囚われの公爵と自由を求める花~マザコン公爵は改心して妻を溺愛する~

無月公主

文字の大きさ
41 / 56

41.愛しさに気付く瞬間

しおりを挟む
サクレティアは新聞を手に取り、ぱらぱらと目を通していた。すると、大見出しの下に小さく載った記事に思わず笑いが漏れてしまう。



【バレンティル公爵、愛妻の新発明に心奪われ、夜中に王を叩き起こして特許権を申請!】



それを読みながらサクレティアは《この前の…まったく、クレノったら……》と苦笑しつつも、胸に温かさを覚える。クレノースの行動にはいつも驚かされるが、その愛情は確かに本物だった。世間も次第にそれに気づき始め、クレノースにまつわる過去の疑いは噂話の中から消えていった。彼が売春を強要されていたなどという話は、今では誰も信じなくなり、むしろ「愛妻家の公爵」に世間は親しみを持ち始めていた。



サクレティアは今日も普段の執務に励んでいたが、近頃、体がどこか重いことに気づいていた。そして一番気になっていたのが、月のものが三ヶ月も訪れていないことだった。最初は過去の心労やストレスが原因だと考えて深く気にしなかったものの、流石に今回は気になる。何か他に原因があるのかと感じ始めたサクレティアは、念のため医師に診察してもらうことにした。



診察室に入ると、信頼する医師が穏やかな笑みで迎えてくれた。「サクレティア様、体調がすぐれないと聞きましたが、最近どのような症状をお感じになられますか?」



サクレティアは少し恥ずかしそうに、「そうね…月のものが少し遅れているだけかと思っていたんだけど、三ヶ月も来ないとなると、さすがに気になって……それに、最近、何だか疲れが抜けない気もして……」と不安げに答えた。



医師は頷き、慎重に診察を行った。少しの沈黙の後、優しい微笑みを浮かべながら医師が告げた。「サクレティア様、どうやらおめでたのようですね。現在、妊娠三ヶ月に入っておられるかと思います。」



サクレティアは驚いて目を見開き、「妊娠……? 本当に?」と思わず口にしてしまった。医師はにっこりと笑顔を見せながら続ける。



「えぇ、今回はかなり安定しているご様子ですから、前回のような誤診はございません。キース様の時は心労やお疲れが重なり、妊娠と勘違いして早期に気づかれましたが、今回はストレスもさほどなく、こうして妊娠三ヶ月に入ってからのご報告となったのかと。」



その説明を聞きながら、サクレティアは少し呆然としつつも、喜びが徐々に湧き上がってくるのを感じていた。キースを授かった時も幸せだったが、今度は少し異なる感覚が胸に宿っている。以前は、自分がここに存在するために精一杯の毎日だったが、今は愛する人と子どもを一緒に育むことに喜びを見出せる生活がある。サクレティアは再び、命を授かることの奇跡を噛みしめながら、医師に心からの感謝を伝えた。



「ありがとうございます……なんだか信じられませんが、本当に嬉しいわ。」



医師は微笑み、「これからもどうかご無理なさらず、お身体を大切に。公爵様にも早めにお伝えくださいませ。」



サクレティアは診察室を後にし、ゆっくりと自室へ戻る途中、思わず顔に微笑みが浮かんでいた。新しい命を授かることの喜びが、心の奥底から湧き上がってくる。大切な家族がまた一人増えるのだ。クレノースもきっと喜んでくれるだろう、と思うと、彼に一刻も早く伝えたい気持ちが強まっていた。



彼女が自室に入ると、クレノースはちょうどキースをお昼寝させ終えたばかりだったのか、静かにソファでくつろいでいる様子だった。彼の穏やかな表情に、サクレティアは胸が温かくなり、そっと微笑みかけながら近づいていった。



「クレノース、ちょっと聞いてほしいことがあるの」と、やや緊張しながら切り出すと、クレノースは微笑みながら「なんでしょうか、サクレティア様」と、優しく応えた。



「実は、私たちに新しい家族ができることになったのよ。」



その言葉にクレノースの瞳が一瞬驚きに見開かれ、すぐに表情が硬直する。彼は呆然とした様子でサクレティアを見つめ、信じられないといった表情のまま、徐々にその意味を理解し始めると、ゆっくりと涙が溢れ出し、彼の頬を伝い落ちた。気づけば両手で顔を覆い、静かに震えながら涙を流していた。



「クレノース…そんなに泣かないで」と、サクレティアは困惑しつつも、その反応が愛おしく、優しく彼の肩に手を置いた。



しかし、クレノースは顔を上げることなく、声を震わせながら泣き続けていた。「サクレティア様……僕は……僕はこんなに愛しているのに、あなたの体調や変化に全く気づけなかった……あんなにも崇拝しているのに、僕はなんて愚かなんだ……。」



サクレティアはその言葉に胸が締め付けられるような思いがした。クレノースがそこまで自分を責めるとは思わなかった。彼は、過去に囚われたままであったり、不安定な状態が続いたりしていた。だがそれでも、彼の愛情がどれほど深いかは、今の反応から十分に伝わってきていた。



