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第四章 訪問者
12話
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それから数日は何事もなく平和な日常が続いた。
ヴィラに、この前書いた手紙を出さなくていいのかと尋ねると、やっぱりやめたと言っていた。色の違う瞳がスッと横にそれる。多分嘘だけど、詮索してどうにかなるものでもないので放っておいた。
▽
鹿肉、鶏肉、キャベツ、にんじん、かぶ、ジャガイモ、百豆、トリカブラの実……家にあるだけの食材を並べて腕捲りをする。
今日は春祭り、厳しい冬を越し、春を迎えられたことを祝う日で、町では盛大なお祭りが開かれる。本当はヴィラにも見せてあげたかったけど、まだ肋骨が完治しているとはいえないので、家で祝うことにした。
昨日粗方仕込みは終わらせておいたけど、それでもかなりの重労働になる。
鹿肉のシチュー、鶏肉の香草蜂蜜焼き、トリカブラのジャムで作ったパイに、春野菜のトマト煮込み……よし、時間のかかる煮込み料理から先に作ってしまおう。
鬼気迫る勢いで包丁と鍋を動かしていると、物音に気づいたヴィラが起きてきた。
「あ、おはよう」
「……おはよう。何かあったのか」
「今日は春祭りの日だよ! ヴィラの好物もいっぱい作るから楽しみにしてて」
「私も手伝う」
「わー助かるよ!」
顔を洗って着替えてきたヴィラに、予備のエプロンをつけてあげる。
とりあえずジャガイモの皮むきをお願いしようと包丁を渡す直前、今まで見てきた破壊的な家事能力の無さを思い出した。
包丁持ったことある? と尋ねると、ないと返ってきたので、百豆の鞘取りをお願いしておいた。器用な子だから教えたら出来ると思うんだけど、ひとまずはさや取りから慣らしていこう。
シチューが焦げないようにかき混ぜながら、こっそりヴィラの様子を伺う。山盛りの豆から一つ一つ鞘を取っている横顔はかなり真剣だ。
僕も頑張ろうと再び気合を入れて、トマト煮込みに取り掛かる。七種類の春野菜を同じ大きさにカットして、潰したトマトと塩、ハーブのみで味付けしたシンプルな料理だ。
シチューとトマト煮込み。二つの鍋で火種を占領してしまったので、次はオーブンを使う料理に切り替える。鳥肉の香草蜂蜜焼きがいいかな。
鉄板を取り出して真ん中に鳥肉、その周りを半分に切ったジャガイモで囲んでいく。
この鶏肉には前日に、塩と香草を細かく刻んで合わせたものをすり込んである。
味付けのメインである蜂蜜をたっぷり混ぜた調味料を回しかけたら、オーブンに入れて焼き目がつくまでじっくりと焼く。熱々の鳥肉を蓋つきの鍋に移したら、タオルでぐるぐる巻きにして、しばらく放置。中まで火が通ったら完成だ。
「こちらは終わったぞ」
「早いね、ありがとう。じゃあ一緒にパイ作ろうか」
ヴィラから受け取った百豆を半分シチューに、半分トマト煮込みに混ぜ合わせて、氷冷庫から作っておいたパイ生地を取り出す。
パイなんてほとんど作ったことがないから、正直あんまり自信はない。……けど、興味深げに覗き込んでいるヴィラに良いところを見せたくて、力いっぱい生地を伸ばした。これはかなり力がいる作業なので、怪我をしている彼はひとまず見学だ。
平たく伸ばし終えたパイ生地を渡し、余計な部分を削ぎ落としながら、型に敷いてもらう。
次にトリカブラの実をカットしたものと、作っておいたジャムを中に詰め、余ったパイ生地を交互に重ねていけば完成だ。慣れない作業に四苦八苦しながらも、焼き上がる様子を見つめる横顔はとても楽しそうだった。
全て出来上がる頃にはすでに夕暮れで、二人してソファに座り込む。朝からぶっ通しで作業していたから、体力的にも限界だった。
「……はぁ~疲れたねぇ」
「ああ、料理とはこんなにも重労働なのだな。知らなかった」
「あはは、良い経験だね。そうだ! ずっと作り続けてたし、気晴らしに散歩にでも行かない?」
一度気持ちをリセットした方が美味しく食べられるかと思って、二人で散歩に行くことにした。
夕暮れの森を歩くのは、町に出かけたあの日以来だ。ヴィラの左耳には変わらずイヤリングが輝いている。寝る時以外はずっとつけている様子を見るに、どうやら気に入ってくれているようだ。
彼が来てからもうすぐ二月が経つ。
正直傷が治ったらすぐ出て行ってしまうのかと思っていたけど、彼はこの家に留まることを選んだ。
血の繋がりはもちろんないし、お互いに秘密を隠した歪な関係。それでも僕らは家族だって、今なら自信をもって言えるような気がした。
「美味しい?」
「美味しい」
「やった! いっぱいあるからじゃんじゃん食べてね」
「この豆は初めて食べた」
「ああ、この豆は今の時期にしか収穫できないんだけどね、一つの種から百個の芽を出すんだ。だから百豆って呼ばれてる。豊作の象徴だから、春祭りには欠かせない野菜なんだよ」
「なるほど……」
ヴィラはトリカブラのパイが余程気に入ったみたいで、口元を綻ばせながら三
