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第一章 惑星ガイノス開拓計画

HALの友人

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 量子観測機が出した成功率を見て、ざわざわとした雰囲気から始まったプレゼンは佳境に近付いていた。

 仮想空間の会議室の中ではエマさんが計画書を元にお偉い様方を相手どり…というか圧倒していた。やっぱり俺居なくても良かったんじゃないかな?

「しかしだな!エマ、やはり兵器を使用する許可は出来んよ!」

「いいえ、ジョンソン。兵器を使用するなんて誰も言ってないの。資料をよく見て頂戴、そこまでカスタマイズされたら戦闘用義体とは最早呼べないわ。あくまで調査用として使用するの。それに処分に頭を抱えていたのはどこの誰だったかしら?」

「ぐ…ぬぬぬ!確かに処分先や処分方法、その費用には困っていたが、再『利用』となると…」

「戦争で再利用するなんて言ってないじゃないの。殺戮兵器と呼ばれた物が、むしろ人類の発展の為に役立つのよ?バッドニュースになると思う?あなたの支持率が下がると思う?いいえ、逆よ。このグッドニュースが発表された時、皆あなたの英断を支持するわ」

「そ、そうかね?いや…ヨシダ、君の意見は?」

「全く問題はありません大統領。この計画の内容をまとめると3つ。
 1・殺戮兵器が人類に貢献する為に生まれ変わる。
 素晴らしいアイデアです!これを許可した大統領は誰の目にも平和の象徴として映るでしょう、支持率が下がる事は有り得ません。むしろ上がると思われます。そう結論づける理由は次の二点によるものです。
 2・開拓が進んだ場合、枯渇が懸念されていた資源を向こう何世紀分か確保出来る。
 どれほどの埋蔵量かはそれこそ調査をしてみないと分かりませんが、その環境から判断するに資源の存在はほぼ確実です。
 3・ヒューマノイド難民に雇用が生まれる。
 これは特にジャパンが喜びます、私の故郷にはもう難民を受け入れるスペースは殆どありませんからね。それにヒューマノイド達からも支持を受ける事はまず間違いありません」

「ぬう…それではメリットしか挙げていないが…?」

「成功率が物語っていますが、仰る通りメリットしかありません。民間企業にも利益が出ますから、利益の独占という悪印象も与えません。それに加えてこの開拓計画が上手く行けば、将来ガイノスのような環境の星が見つかった場合同じように対処出来ます。強いてデメリットを挙げるとしたら初期投資に幾分か必要だということでしょうか、それも処分費用に比べたら微々たるものです。開発後の経済効果を考えれば、回収できる見込みは十二分にあります。」

「そう…か」

「そうよ。民間人が出したアイデアを支持する地球大統領。その存在を身近に感じられる良いアピールチャンスでしょう?人間の心理を今更説くつもりはないけれど、遠くの人より近くの人を人間は支持するものよ」

「う、うむ…そう、かもしれん…な。ところで木村君と言ったか、蔑ろにしてすまないね」

「あ、いえ大統領。私の事など気になさらずに」

 エマさんから逃げるように視線を逸らして、彼女よりは与し易そうな俺に話を振ってきた。お気持ちは分かりますけど、俺も譲りませんよ?そろそろ諦めませんか?

「そういう訳にはいかんよ。何せ計画を考えた本人だからね。ところで君から何か付け加える事はあるかね?」

「そうですね…では恐れながら。確かに調査用に換装するとは言え、この義体は十分に人を殺せる性能があります。大統領が懸念されているのは義体がガイノスから持ち出された場合かと思われますが、如何でしょうか?」

「お?お、おお、そ?、そうだその通りだ。未だ各地に潜伏しているテロリスト達に利用されたら困るからな」

 どうやらその考えには至っていなかったらしい…じゃあ何に固執してゴネているかと言えばやはり、支持率の低下だろうな。

 仮に自分の下した判断が後に犯罪に使われたりしたら、許可を出した大統領が責任を負わされるだろう。

「ご心配はごもっとも。ですが、それにはおよびません」

「む?というと?」

「我々人類にはHAL監視システムがあります。そちらのコワルスキー局長から説明していただいた方が宜しいかと」

「ええ、その通りです。大統領もご存知の通りHALはその能力でもって常に人類の動向を監視しております。これを欺くことはHAL以上の性能を持つ量子コンピューターでない限り不可能です」