「クレノース、そんなことは気にしないでいいのよ。あなたは、いつも私のそばにいてくれて、家族のために全力を尽くしてくれているじゃない」と、彼の背中を優しく撫でながら慰めるように言葉をかけた。



ようやく顔を上げたクレノースは、涙を拭いながら彼女を見つめた。そして、少し微笑んでから、震える声で「僕たちの……愛がこうして形になったんですね……サクレティア様、本当にありがとうございます」と、深い感謝の気持ちを込めて告げた。



その言葉を聞いたサクレティアは、なんだか胸がいっぱいになって、思わず自分も涙が出そうになるのを感じた。クレノースが本当に嬉しそうで、心の底から喜んでくれているのが伝わってきて、彼の表情を見ているだけで、自分まで幸せな気持ちがこみ上げてきた。





その時、ふと自分の中で何かが静かに弾けた気がした。



クレノースがあんなにも自分のために涙を流し、喜んでくれていることが、こんなにも自分を幸せな気持ちにさせるなんて、今まで想像もしていなかった。彼のまっすぐな瞳、喜びを隠しきれない微笑み、そのすべてが愛おしく見えて、心が熱くなるのを感じる。彼が愛してくれるその気持ちが、こんなにも自分にとって大きなものになっていたなんて──。



《あぁ……私、クレノースのこと……》



その思いは、どんなに隠そうとしても自分の中に留めておけなかった。だって、この瞬間、どんな言葉よりも確かな気持ちが自分の心を満たしていたから。クレノースの存在が、いつの間にか自分にとって大切なものになっていた。彼がいてくれることが、自分の幸せに繋がっていた。自分のそばにいてくれること、それがこんなにも自然で、こんなにも当たり前のことだと感じていたなんて。



どうしようもないほどの不器用さと、まっすぐな愛情を注いでくれるこの人を、私は──



《そう、私は、もうとっくに彼のことを愛している。》



サクレティアは、胸の中でそっとそうつぶやいた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

わがままな婚約者はお嫌いらしいので婚約解消を提案してあげたのに、反応が思っていたのと違うんですが

水谷繭
恋愛
公爵令嬢のリリアーヌは、婚約者のジェラール王子を追いかけてはいつも冷たくあしらわれていた。 王子の態度に落ち込んだリリアーヌが公園を散策していると、転んで頭を打ってしまう。 数日間寝込むはめになったリリアーヌ。眠っている間に前世の記憶が流れ込み、リリアーヌは今自分がいるのは前世で読んでいたWeb漫画の世界だったことに気づく。 記憶を思い出してみると冷静になり、あれだけ執着していた王子をどうしてそこまで好きだったのかわからなくなる。 リリアーヌは王子と婚約解消して、新しい人生を歩むことを決意するが…… ◆表紙はGirly Drop様からお借りしました ◇小説家になろうにも掲載しています

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

目覚めたら大好きなアニメの悪役令嬢でしたが、嫌われないようにしただけなのに全員から溺愛されています

月影みるく
恋愛
目を覚ましたら、大好きだったアニメの世界。 しかも私は、未来で断罪される運命の悪役令嬢になっていた。 破滅を回避するために決めたことはただ一つ―― 嫌われないように生きること。 原作知識を頼りに穏やかに過ごしていたはずなのに、 なぜか王族や騎士、同年代の男女から次々と好意を向けられ、 気づけば全員から溺愛される状況に……? 世界に一人しかいない光属性を持つ悪役令嬢が、 無自覚のまま運命と恋を変えていく、 溺愛必至の異世界転生ラブファンタジー。

乙女ゲームのモブに転生していると断罪イベント当日に自覚した者ですが、ようやく再会できた初恋の男の子が悪役令嬢に攻略され済みなんてあんまりだ

弥生 真由
恋愛
『貴女との婚約は今夜を持って破棄させて貰おう!』  学園卒業祝いの夜会の場に、凛と響いた王太子殿下の一声。  その瞬間、私は全てを思い出した。  私が前世ではただの手芸とゲームが好きなインドア派女子大生だったこと。そして、ゲーム世界に転生して尚も趣味は変わらず、ライバルキャラですらないモブになってしまっていたことを。  幼い頃に一度出会ったきりの初恋の彼と学園で再会出来たらなぁ、なんて淡い期待を抱いて通っていたのに、道理で卒業式までなんにも起きなかったわけだ。  ーーなんて、ひとり納得していたら。  何故だが私が悪役令嬢の断罪イベントの目撃者として名指しされ、一気に渦中の人物に!?  更に、王太子以外の男性陣は皆様悪役令嬢に骨抜き。なので自然と私には、彼女の潔白に繋がる証言が求められる。  しかしながら、私は肝心の事件の日の記憶が訳あって曖昧だったので、致し方なく記憶を呼び覚ます治療を受けさせられる羽目に。  タイムリミットは1年間。  その1年間の私への護衛につけられたのは、悪役令嬢に心奪われた初恋の彼でした。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

処理中です...