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47.返り血に染まる
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彼は眉ひとつ動かさずに「遅い」と低く呟くと、馬車の窓際に待機していた女騎士の首根っこを一瞬で掴み、馬車の中に引き入れた。そして、彼女をサクレティアのそばに座らせると、冷静にこう告げる。「サクレティア様を見ていろ。もし万が一、サクレティア様に何かあれば、国を潰す。」
サクレティアはその言葉に、内心で呆然としながら《あ…お前を殺すとかじゃなくて国を潰しちゃうんだ…》と、クレノースのスケールの大きさに改めて感心せざるを得なかった。
そして彼の冷静さと余裕に、サクレティアは不安を感じる暇さえなかった。この危険な状況にも関わらず、心の奥底でしっかりとした安心感が広がっていたのだ。
クレノースは、馬車の扉を閉める際にも一切の隙を見せず、丁寧かつ静かに「トンッ」と極最小の音を立てて降り立った。周囲の暗殺者たちは密集し、鋭い視線を彼に向けていたが、クレノースは冷静な顔を崩すことなく、その中をゆっくりと歩み始めた。
サクレティアが馬車の中で息を潜め、様子を伺っていると、外から鈍い音が続いて響き始める。そしてそれは、彼が本気で戦闘を始めた証だった。どんな攻撃もことごとくかわし、次々に暗殺者たちを無力化していく様子が音だけでも伝わってきた。
そして、わずか3分も経たないうちに、外は静寂に包まれた。
サクレティアがほっとしたのも束の間、馬車の扉が再び開き、クレノースが姿を現した。彼の服や顔は返り血で真っ赤に染まり、まるで違う装いに見えるほどだった。しかし、クレノースは満面の笑みを浮かべ、まるで喜びに満ちた声でこう言った。
「サクレティア様!このまま僕が御者を務めますね!」その明るい声に、サクレティアは思わず半笑いになりつつも、《この人、本当に無敵すぎる…》と内心で感嘆せざるを得なかった。
そのままクレノースは、冷静さを保ったまま女騎士の方に鋭い視線を向け、キリッとした厳しい口調で命じる。「何かあれば、すぐに知らせろ。」
その指示に女騎士は息を飲み、真剣な表情で深々と頷いた。
クレノースはサクレティアが乗る馬車をしっかりと守り、護衛としての役割を完璧に全うする準備を整えながら、そのまま御者台へと上がっていった。
サクレティアは、目の前で馬車を守ってくれている公爵家の騎士たちを、改めてまじまじと眺めた。実は、こうして公爵家の騎士をしっかりと目にするのは初めてだった。廊下を守る騎士も、いつもこちらが見る前にさっと身を隠してしまうため、彼らの制服も、遠目でしか確認できたことがない。
「青色のベースに、金の刺繍か…」サクレティアはひそかに心の中でつぶやいた。どこか気品がある上品なデザインだが、同時に戦場に立つ者としての精悍さも感じさせる。そして、目の前の女騎士の姿勢も、凛として非常に良い。まるで男性の騎士のように堂々としていて、頼もしい存在感を放っている。
「ねぇ、あの、失礼だけど…お名前は?」サクレティアが訊ねると、女騎士は背筋をさらに伸ばしながら、礼儀正しく答えた。
「ベルティ・コートリルと申します、奥様。」
「コートリル?もしかして、侯爵家のコートリル?」サクレティアは驚いて目を見張った。まさか公爵家に仕えている騎士に侯爵家の者がいるなんて、思いもよらなかったのだ。
「はい、ですがほとんど縁はありません。私は先代のコートリル侯爵家の三男の娘にあたり、幼い頃から遠くの山奥の村で育てられました。」ベルティは控えめに語りながらも、その言葉からはどこか覚悟を持ってこの場にいることが伝わってくる。
「そうだったのね…」サクレティアは彼女の生い立ちに思いを巡らせつつ、さらに興味が湧いてきた。改めてクレノースが仕える者をどうやって選んでいるのか、気になって仕方がなかった。以前に尋ねてみたものの、クレノースはその部分だけはどうしても教えてくれなかったのだ。