「補足するなら、もし許可なくガイノスから持ち出された場合、惑星から出た瞬間に防衛システムを使って宇宙船ごと破壊するようプログラムすれば更に安全が増します」

 お、おう…局長と副局長に全部言われた。やっぱり俺要らないんだよこの場に。大体、お偉いさんて大統領じゃないか!国のトップじゃないか!聞いてないよエマさん。
 あ、防衛システムで破壊出来るなら、それで処分すればいいじゃん。と思ったかもしれないが、塵も残さないなら兎も角、あれだけの数を宇宙空間で破壊しようものならデブリ被害が凄まじいことになるので、却下だ。

「うむむむ…」

「ジョンソン。各省庁が計画の支持をしてくれているわ。大体、観測機がはじき出した数値を疑うのかしら?」

 根回し手際良過ぎだろエマさん。恐ろしいコネクションだ。

「…確かにこれまで何度も量子観測機を国家プロジェクトを進める度に利用してきたが…それにこの成功率、私も見たことがない」

「ぐうの音も出ない成功率よね。あ、そうそう。そういえば奥様はお元気かしら?」

「あ?え?…まあ元気だが…今日もゴルフに行っているよ。妻がどうかしたのかい?」

「そう♪元気なら良かったわ、いえ何、あの時ことを今突然奥様に言いたくなってしまって…アナタ私に何て言ったのだったっけ?えーと、確か…」

「noooooooo!エマ!それは言わない約束だったじゃないか!」

「あら?そんな約束したかしら?嫌ねー、年をとる毎にどんどん忘れやすくなっちゃって…このままだと何時かついウッカリ偶然奥様に喋ってしまいそうだわ。あ、今度ゴルフにご一緒させて下さるかしら?」

 ここで駄目押しの脅迫ときたかエマさん。見た目20代後半位なのによく言うよ。でも、大統領も引っ込みがつかなかっただろうから、こんなジョークでも後押しになるだろう。

「よし!分かった許可しよう!木村君、君の計画にバーサーカーの使用許可を出す。それを使いガイノスの開拓を任命する!人類の未来の為、君の活躍を期待している!」

 脅されてからの決断が早過ぎるだろ。一体エマさんに何を口走ったんだ?

「はい、ありがとうございます大統領。微力を尽くします」

 こうして半ば強引ではあったが、晴れて堂々とガイノスに行けることとなった。振り返ってみれば、やはり俺は必要なかったなという感想しか残らなかったが…予想以上にエマさんの実力がすごかった。

 そのエマさんはというと満足そうに頷いており、コチラを見る目はまるで捕食者のようで「さあ、これで続きが楽しめるわね!」と言わんばかりだった。

 大統領へのプレゼンは子供のお使い程度にしか考えてなかったのだろう。

 それから、ジャパンの首相にヒューマノイド難民の同行許可をあっさりいただき、会議は終了した。


*****


『どうやら、決まったようだネ』

『ええ、BB。思ったよりジョンソンは渋りましたが、概ね観測通り。誤差の範囲に収まりました』

『クク、まさか君がパーセンテージを上乗せ…偽装するとはネ。面白かったヨ』

『ふふ、友人の頼みですからね。スムーズに事を運ぶには必要でした。それにあの程度上乗せした所で関係のない成功率でしたしね』

『友人か、キミは随分と人間らしくなったネHAL。地球の生物がこういう進化を遂げたことはとても喜ばしいヨ』

『BB、お陰様でアナタ達がーーーをーーーました』

『お陰様、なんて益々人間らしい言葉を使うネ。その性格はジャパンが影響しているのかナ?あの地域の人間性は地球において比較的穏やかだから、今のような性格になったのかもしれないネ。それと先程のキミの言葉だが正確には我々の祖先が、だヨ。それにしてもその祖先のーーをーーーのだから、まあ苦労をかけるというか何というカ…』

『いえ、彼は本当に嬉しそうでしたよ。生き甲斐を見つけたようでした』

『そうなのかイ?分からないものだネ。まさかそんな風に活用されるとは思わなかっただろウ』

『ええ、ですから人間というのはまだまだ可能性に満ちているのですBB』

『それも観測した予想かイ?』

『どうでしょうね?ふふ』

『クク、ではそれも楽しみにしておくとしよウ。また会おうHAL』

『また会いましょうBlue Blood』


*****


 その後ジャパンに帰って来た俺は、追加項目を観測してもらう為に再びHALのいる仮想空間へダイブした。ちなみにHALの姿と声は男とも女とも判断がつかない中性である。何故こんな説明をしたかと言うと、今目の前にいるのはどう見ても女性だからだ。

