【R18】軟派男はお断りです~素直になれない魔導師令嬢は、諦めてた相手から迫られていたようです~

木々野コトネ

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 ふと、エリカの意識が浮上する。しかし寝心地も良く、このまま再び深い眠りへと落ちていきたい気分だ。
 エリカは微睡みながら、肌に触れる感触でベッドに寝ているのが分かった。室温もちょうど良い。しかし左手が固定されているようだ。何となくそれが居心地悪く感じ、左手を動かそうとすると、すぐ近くで「エリカ・・・!?」と声が聞こえた。
 聞きなれた声に、ハッと眠気が覚めて瞼を上げる。
 最初に目に入ったのは、見慣れた部屋の天井だった。すぐに魔生の森の防衛基地の宿舎だと気付く。次に声がした左へ顔を向けると、ベッド脇に誰かが座っていた。

「・・・アレックス?」

 どうやらアレックスに左手を取られていたようだ。かすれた声で名前を呼ぶと、アレックスは身を乗り出した。

「大丈夫か。痛い所は?」

 寝起きでぼんやりしていたエリカの頭は、アレックスの言葉で一気に状況を思い出した。

(そうだ・・・グリフォン)

 右足を切り裂かれた。傷を確認しないまま気を失ったので、どんな状態か全くわからない。エリカはそっと体へ意識を向けて痛い箇所があるか確認する。

「・・・回復術をかけてくれたのね。足は大丈夫そう。他にも痛いところは特に無いかな」
「そうか」

 アレックスはホッとした声で頷くと、椅子に座りなおした。エリカも体を起こそうとしたが、アレックスに止められた。

「起きなくていい。酷い怪我をしたんだから、まだ横になっとけよ」
「でも・・・」
「いいから」
「・・・」

 エリカはアレックスから視線を逸らす。
 アレックスの気遣いは嬉しいが、好きな人の前で横になったままはさすがに恥ずかしい。そもそも貴族令嬢の眠っている部屋に家族でも婚約者でもない男性が入るのはマナー違反だ。

(ホント、私にだけデリカシーが無いんだから)

 そう考えてしまうと、やはり面白くない気分になる。エリカはじっとり顔で再びアレックスを見やる。
 しかし視線の先のアレックスは、エリカを心配そうに窺っている。左手も握られたままだ。剣を握る男性らしい硬い手のひらの感触を意識してしまい、エリカは改めて左手を見る。眠っている間、ずっと握られていたのだろうか。そうと思うと、胸の中のモヤモヤは嬉しくも照れくさいものへと変化してしまう。

(そんな顔されたら、文句言えないじゃない)

 エリカは小さく息をつくと、考えを改める。

 ここは家ではなく防衛基地だ。貴族としてではなくパートナーとして心配してくれたという事にして、エリカは寝顔を見られていたという恥ずかしい事実に蓋をした。
 エリカは上掛けを少し上へ引っ張る。横になったままの気恥ずかしさを、口元を隠すことで誤魔化してから、アレックスへ視線を戻す。

「グリフォンはどうなったの?他に怪我人は?」
「グリフォンは2体とも後から来た奴らが倒してくれた。お前以外怪我人はいない」
「良かった」

 エリカはホッとして笑みを浮かべる。しかし反対にアレックスは怒ったような顔をした。

「良くないだろ。お前、あんな無茶するな」
「無茶って言われても・・・。だって、あの時はああするしかなかったでしょ?」
「そうだけど・・・・・・・・・あー・・・。クソ!」