「ところで、バレンティル家の騎士ってどうやって選ばれているの?」サクレティアがその質問を口にすると、ベルティは少しだけ口元を引き締め、表情を改めて厳かにした。
「ええ、奥様。まず、バレンティル家の騎士になりたい者は、厳しい試練を一年間、耐え抜かなければなりません。その訓練は、身体的なものだけでなく、心の鍛錬も含まれていて…」ベルティは少し話を区切って、遠い目をしながら続けた。「まず、毒の耐性を付けるため、さまざまな毒素を体に摂取する訓練があります。」
「毒を?」サクレティアは少し目を丸くし、驚きのあまり聞き返した。
「はい、奥様。それに、睡眠を取らずに行う訓練もあります。眠らずに48時間、武具を身にまとって、あらゆる状況に対応する訓練をします。それをクリアしても、さらに厳しい体力と忍耐力の訓練が待っています。」ベルティの語る訓練内容には、サクレティアの想像をはるかに超える苛酷さが滲んでいた。
「本当に地獄のような訓練なのね…」とサクレティアが呟くと、ベルティは小さくうなずきながらも、毅然とした声で続けた。
「ですが、バレンティル家の騎士として採用されれば、給料は王宮の騎士よりもはるかに高く、生活の安定も保障されます。だからこそ、どんなに厳しくても文句を言う者は少ないです。そして、奥様が統治に加わってくださってからは、領内が以前にも増して平和になりました。今回のような失態がなければ、本当に何の不満もない状況です…」ベルティは歯を食いしばるようにしながら、少し悔しげに目を伏せた。
その言葉にサクレティアは《失態も何も、普通はこんなに大人数の暗殺者を3分で倒せるわけないんだけどな…》と心の中で突っ込みを入れたが、ベルティの誇り高い様子に、それを口に出すことは控えた。
しばらくしてようやく公爵家へ到着した。サクレティアは少し疲れていたが、女騎士のベルティの手を借りながら馬車から降りると、すぐに玄関に目をやった。そこには、返り血を浴びて立っているバルドの姿があった。
「申し訳ございません。このような姿で……処理が間に合わず、失礼いたします。」バルドが顔を伏せて謝罪すると、クレノースは静かに首を横に振りながら答えた。
「かまわん。道中でも敵の数が多すぎて驚いたほどだ。それより、すぐに風呂を頼む。」そう言って、クレノースが弓を担いでいることに気付いたサクレティアは、《あら、クレノって弓も扱えるんだ…》と少し驚きを感じた。彼は戦闘慣れしているとはいえ、改めてその器用さに感心してしまう。
一方、騎士の一人が少し離れたところで肩を落としているのが見えた。「あの……あの弓、俺のだったんだが、返してくれるかなぁ……」とぼそぼそと独りごちながら、トボトボと帰っていくその後ろ姿がどこか哀愁を漂わせていて、サクレティアは少し笑ってしまいそうになる。
「サクレティア様、先にお部屋へどうぞ。僕もすぐに参りますので。」クレノースがそう声をかけてきた。クレノースは、服や肌に血がついているので、サクレティアと距離をとる。
「ええ、でも……ゆっくりお風呂に入ってきてね。」サクレティアが微笑みながらそう言うと、クレノースは一瞬、不思議そうな表情を浮かべた。
《え?僕にそんなことを?》といった具合に頭の中がハテナでいっぱいになっているように見えたが、彼は言葉を交わすことなく執務室の方へと向かっていった。
サクレティアはその場で周囲を確認すると、こっそりと近くにいた使用人たちを呼び寄せた。「みんな、聞いてちょうだい。これからクレノにくまなくマッサージをしてあげて。すごく疲れているはずだから、念入りにね。」
使用人たちは目を輝かせ、「かしこまりました!」と大きく頷いた。だがサクレティアは手を軽く振りながら、さらに言い足した。
「もしクレノが拒んだら、『これはサクレティア様のご命令です』と言ってね。彼も黙って受け入れると思うわ。」
