死に戻り能力家系の令嬢は愛し愛される為に死に戻ります。~公爵の止まらない溺愛と執着~

無月公主

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シーズン1

93.不穏な旅立ち

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ゼノの静かな部屋で、私は問いかけた。

「それで、どこかにユリを運んで魔力切れを起こしたのね?」

ゼノは弱々しいながらも真剣な表情で頷いた。

「はい。奥様、少々不味いことになっております。一度ご実家に帰られるというのは如何でしょうか?」

「どういうこと?」私は顔をしかめた。不穏な空気が言葉の裏に漂っている。

「主からは何も伝えるなと厳命されております。」

「何よそれ。帰るしかないじゃない。」

不満を押し隠しながらも、ゼノの言葉の重さを感じ取り、私は即座に同意した。その時、ルーが少し眉をひそめ、顎に手を当てながら口を開いた。

「ちょっと待って。シリルおじさんって今どこで何してるの?」

ゼノの表情がわずかに曇ったが、すぐに落ち着いた声で答えた。

「やはり、坊ちゃまはそのことが懸念でございますか。シリル様はレッドナイト公爵領で療養中でございます。どうかご安心ください。」

「これは、ただ事じゃないな…。」

ルーはさらに深く考え込んだ。まだ小さな彼が、まるで熟練した外交官のように問題の核心に迫ろうとしている姿は異様でさえあり、どこか滑稽にも映った。

――こんな時に申し訳ないけど、なんだか少しおかしい。ダメよ、ダメ。こんな緊張した場面で笑いそうになるなんて。

私は気を引き締め、ゼノの言葉に耳を傾けた。

「主は坊ちゃまに、奥様を託すとおっしゃっていました。」

その言葉に、ルーの目が決意の光を宿した。

「わかった。じゃあ、このまま母さんが妊娠したから里帰りするって名目でブルービショップ家に帰ろう。それでいい?母さん。」

私はルーの真剣な顔を見つめ、小さく頷いた。

「ええ。私も流石に何がなんだかわからないけど、それでいいわ。」

ルーが私の手を強く握りしめる。その小さな手から伝わる温かさに、思わず胸が熱くなった。私はゼノに視線を戻し、その顔をじっと見つめた。

「ゼノ、あなたは本当に大丈夫なの?」

ゼノは深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。そして穏やかな声で答えた。

「はい、奥様。ご心配には及びません。」

その言葉に少しだけ安堵しつつ、私は立ち上がり、ルーを抱き上げた。

「じゃあ、ゼノ、私たちはすぐに出発するわ。あなたも無理せず休んで。」

「かしこまりました。馬車は門前に手配しております。奥様、坊ちゃま、どうかご無事で。」

ゼノの礼儀正しい言葉に、私は小さく微笑んで応えた。

その時、ミレーヌが急に声を上げた。

「待ってください!私も一緒に行きます。」

彼女の真剣な申し出に驚いたが、ゼノが彼女の腕を掴み、首を左右に振った。

「ミレーヌ、ここに残りなさい。奥様たちが戻られるまで、私と共に屋敷を守るのがあなたの役目です。」

ミレーヌはゼノの真剣な視線を受け、口をつぐんで静かに頭を下げた。

医務室を後にし、玄関に向かうと、馬車がすでに待っていた。使用人たちが手早く荷物を積み込み、私とルーを馬車に案内してくれる。冷たい風が吹き付け、私の髪を揺らした。

「ありがとうございます。すぐに出発しましょう。」

使用人たちに礼を述べ、馬車に乗り込む。私が座ると、ルーがすぐに隣に座り、しっかりと私の手を握った。その小さな手から伝わるぬくもりが、私の胸を少しだけ軽くする。

馬車が静かに動き出し、レッドナイト公爵邸の門を抜けた。夜明け前の静けさの中、車輪の音が淡々と響き渡る。

「母さん、この馬車、多分襲われる。その前に俺の能力でブルービショップ家に飛ぶから、母さんは、自分の部屋から絶対に出ないで。俺が起きるまで。」

ルーの突然の言葉に、私は驚きと不安で声を失った。

「え?」

振り向いた彼の顔には、幼いながらも深い決意が刻まれていた。その真剣な眼差しに胸が締め付けられる。

「ルー…こんな小さい体で、こんなに頑張らせて…母さんが情けないわ。」