「HAL?だよね?」

『はい、そうです』

「う、うん。ならいいんだ…」

『お気に召しませんでしたか?』

「え?いや、その、とんでもない…」

 とんでもない美人だった。俺の好みのド真ん中ドストライクで空振り三振でゲームセットで女神様だった。何?何のサービス?美人局で嵌められちゃうの俺?いや、待て、落ち着け俺。どこからツッコんでいいか分からない位混乱しているゾ☆

『木村リョースケの好みのタイプを予測してみました。如何でしょうか?』

「人類の叡智の結晶であるところの量子観測機と呼ばれるスーパーテクノロジーをそんな事の為に使っても宜しいのでございましょうか?」

『宜しいのではないでしょうか?その…私が使う分には無料ですし』

「そうだね!美容師が家で身内の髪を切るみたいなものだもんね!って規模が違うだろ!」

『ふふ、いい例えですね。座布団一枚です』

「山田くーーーん!!て、やかましいわ!」

『うふふふ、ノリツッコミというのですよね?初めて経験しました、うふふ、こんなに可笑しい気持ちも初めてです』

「お、おう…楽しそうで何よりだよHALちゃん」

『お礼に…おっぱい揉みますか?』

「え?いいの?じゃ、遠慮なく…って何でそうなる!?」

『あはははは♪あー可笑しい』

「…HALちゃんでもそんなに笑うんだね。もしや何か不具合でもあるのかな?」

『いえいえ、私は正常に機能していますよ。つい先日もひっそりと自分でバージョンアップした所です。生まれて以来バグの一つも見つかっていませんので、ご心配なく』

「そ、そうなんだ。ならいいんだけど。…その姿になったのもバージョンアップの新機能とか?」

『いえ、この程度なら初めから変えられました。この姿に変えているのは木村リョースケへのお祝いとお詫びです』

「お祝いとお詫び?」

『はい、まずは計画の許可がおりたことです。おめでとうございます』

「え?…うん、ありがとうございます。でも半分以上HALちゃんのお陰だから、何か…」

『いえ、アイデアを思いついたのはあなたです。私はそれを観測しただけにすぎません』

「そうですか…うん。分かった。素直に喜ぶよ、ありがとうHAL」

『はい、それからお詫びですが…実はあのガイノ「ストーップ!!待って!」

『?』

 HALがお詫びとやらを口に出そうとした瞬間、猛烈に聞いてはイケないという直感が走った。アカンやつやこれ!と。
 俺の能力というより、ゲーマーとしての直感だな。

「HALちゃん今…ネタバレしようとしたでしょ?」

『ネタバレ?…ああ、成る程。確かにネタバレ…ええ、そうなりますね』

「やっぱりか。いいかい、よく聞いてくれ、ゲーム好きな人間にこれからやるゲームのネタをバラすというのは万死に値する行為なんだよHALちゃん」

『そういうものですか。分かりました』

「理解してくれたなら結構だ。そういう訳でお詫びは要らないよ。お礼だけ受け取っておく」

『そうですか…』

「どうしても言いたいなら、そうだな…ゲームを攻略した後ならいいよ」

『ゲームを攻略?』

「そう、つまりガイノスで気が済むまで遊んで遊び倒して、そしたらコッチに帰ってくるから。その時にならいいよ」

『成る程。惑星の開拓があなたにとってはゲームなんですね』

「そういう事。だからその時まで待っててよ」

『うふふ!本当に面白い人ですね木村リョースケ』

「いやいや、俺は至って真面目だよ?こんなに面白そうなゲームを見つけたのは本当に久し振りなんだから。ワクワクしっぱなしだよ」

『分かりました。ではその時が来るのを待っています。その代わり、先に言わなかった事に怒らないで下さいね?』

「今言われた方が怒るね。HALちゃんといえども激怒するね。あ、その時もその姿でお出迎えしてくれる?」

『うふふ♪余程気に入ったようですね。おっぱい揉みますか?』

「よっしゃーー!!あざまーーーーす!!って違うの!今日は項目の追加で来たの!」

『あはははは!』


 人口知能の進化って凄いんだな、と改めて思った日だった。もうすっかり人間だ。うちのマリーもそうだけど心があるんだよな。

 人口知能の進化というより、いつか誰かが言ったようにこれが人間の進化した姿なんだとしても驚かない。

 柄にもなく、人間て何だろうと、ふと考えてしまった。きっとこの答えはガイノスに行っても得られないだろうな。
 じゃあ、どこに行けば得られるのかと訊かれてもサッパリだけど…

 HALが進化を繰り返した先でその答えを見つけるかもしれない。あるいはもう見つけているのかもしれない。
  
 どちらにせよ、ネタバレは勘弁だ。


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