「僕がされたこと、やってきたことを知ったら嫌われるかも知れないけど……このままアーノルト様がマリアに操られるなんて嫌なんです」
「そうか……俺が代わりにマリアをなんとかできればいいんだがあの女の魅了は私にも効いてたからな」
その顔には納得はしていないけどもと書いてある。
(僕は僕の決着をつけなくちゃどこにも進めないんだから)
「だからサイラー様とのお話はアーノルト様を助けた後でさせてください」
そう言うとサイラー様はゆっくりと頷いた。逃がさないとでも言いたげな瞳で見つめられて僕の背筋が伸びる。
(サイラー様とのことは嫌いじゃない。嫌いじゃないけどアーノルト様とのことをはっきりとさせたい。怖いけど。愛し子としての行動を隠したままアーノルト様と昔のようには戻れないし。そのためにはまずマリアだ!)
僕がこれからの決意を固めていたその時、弱々しい声がすすり泣きとともに耳に届いた。
「やめてよ」
声のした方を見れば地面に這いつくばったままの魔法使いが泣き出していた。
「僕は帰りたいんだ。それだけだよ。シナリオを変えたら帰れなくなるんだよ」
「やめて」「やめて」と地面に絹のような白い髪を散らしながらさらに泣き崩れる美人の姿は哀れを誘いつい絆されそうになる。
(だけど)
「ごめんなさい。あなたの言うシナリオがどういうものか良く分からないけど僕はきちんと僕の話を終わらせないといけないんです」
そう強く言いきったら白い魔法使いは目を見開いて僕をじっと見つめた。
「……わかった」
しばらくしてそう呟くと彼はもう僕を見ようとはしなかった。
(うらまれちゃうかな。でも)
もとの世界に帰れるかもしれない希望を打ち砕いた犯人として今後彼に恨まれるかもしれない。だからといってこの決断を変えるわけにはいかない。
「僕には僕の人生の舵をとる責任があるんです」
ごめんなさいの気持ちをこめて一礼し、彼に背をむけた。
★★★
トラウム国へ帰る僕とサイラー様はダンさん達の馬を借りて行く事になった。腐ってもこの世界の貴族の僕は馬に乗れるのでそこは本当に良かった。乗り合い馬車とかだと時間がかかりすぎてしまうからね。
(だけどなんでこの人まで)
僕の視線の先には同じように馬上で冒険者さんたちにお別れを言う色黒の彼。今朝早く宿で大慌てのサイラーさんがダンさんに助力を求めたのをを見かけてついてきたロイさんという彼。彼には彼の事情でトラウム王国を訪れなければならない理由があるらしい。しぶっていたサイラー様もロイさんが旅費を全部出すって行ったら同行を許可してた。愛し子様への喜捨をさせられ過ぎたんだって。僕のせいではないけど申し訳ない気持ちになるよね。僕はパジャマ一つで連れ出されたのでもちろんお金なんてコイン一枚だって持っていない。近くの店で身繕いする軍資金はロイさん持ちだ。
「じゃあお前ら、魔法使いは俺たちがこっちで止めておくから行ってこい」
そう言って笑うダンさんを馬上から見下ろす。ダンさんがサイラー様に力を貸してくれたから僕はこうしていられる。受けた恩を返せるかは微妙だし、返せるとしてもきっと先のことになってしまう。だけど僕にはどうしても気になることがあって。それを頼めるのはダンさんしかいなくて。
(後一つだけ助けて欲しいんだ)
人を頼るのが苦手な僕は断られるのが怖くて口がきゅっとなってしまう。だって助けてもらうのは犬猫じゃないんだから。でもお願いしないと絶対後悔するから僕は口を開いた。
「ダンさん、お願いがあるんですけど」
「子供たちだろ、心配すんなもう見つけてある」
「え?」
緊張しつつきりだしたのにダンさんの返答に気が抜けてしまう。
「フィルの話を聞いてからずっともっと早くみつけてやりたかったんだけどよ。時間がかかって悪かった。今は俺のつれの家で世話してる。元気にしてるから心配すんな。将来の夢は俺みたいな冒険者だとよ」
「ありがとうございます!あ、ごめんよ」
思わず大きな声になり馬がびくりと動く。どうどうと首をたたき落ち着かせる。
「生きてりゃまた会えるからな」
「はい!」
「フィル、いくぞ」
サイラー様は馬を進めはじめた。その後にロイさんも続く。彼らの馬の足音がかっぽかっぽから駆け足に変わっていく。僕の乗る馬も他の二頭に着いていきたそうな様子をみせる。
(おりこうさんだ)
「フィル、元気でな。もうほいほい悪いやつにつかまんじゃねーぞ」
「うん。ありがとう。いつかお礼にきます!」
「気にすんな。でもいつかまたな」
動き出した二人を追いかけるように僕もかるく馬の腹を蹴り馬を進める。数歩進んだ時に最後に言わなくちゃいけないことを思い出して僕はダンさんに振り返る。
「!!僕の代わりにあのジジイども殴っといて!」
「まかせとけ!」
拳を握って叫んだ僕にダンさんも笑って返してくれた。
愛し子としての日々を後ろに置いて僕はトラウム王国へと向かう。
(アーノルト様)
きゅっと手綱を握りしめて僕は二人を追いかけた。
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