「母さん、大丈夫。俺が必ず守るから。」

ルーは微笑みを浮かべながらも、目の奥には緊張の色が見え隠れしている。それでも彼の声には確かな自信があった。

「ルー、でも…」

「信じて、母さん。」

彼の手を握り返しながら、その小さな体に頼らざるを得ない自分がもどかしい。

「わかったわ。あなたを信じる。」

私がそう言うと、ルーは満足そうに頷いた。そして、手のひらを広げながら、私をじっと見つめた。

「それと、向こうについても俺に魔力を分けようと思わないで。今、母さんは一人の体じゃないから、母さんだけの魔力がこっちに流れるとは限らない。」

その言葉にハッとさせられる。彼は私の体を案じて、私を守るために全力を尽くそうとしている。

「そういうことなのね…ルー、ありがとう。」

彼は静かに目を閉じ、深呼吸を始めた。その小さな体に大きな魔力が宿るのを感じる。私は彼の手をそっと握り返し、心の中で祈った。

空気がピリッと張り詰め、馬車の中の空間が歪むような感覚が走る。次の瞬間、視界がぐるりと変わり、私たちは自分の部屋の中に立っていた。足元には絨毯が広がり、周囲には見慣れた家具が並んでいる。

「すごいわ…一瞬にして。」

感嘆の声を上げたが、すぐに隣のルーが床に崩れるように倒れ込んだ。

「ルー!」

私は慌てて彼の元に駆け寄り、小さな体を抱き上げた。彼の顔は疲労で真っ青だったが、安らかな寝顔が少しだけ救いだった。

「ルー、ありがとう。本当にありがとう…。」

彼をベッドにそっと横たえ、その額にそっとキスをする。その瞬間、彼の幼さに改めて気付き、胸が締め付けられるような気持ちになる。

――何が起きているのか、全くわからない。でも、ルーの決意と行動に救われたのは確かだわ。

私は彼の小さな手に触れながら、彼が目を覚ますまでの時間、ただ静かに祈ることしかできない。


――待って…部屋の形が変わってるわ。

私はベッドに座ったまま、部屋の違和感に気づいた。壁紙や家具の配置は以前と変わらない。けれど、よく見ると、ドアが以前よりも増えている。2つも追加されているなんて、どうして今まで気づかなかったのだろう。

胸の奥に不安が湧き上がる。これは一体どういうことなのかしら?誰が、何のために?

勇気を振り絞って、私はそっと1つ目のドアに手をかけた。冷たい金属の感触が妙にリアルに感じられる。ドアをゆっくり押し開けると、目の前に現れたのは清潔感あふれる浴室とトイレだった。

「これは…浴室とトイレ?」

白いタイルが敷き詰められた床に、ピカピカの洗面台。そしてシャワーも完備されている。どう見ても新しい設備だ。前の部屋にはこんなものはなかったはず。

「どうしてこんなものが…」

私は手でそっと壁を触り、そのひんやりとした感触を確かめる。作られてから間もないことが伝わってくる。


疑念を抱きつつ、私は2つ目のドアに向かった。先ほどよりも慎重にドアノブを回し、ゆっくりと扉を開ける。

「…はい?」

そこに広がっていたのは、簡易キッチンと大量の保存食が整然と並べられたスペースだった。棚には新鮮な果物や飲み水の瓶が並び、乾燥食材や缶詰が整然と保管されている。まるでここで長期間過ごすことを想定しているようだった。

「私の…部屋…?」

呆然としたまま、私は保存食を手に取り確認した。賞味期限はまだ十分にあり、新鮮な状態が保たれている。飲み水のストックも完璧で、まるで誰かがここで安全に過ごせるように準備したかのようだ。

「これはユリの仕業ね。どう考えてもユリだわ。」

私は保存食を棚に戻しながら、これが誰の手によるものなのかを考えた。夫婦になって約3年と少し…、その間に彼の考え方や行動パターンはある程度理解している。こうした細かな準備と、閉じ込めるような構造は実にユリらしい。

「私をここに閉じ込めて、どうするつもりなのかしら。」

彼の意図を考えながら、私は再びキッチンと保存食を見回した。私を守るため?それとも何か別の計画が?

ユリが用意したであろうこの「安全な部屋」に、私の心は少しだけ安心したような、それでいて少しだけ重苦しいような、複雑な感情が渦巻いていた。
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