使用人たちは、さすが公爵家の旦那様への細やかな気配りを忘れないサクレティアの頼みに、ますます意欲を燃やし始める。
その後、彼女は自身の部屋へと向かいながら《まぁ、これで少しはほぐれるわよね》と思いながら、さりげないサプライズが成功することを願っていた。
サクレティアはその言葉に、内心で呆然としながら《あ…お前を殺すとかじゃなくて国を潰しちゃうんだ…》と、クレノースのスケールの大きさに改めて感心せざるを得なかった。
そして彼の冷静さと余裕に、サクレティアは不安を感じる暇さえなかった。この危険な状況にも関わらず、心の奥底でしっかりとした安心感が広がっていたのだ。
クレノースは、馬車の扉を閉める際にも一切の隙を見せず、丁寧かつ静かに「トンッ」と極最小の音を立てて降り立った。周囲の暗殺者たちは密集し、鋭い視線を彼に向けていたが、クレノースは冷静な顔を崩すことなく、その中をゆっくりと歩み始めた。
サクレティアが馬車の中で息を潜め、様子を伺っていると、外から鈍い音が続いて響き始める。そしてそれは、彼が本気で戦闘を始めた証だった。どんな攻撃もことごとくかわし、次々に暗殺者たちを無力化していく様子が音だけでも伝わってきた。
そして、わずか3分も経たないうちに、外は静寂に包まれた。
サクレティアがほっとしたのも束の間、馬車の扉が再び開き、クレノースが姿を現した。彼の服や顔は返り血で真っ赤に染まり、まるで違う装いに見えるほどだった。しかし、クレノースは満面の笑みを浮かべ、まるで喜びに満ちた声でこう言った。
「サクレティア様!このまま僕が御者を務めますね!」その明るい声に、サクレティアは思わず半笑いになりつつも、《この人、本当に無敵すぎる…》と内心で感嘆せざるを得なかった。
そのままクレノースは、冷静さを保ったまま女騎士の方に鋭い視線を向け、キリッとした厳しい口調で命じる。「何かあれば、すぐに知らせろ。」
その指示に女騎士は息を飲み、真剣な表情で深々と頷いた。
クレノースはサクレティアが乗る馬車をしっかりと守り、護衛としての役割を完璧に全うする準備を整えながら、そのまま御者台へと上がっていった。
サクレティアは、目の前で馬車を守ってくれている公爵家の騎士たちを、改めてまじまじと眺めた。実は、こうして公爵家の騎士をしっかりと目にするのは初めてだった。廊下を守る騎士も、いつもこちらが見る前にさっと身を隠してしまうため、彼らの制服も、遠目でしか確認できたことがない。
「青色のベースに、金の刺繍か…」サクレティアはひそかに心の中でつぶやいた。どこか気品がある上品なデザインだが、同時に戦場に立つ者としての精悍さも感じさせる。そして、目の前の女騎士の姿勢も、凛として非常に良い。まるで男性の騎士のように堂々としていて、頼もしい存在感を放っている。
「ねぇ、あの、失礼だけど…お名前は?」サクレティアが訊ねると、女騎士は背筋をさらに伸ばしながら、礼儀正しく答えた。
「ベルティ・コートリルと申します、奥様。」
「コートリル?もしかして、侯爵家のコートリル?」サクレティアは驚いて目を見張った。まさか公爵家に仕えている騎士に侯爵家の者がいるなんて、思いもよらなかったのだ。
「はい、ですがほとんど縁はありません。私は先代のコートリル侯爵家の三男の娘にあたり、幼い頃から遠くの山奥の村で育てられました。」ベルティは控えめに語りながらも、その言葉からはどこか覚悟を持ってこの場にいることが伝わってくる。
「そうだったのね…」サクレティアは彼女の生い立ちに思いを巡らせつつ、さらに興味が湧いてきた。改めてクレノースが仕える者をどうやって選んでいるのか、気になって仕方がなかった。以前に尋ねてみたものの、クレノースはその部分だけはどうしても教えてくれなかったのだ。
「ところで、バレンティル家の騎士ってどうやって選ばれているの?」サクレティアがその質問を口にすると、ベルティは少しだけ口元を引き締め、表情を改めて厳かにした。