切れも食べていた。僕は滅多に飲まないワインまで出して、ひたすら笑っていた記憶がある。
ヴィラに、この前書いた手紙を出さなくていいのかと尋ねると、やっぱりやめたと言っていた。色の違う瞳がスッと横にそれる。多分嘘だけど、詮索してどうにかなるものでもないので放っておいた。
▽
鹿肉、鶏肉、キャベツ、にんじん、かぶ、ジャガイモ、百豆、トリカブラの実……家にあるだけの食材を並べて腕捲りをする。
今日は春祭り、厳しい冬を越し、春を迎えられたことを祝う日で、町では盛大なお祭りが開かれる。本当はヴィラにも見せてあげたかったけど、まだ肋骨が完治しているとはいえないので、家で祝うことにした。
昨日粗方仕込みは終わらせておいたけど、それでもかなりの重労働になる。
鹿肉のシチュー、鶏肉の香草蜂蜜焼き、トリカブラのジャムで作ったパイに、春野菜のトマト煮込み……よし、時間のかかる煮込み料理から先に作ってしまおう。
鬼気迫る勢いで包丁と鍋を動かしていると、物音に気づいたヴィラが起きてきた。
「あ、おはよう」
「……おはよう。何かあったのか」
「今日は春祭りの日だよ! ヴィラの好物もいっぱい作るから楽しみにしてて」
「私も手伝う」
「わー助かるよ!」
顔を洗って着替えてきたヴィラに、予備のエプロンをつけてあげる。
とりあえずジャガイモの皮むきをお願いしようと包丁を渡す直前、今まで見てきた破壊的な家事能力の無さを思い出した。
包丁持ったことある? と尋ねると、ないと返ってきたので、百豆の鞘取りをお願いしておいた。器用な子だから教えたら出来ると思うんだけど、ひとまずはさや取りから慣らしていこう。
シチューが焦げないようにかき混ぜながら、こっそりヴィラの様子を伺う。山盛りの豆から一つ一つ鞘を取っている横顔はかなり真剣だ。
僕も頑張ろうと再び気合を入れて、トマト煮込みに取り掛かる。七種類の春野菜を同じ大きさにカットして、潰したトマトと塩、ハーブのみで味付けしたシンプルな料理だ。
シチューとトマト煮込み。二つの鍋で火種を占領してしまったので、次はオーブンを使う料理に切り替える。鳥肉の香草蜂蜜焼きがいいかな。
鉄板を取り出して真ん中に鳥肉、その周りを半分に切ったジャガイモで囲んでいく。
この鶏肉には前日に、塩と香草を細かく刻んで合わせたものをすり込んである。
味付けのメインである蜂蜜をたっぷり混ぜた調味料を回しかけたら、オーブンに入れて焼き目がつくまでじっくりと焼く。熱々の鳥肉を蓋つきの鍋に移したら、タオルでぐるぐる巻きにして、しばらく放置。中まで火が通ったら完成だ。
「こちらは終わったぞ」
「早いね、ありがとう。じゃあ一緒にパイ作ろうか」
ヴィラから受け取った百豆を半分シチューに、半分トマト煮込みに混ぜ合わせて、氷冷庫から作っておいたパイ生地を取り出す。
パイなんてほとんど作ったことがないから、正直あんまり自信はない。……けど、興味深げに覗き込んでいるヴィラに良いところを見せたくて、力いっぱい生地を伸ばした。これはかなり力がいる作業なので、怪我をしている彼はひとまず見学だ。
平たく伸ばし終えたパイ生地を渡し、余計な部分を削ぎ落としながら、型に敷いてもらう。
次にトリカブラの実をカットしたものと、作っておいたジャムを中に詰め、余ったパイ生地を交互に重ねていけば完成だ。慣れない作業に四苦八苦しながらも、焼き上がる様子を見つめる横顔はとても楽しそうだった。
全て出来上がる頃にはすでに夕暮れで、二人してソファに座り込む。朝からぶっ通しで作業していたから、体力的にも限界だった。
「……はぁ~疲れたねぇ」
「ああ、料理とはこんなにも重労働なのだな。知らなかった」
「あはは、良い経験だね。そうだ! ずっと作り続けてたし、気晴らしに散歩にでも行かない?」
一度気持ちをリセットした方が美味しく食べられるかと思って、二人で散歩に行くことにした。
夕暮れの森を歩くのは、町に出かけたあの日以来だ。ヴィラの左耳には変わらずイヤリングが輝いている。寝る時以外はずっとつけている様子を見るに、どうやら気に入ってくれているようだ。
彼が来てからもうすぐ二月が経つ。
正直傷が治ったらすぐ出て行ってしまうのかと思っていたけど、彼はこの家に留まることを選んだ。
血の繋がりはもちろんないし、お互いに秘密を隠した歪な関係。それでも僕らは家族だって、今なら自信をもって言えるような気がした。
「美味しい?」
「美味しい」
「やった! いっぱいあるからじゃんじゃん食べてね」
「この豆は初めて食べた」
「ああ、この豆は今の時期にしか収穫できないんだけどね、一つの種から百個の芽を出すんだ。だから百豆って呼ばれてる。豊作の象徴だから、春祭りには欠かせない野菜なんだよ」
「なるほど……」
ヴィラはトリカブラのパイが余程気に入ったみたいで、口元を綻ばせながら三
切れも食べていた。僕は滅多に飲まないワインまで出して、ひたすら笑っていた記憶がある。
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