 アレックスはエリカの左手を離して顔に両手を当てると俯いた。そのまま少しの間沈黙すると、手から顔を上げる。真面目な顔をしてエリカを見つめた。

「エリカ、お前に酷な話をする。今言わなくても、自分で気付くだろうから」
「・・・何?」

 エリカもアレックスの目を見つめる。問い返しはしたが、エリカには彼が話す事を予想出来た。

「お前の足に、傷痕が残った。凍傷は治ったけど、切り傷がな・・・」
「そうだと思った」
「・・・足が凍った事で、出血はそんなに無かった」
「うん」

 そこまで言うと、アレックスは再び俯いた。肩に力が入っているので、手を握りしめているのかもしれない。

「残ったのは傷痕だけ?後遺症は?」
「ないと聞いてる」
「ならいいわ」

 エリカは安堵して微笑む。しかしアレックスは顔を上げて悲しそうにエリカを見た。

「良くない。全然良くない」
「・・・なんで?」
「なんで!?お前、体に傷が残ったんだぞ!貴族令嬢なのに!」
「あら、私が貴族令嬢っていう認識はあったのね」

 意外に思ったエリカが驚いた顔をすると、アレックスは眉を寄せた。

「当たり前だろ。何言ってるんだ」

 ムッとした顔をしているアレックスに、どう返すべきかと一瞬悩む。しかし日頃の不満を主張するいい機会だと気付き、エリカは正直に伝えることにした。

「だって、他の令嬢と私の扱いが随分違ってたから」
「・・・」

 アレックスは気不味そうに顔を背ける。その様子を見たエリカは首を傾げた。

(・・・さっきから良く分からない反応ね)

 まあいいわ、とエリカは傾げた首を戻した。

 確かに彼の言う通り、体に傷痕を持つ貴族令嬢は結婚相手としては敬遠される。しかしエリカはそれでも構わないと思っている。その理由をエリカは伝える事にした。

「話を戻すけど、私は魔導師を続けたいから、後遺症がなければそれでいいの。婚約者もいないから誰にも迷惑はかからないし、傷のせいで結婚出来なかったとしても、仕事があるもの。一生独り身でも構わないわ」 
「・・・何、言ってるんだ」

 驚いた顔で見つめるアレックスに、エリカは苦笑して続ける。

「家は弟が継ぐし、仕事を続けられるなら私も家に頼らなくて済む。何も憂いはないじゃない」
「お前・・・結婚、しないつもりなのか」

 何故か傷付いた様な顔をするアレックスに、エリカは不思議に思いながら続けた。

「女の幸せは結婚なんて考えは古臭いわよ。否定はしないけど、今は少しずつ変わってきてるじゃない。職業婦人も増えてるし、私がそうなっても良いでしょ?さっきも言ったけど、誰にも迷惑かからないんだから」
「・・・」

 エリカの言葉にアレックスは言葉を詰まらせる。そんな反応をするという事は、アレックスはエリカが結婚する事を望んでいるのだろうか。

(よく分からないわ)

 エリカはため息を付いた。

「そんなに私の傷痕と結婚が気になるなら、もうあんたが責任取ったら?」

 アレックスを説得するのが面倒になったエリカは、面倒臭さを隠さず伝えた。そう言えばきっと諦めてくれるだろう。エリカはそう考えて投げやりに言った。しかしアレックスはパッと顔色を戻した。

「良いのか」
「・・・?何が」
「俺で良いのか」
「・・・あんたが納得しないなら、それしかないんじゃない?」

 でもきっとアレックスはそんな事はしない。投げやりに答えながら、エリカの胸は痛んだ。

「・・・もう少し眠りたいから、そろそろ部屋から出てくれる?」

 もぞもぞとベッドの中で体の向きを変え、アレックスに背を向けて遠慮なく言う。怪我のせいで心が弱っているのだろうか。胸が凄く痛い。このままアレックスの顔を見ていたら顔に出そうだった。

「あ、悪い。そうだよな。怪我のショックってのは本人が思ってるより大きい。体の負担もな。ここを発つ予定は明日のお前の体調次第で決めよう」
「分かったわ」

 椅子から立ち上がりながら言うと、アレックスはエリカの頭を撫でた。

「グリフォン2体の討伐があんなにアッサリと終わったのはお前の奮闘のお陰だ。俺も皆も感謝してる。だから今はゆっくり休め。・・・おやすみ」
「・・・」

 アレックスはエリカの反応を待っていたようだが、エリカが何も言わないと気付くと、そのまま部屋を出て行った。

(何よ・・・頭なんか撫でちゃって)

 やっぱりエリカを一人の貴族令嬢と思っていない証拠だ。子供だとでも思っているのだろうか。

(でも、手は優しかったな)

