囚われの公爵と自由を求める花~マザコン公爵は改心して妻を溺愛する~

無月公主

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44.運命に抗う知識

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クレノースが、ある日突然真剣な表情で言い出した。



「これからは公爵家の執務をきちんと僕がやります。今まで、ずっとサクレティア様に甘えてばかりでしたが、それではいけません。僕が公爵である以上、自分の手で公爵領を支える責任があります」



サクレティアは、彼のその決意に驚きつつも、ほんの少し苦笑していた。確かにクレノースが執務をしっかりとこなしてくれるのは喜ばしいことだが、彼女もまた、この仕事にやりがいを感じ、楽しんでいたのだ。だが、それを率直に言ってもクレノースのやる気に水を差してしまうだけかもしれない。サクレティアは少しの間考え込んだ。



すると、ふと思いついた提案が頭に浮かんだ。



「クレノ、もちろんあなたが公爵として執務に熱心になるのは素晴らしいことだわ。でも……」彼女は少し肩をすくめ、微笑みながら続けた。「私もこの公爵領を管理するのが結構好きなのよね。だから、もしよかったら、一緒にやるというのはどうかしら?」



クレノースの瞳が一瞬きらりと輝き、彼女の顔をまじまじと見つめた。



「一緒に、ですか……?」彼はまるで信じられないような表情で問い返す。



「そうよ、一緒に。ほら、こうして私たちが協力してやると、効率も上がるし、責任も軽くなるでしょう?」サクレティアは彼に寄り添うようにしながら言葉を続ける。「クレノースが力を尽くしてくれるのは心強いけれど、二人で協力し合えばさらに良いものが作り上げられると思うの」



その言葉に、クレノースは一瞬はっとし、そしてふっと微笑みがこぼれた。彼はサクレティアの手をそっと握りしめ、「そんなふうに考えてくださるなんて……本当に、僕には勿体ないお方です」と感慨深く呟いた。



「勿体ないなんてこと、ないわよ。むしろ私は、あなたと一緒に仕事ができるのが楽しみだもの」と、サクレティアはさらりと答えた。



すると、クレノースの顔がぱっと明るくなり、まるで子供のように嬉しそうに見えた。「ありがとうございます!サクレティア様と共に執務をこなせるなんて……こんなに嬉しいことはありません!」



その純粋な喜びの表情に、サクレティアも思わず微笑んだ。まるで公爵領の未来が二人の手で輝きを増していくような気がして、彼女の胸にもわくわくとした感覚が湧き上がったのだ。



「それじゃあ、早速、二人で手分けして今日の執務に取りかかりましょうか?」と提案すると、クレノースははっきりと頷き、「もちろんです、サクレティア様!これからもどうぞ、よろしくお願いいたします」と、意気揚々と答えるのだった。



そして、夕方になり、サクレティアは、最後の書き写し作業を指差しながら、穏やかに微笑んだ。



「じゃあ、後は簡単な書き写しだけだし、あとはお願いね。私は夕食まで少し休んでくるわ。」



その言葉にクレノースはまるで少年のように目を輝かせ、嬉しそうに頷いた。「もちろんです、サクレティア様!お任せください。全力でこなします!」サクレティアに信頼して任されていることが、彼にとってはこの上なく誇らしいことだった。



彼女は軽く手を振って執務室を出ると、侍女を伴い、4階のクリスの部屋へと向かった。最近は忙しく、なかなか足を運べていなかったため、気になっていたのだ。見張りを立たせ、部屋に入ると、ベビーベッドの中には小さな白い髪と肌のクリスが、穏やかな表情で眠っていた。彼はキースと同い年で、すでに一歳半。愛らしい姿で寝息を立てているその姿に、サクレティアの心は温かくなった。



彼女はそっとクリスを抱き上げ、優しく揺らしながら「最近、遊びに来てあげられなくてごめんなさいね」と囁き、頬を撫でた。その動きに目を覚ましたクリスは、大きな赤い瞳でじっと彼女を見つめ、にっこりと微笑んだ。



「かわいい子ね……本当に、あなたがここにいてくれて嬉しいわ」と優しく話しかけるサクレティアの様子を見て、侍女たちも微笑みを浮かべた。



その後、クリスの世話を担当する優秀な乳母を呼び、最近の様子を尋ねた。



「クリスに、他に気になるところはない?以前から遺伝子の疾患が心配だけれど、病状が出ていたりはしないかしら?」



乳母は少し考え込むようにしてから、丁寧に報告した。「はい、奥様。幸いなことに、大きな疾患の兆候は見られておりません。ですが、アルビノ特有の肌と目の繊細さには特に注意を払っております。光に弱いこともありますので、普段から薄暗い部屋で過ごさせ、屋外へ出る際には、保護の手をかけております」



サクレティアはその説明に頷き、クリスの小さな手を取りながら「ありがとう、乳母さん。しっかり管理してくれているのね。どうか、引き続き彼をよく見守ってあげて」と感謝の言葉を述べた。



乳母は穏やかに微笑んで「もちろんです、奥様。クリス様はとてもお利口で、いつも落ち着いておられますよ」と答えた。サクレティアは安心し、ふたたびクリスをそっと抱きしめて「これからもずっと幸せに過ごしていきましょうね」と愛おしそうに囁いたのだった。



サクレティアはクリスの柔らかな髪を撫でながら、ふと胸の中でマリアベルに感謝する気持ちが湧き上がった。生前、マリアベルが自らの出産を経て、アルビノについての知識と対策を残してくれていなければ、今こうしてクリスの健康を保つのは難しかったかもしれない。



アルビノに関しての知識は、舞台が中世のようなこの世界ではほとんど知られていなかった。白い髪や赤い瞳、そして肌が日光に弱いという特徴は、人々にとって未知のもので、むしろ神秘や呪いと結び付けられてしまうことが多かった。この時代の人々にとって、アルビノを抱えた子どもは家族からも疎まれるか、何らかの不吉な存在とされることが少なくなかったのだ。



しかし、マリアベルはそのような無知や偏見に立ち向かい、自ら出産した直後からアルビノに関する医学的な知識を積極的に収集し、実体験に基づく観察と考察を記した論文を発表してくれた。彼女が果敢に医学会へ論文を提出したことで、アルビノに対する偏見が少しずつ和らぎ、対処法の基本が広く伝えられることになった。



サクレティアが今こうして、クリスの健康を守りつつ彼の将来に希望を見出せているのも、マリアベルが命をかけて切り拓いた道のおかげだった。彼女は、クリスのようなアルビノの子供が安心して育つための基盤を作ってくれたのだ。具体的な対策として、薄暗い部屋での生活、日光への対応、特定の医薬品の使用法など、マリアベルの論文には当時としては画期的な知識が記されており、それが周囲の医師たちにも受け入れられていた。



サクレティアは、マリアベルがこの知識を残してくれたからこそ、クリスに愛情を注げていることに感謝を感じつつも、胸の内に複雑な思いが渦巻いていた。あのマリアベルは、クレノースや彼の父親を容赦なく苦しめ、壊した張本人だ。そんな人に感謝の気持ちを抱くことが許されるのかと、心のどこかで自問してしまう。



それでも、クリスは無垢な存在で何の罪もない。深く考えず、必要な知識を「あるもの」として利用しなければ、クリスの未来を守れないのだと、サクレティアは気持ちを切り替えようと努めた。
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