「ええ、奥様。まず、バレンティル家の騎士になりたい者は、厳しい試練を一年間、耐え抜かなければなりません。その訓練は、身体的なものだけでなく、心の鍛錬も含まれていて…」ベルティは少し話を区切って、遠い目をしながら続けた。「まず、毒の耐性を付けるため、さまざまな毒素を体に摂取する訓練があります。」
「毒を?」サクレティアは少し目を丸くし、驚きのあまり聞き返した。
「はい、奥様。それに、睡眠を取らずに行う訓練もあります。眠らずに48時間、武具を身にまとって、あらゆる状況に対応する訓練をします。それをクリアしても、さらに厳しい体力と忍耐力の訓練が待っています。」ベルティの語る訓練内容には、サクレティアの想像をはるかに超える苛酷さが滲んでいた。
「本当に地獄のような訓練なのね…」とサクレティアが呟くと、ベルティは小さくうなずきながらも、毅然とした声で続けた。
「ですが、バレンティル家の騎士として採用されれば、給料は王宮の騎士よりもはるかに高く、生活の安定も保障されます。だからこそ、どんなに厳しくても文句を言う者は少ないです。そして、奥様が統治に加わってくださってからは、領内が以前にも増して平和になりました。今回のような失態がなければ、本当に何の不満もない状況です…」ベルティは歯を食いしばるようにしながら、少し悔しげに目を伏せた。
その言葉にサクレティアは《失態も何も、普通はこんなに大人数の暗殺者を3分で倒せるわけないんだけどな…》と心の中で突っ込みを入れたが、ベルティの誇り高い様子に、それを口に出すことは控えた。
しばらくしてようやく公爵家へ到着した。サクレティアは少し疲れていたが、女騎士のベルティの手を借りながら馬車から降りると、すぐに玄関に目をやった。そこには、返り血を浴びて立っているバルドの姿があった。
「申し訳ございません。このような姿で……処理が間に合わず、失礼いたします。」バルドが顔を伏せて謝罪すると、クレノースは静かに首を横に振りながら答えた。
「かまわん。道中でも敵の数が多すぎて驚いたほどだ。それより、すぐに風呂を頼む。」そう言って、クレノースが弓を担いでいることに気付いたサクレティアは、《あら、クレノって弓も扱えるんだ…》と少し驚きを感じた。彼は戦闘慣れしているとはいえ、改めてその器用さに感心してしまう。
一方、騎士の一人が少し離れたところで肩を落としているのが見えた。「あの……あの弓、俺のだったんだが、返してくれるかなぁ……」とぼそぼそと独りごちながら、トボトボと帰っていくその後ろ姿がどこか哀愁を漂わせていて、サクレティアは少し笑ってしまいそうになる。
「サクレティア様、先にお部屋へどうぞ。僕もすぐに参りますので。」クレノースがそう声をかけてきた。クレノースは、服や肌に血がついているので、サクレティアと距離をとる。
「ええ、でも……ゆっくりお風呂に入ってきてね。」サクレティアが微笑みながらそう言うと、クレノースは一瞬、不思議そうな表情を浮かべた。
《え?僕にそんなことを?》といった具合に頭の中がハテナでいっぱいになっているように見えたが、彼は言葉を交わすことなく執務室の方へと向かっていった。
サクレティアはその場で周囲を確認すると、こっそりと近くにいた使用人たちを呼び寄せた。「みんな、聞いてちょうだい。これからクレノにくまなくマッサージをしてあげて。すごく疲れているはずだから、念入りにね。」
使用人たちは目を輝かせ、「かしこまりました!」と大きく頷いた。だがサクレティアは手を軽く振りながら、さらに言い足した。
「もしクレノが拒んだら、『これはサクレティア様のご命令です』と言ってね。彼も黙って受け入れると思うわ。」
使用人たちは、さすが公爵家の旦那様への細やかな気配りを忘れないサクレティアの頼みに、ますます意欲を燃やし始める。
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