 正直言うと、とても心地よかった。ずっと撫でていて欲しかった。最後の「おやすみ」もひどく優し気な声だった。
 そうしてしばらく反芻はんすうして、エリカはハッとした。

(私の馬鹿)

 期待すればしただけ傷付く。エリカは頭を振って上掛けを目の下まで持ち上げた。




 翌朝、エリカは目覚めるとすぐに起き上がる。体の不調は特に感じられなかった。
 姿見の前に立ち、着せられている患者服のズボンを下ろす。右足の外側を鏡に映すと、そこには薄っすらと一直線の傷跡が出来ていた。

(ずいぶん綺麗な傷跡ね。これならあまり気にならないかも)

 もっとギザギザの痛そうな傷跡を想像していたので、エリカは安堵した。

「スリットスカートは履けないけど、そもそも太腿を晒す服装は趣味じゃない。なら、何も問題ないし気にしない」

 独り言を呟き、エリカは頷いた。

 グリフォン2体をたった2人で相手したのだ。この程度で済んだのなら随分とマシだ。
 昨晩はアレックスが随分と気にしていたようだが、あちらも一晩寝た事で冷静になれただろう。

(今日、交代要員が来る)

 それはつまり、やっと魔導師宿舎に戻れるという事だ。エリカは安堵の笑みを浮かべた。


***


「は?・・・・・・あの、お父様。それは正式なお話なのでしょうか」
「そうだ」
「・・・」

 王都に戻って数日経った頃。話があるから帰ってきなさいと父から連絡があり、エリカは自宅の居間のソファに座っていた。対面には父と母が座っている。弟は学園の寄宿舎にいるので、今ここには居ない。

「お前が嫌なら断る。しかしもし、少しでもその気があるなら、ちゃんと向き合ったほうが良い。返事は急がないとあるしな」

 エリカは俯いて口元に手を当てる。どうしてこうなったのか考えようとして、動揺している自分に気付いた。落ち着くために一息ついてから考える。

(私だけで決められない事だから・・・)

「・・・取りあえず本人とお話ししてみます」
「分かった。どうするか決めたら言いなさい」
「はい」

 エリカは頷いてソファを立つ。すると母が痛そうな顔でエリカの右足を見ている事に気付いた。
 二人には王都に帰って真っ先に怪我と傷跡の話はしてある。きっと思い出したのだろう。

「お母様、大丈夫です。薄っすら跡が残っただけで、全く痛くありませんから」
「・・・そうね。でも、もし辛くなったら魔導師を辞めて家に帰ってきていいのよ」
「はい。ありがとうございます。もちろんその時にはここぞとばかりに甘えさせて頂きます」

 エリカはいたずらっぽい甘えるような笑みを向けると、母は安心した様に頷いた。

「では私は宿舎の方へ戻りますね。何かあればまたご連絡ください」

 今のエリカは仕事着のローブ姿だが、裾が長いのでスカート変わりに持ち上げて淑女の礼をする。そして屋敷を出ると、父が用意してくれたホルバイン伯爵家の馬車に乗った。


 魔導師宿舎の前で降ろしてもらうと、エリカはその足で騎士団宿舎へと向かう。

(アイツの仕事時間なんて分からないから、誰か捕まえて聞くしかないかしら)

 鉄は熱いうちに打った方が良い。エリカはさほど遠くない騎士団宿舎まで、騎士の誰かが歩いていないか探しながら歩く。するとすぐに見慣れた背中を見つけた。エリカはピタリと足を止める。

(・・・なんでこう、いつもバッタリ会うのかしら)

 今は探していたので都合が良い。しかしこんな偶然な会い方ばかりするので、少々うんざりしてしまう。こんな偶然でもイチイチ喜んでしまう自分が居る。そして無意識に期待している自分に気付くのだから。

 エリカはため息をついて足を進めようとすると、今度は彼が足を止めた。そしてこちらを振り向いて目が合う。彼がいつも言っている、エリカの気配とやらを感じたのかもしれない。

「どうしたこんなとこで。もう仕事に復帰したのかよ」

 彼、アレックスはこちらへ駆け寄ってきて、魔導師団のローブ姿のエリカを心配そうに覗き込んだ。その様子にエリカは小さく苦笑する。王都に戻って1週間近く経っている。さすがに心配しすぎだろう。

「仕事は昨日からね。内勤だから大丈夫。それよりアレックスに話があるの。今は仕事中?」
「終わって帰ってる所」
「じゃあちょうど良かった」

 アレックスはエリカの顔を見つめた後、足を進めた。

「距離的に俺の部屋が近いから、そっちでいいか」
「ええ」

 頷いてエリカも後をついて行った。



 
「狭いだろうけど、どうぞ」

 エリカはアレックスの後ろに続いて部屋に入る。魔導師宿舎と大して変わらない造りと広さだ。室内を見渡すときちんと片づけてある。ベッドが奥にあり、脇に小さな机と椅子、チェストとクローゼット、甲冑掛けがあった。

「初めて騎士団の宿舎に入ったけど、私の部屋と大して変わらないわね」
「どっちも国が用意してる宿舎だからな。エリカはそっち座ってろ」

 アレックスはそう言うと、甲冑掛けの前で腕の装備を外していく。エリカは言われた通り椅子に腰かけ、部屋を見渡したり、窓の外やアレックスが甲冑を外している様子を眺めたりしていた。

「で?話ってなんだ」
「・・・言わなくても分かってるんじゃないの?」

 足の甲冑を外し終えると、そこでようやくアレックスが促した。アレックスの様子を眺めていたエリカは視線を逸らし、床の木目を見つめながら言った。

「縁談の話か?あれはお前が良いって言ったから出したんだ」

(そんな事だろうと思った)

 エリカは小さく息を付く。どうすればアレックスの本心を引き出せるだろうかと、頭の中を整理してから口を開いた。

「そう。縁談の話。なんで本当に出してきたのよ。私が怪我をしたから?」
「・・・まあ、理由の一つではあるな」
「傷跡が残ったからって、アレックスが本当に責任取る必要もないじゃない。怪我はアレックスのせいじゃないんだもの」
「・・・俺のせいだろ」
「なんでよ」
「お前を守れなかった」

 エリカはその言葉にドキリとして床から目を離し、アレックスを見る。彼は甲冑掛けの方を向いたまま腰と胸の甲冑を外している。

(そんな事言われたら勘違いしちゃうじゃない)

 エリカは心の中に浮かんだ淡い期待に蓋をする。彼は後衛である魔導師を守れなかったと、前衛の騎士としての責任を言っているのだ。

「グリフォンが2体も出たのよ?むしろアレックスは一人で1体引き受けてた事がどれだけ驚異的かって分かってる?なのに更にもう1体。あれは守るとか言ってる状況じゃなかった。生きるか死ぬかよ」
「だけど、お前は俺の目の前で・・・」

 アレックスはそう言うと甲冑を外す手を止めて、下を向いた。眉を寄せて目を細めている。あの瞬間を思い出したのだろう。

「確かに目の前でパートナーの魔導師が怪我したらね・・・」
「そうじゃない」
「じゃあ何よ」
「・・・分かんねぇのかよ」
「分からないから聞いてるんじゃない」
「・・・」

 アレックスは沈黙すると、止まっていた手を動かして全ての甲冑を外した。甲冑の下に着用する騎士団の制服姿になったアレックスは、椅子に座るエリカに近づき、目の前に立つ。エリカはなんだろうと顔を上げる。アレックスは真剣な顔でこちらを見つめていた。

(・・・なんでそんな顔で見つめるの?)

 恥ずかしくなってエリカは顔を逸らし、再び床の木目を見つめた。

「パートナーの魔導師が怪我したからじゃない。お前だからだよ」
「だから、それが何よ」

 はぁ、と大きなため息が聞こえ、エリカはチラリとアレックスを見やる。瞬間バッチリと目が合ってしまい、エリカは慌てて目を逸らした。先程からの思わせぶりなアレックスの言動に、顔が熱くなりそうだ。顔が赤くなったら間違いなくアレックスは揶揄ってくる。それは悔しいし恥ずかしいので、目の前に立つアレックスからは顔色が見えないように、少しだけ俯いた。

「お前が上手くやってくれたお陰で怪我で済んだ。だけど一歩間違えたら死んでた。全部俺が不甲斐ないせいだ。騎士やってんのに、好きな女一人守れなくてどうすんだよ」
「だからあれ、は・・・・・・え?」

 言いながら最後に聞こえた言葉を理解した瞬間、エリカは言葉を止めた。体も硬直する。
 そんなエリカの様子に、ダメ押しするようにアレックスは続ける。

「もう一度言うか?俺は、お前が好きなんだよ。お前、ナンパされんの嫌いだろ。だからお前が嫌がらない程度に距離つめてってんのに、全然気づかねぇし」
「・・・・・・・・・うそ」

 エリカは胸が早鐘を打っているのを自覚した。顔も熱く感じる。

 言われてみれば、心当たりがいくつも頭の中に浮かんでくる。雑な扱いを受けているという事実が、常にエリカの考えの最前列に立ちはだかっていた。そのためアレックスのそれらしい言動は全て『好きだから』ではなく『女として見ていない』に変換されていた。

(・・・え?もしかして雑な扱いも、全てアレックスの気持ちに由来してた・・・りするの?)

 エリカは目を見開いて、本当なのかと問うようにアレックスの顔を見つめる。視線の先のアレックスは真剣な顔をしたままで、茶化す様子はない。熱を感じさせる藍色の瞳は、戸惑うエリカを映している。

「俺に責任取れって、お前すげぇ面倒臭そうに言うから、本気じゃない事は分かってた。でもいい機会だし。このままじゃずっと変わらないだろうからな」
「・・・」
「傷跡が残ったことを気にして責任取る、って理由だけで縁談出したと思ったんだろ。違うからな。俺はお前が好きだから、結婚したいと思ったから出したんだ。お前が結婚を完全に諦める前にな」
「・・・だって」

 いまだ信じられないエリカは、強い意志を感じさせる瞳から逃げるように視線を下げた。ドキドキしすぎておかしくなりそうだ。エリカはアレックスの膝辺りを見つめながら言う。

「だって、アレックス・・・他の子口説いてたじゃない」
「毎回言ってるだろ。あれは声をかけられたから、相手に失礼にならない程度にリップサービスしてたんだよ。社交界で女を邪険にした男は例外なく叩き出される。男は女の話術と情報共有力には敵わない。社交術というか、単なる保身だ。用事がなくても俺が自分から話しかけてたのはお前だけだ」
「・・・」

 アレックスの言葉に顔が更に熱くなったエリカは、上を向けなくなってしまった。

 エリカはアレックスが傷跡を気にして縁談を出したと思い込んでいたので、こんな回答が来るとは想定していなかった。

(どうしよう・・・)

 アレックスの気持ちを聞き、嘘でも嬉しいと思うのがエリカの正直な気持ちだ。しかし全くの想定外で心の準備が出来ていない。頭の中は大混乱だ。
 これは夢なのか。自分もアレックスが好きだと言うべきか。しかし「冗談だよ」と言いだす可能性だってゼロじゃない。
 彼の言葉にどう返すべきか、何が適切か、グルグルと頭の中で浮かんでは消えていき、何も言葉が出てこない。

「で?お前は・・・・・・いや、違うな」

 アレックスは黙っているエリカを促そうとして、言葉を止める。彼は頭を振ると、その場で跪いてエリカの手を取って手の甲にキスをした。リップ音を立てずに静かに手から顔を離すと、アレックスはエリカを見上げた。
 エリカは視線を下げていたので否応なく視線が合う。美丈夫と言われるアレックスは少し頬を上気させていた。それがやたら色っぽく見えて、エリカは更に動揺する。

「エリカ=ホルバイン嬢。貴女を愛しています。どうかこの私、アレックス=コートネイと結婚していただけませんか」

 正式な求婚をされて耳まで赤くなったエリカは、取られていない方の手で口元を隠す。出来れば扇子で顔を隠したかったが、今は仕事着だ。扇子なんて持ってきていない。

「その・・・」

 少しの間動揺から目を右往左往させた後、エリカは大きく息を付いた。
 ここまで真剣な顔で、正式な求婚をしておいて「冗談でした」は、アレックスの性格上あり得ないとようやく気付いた。信じられない事だが、彼は本気なのだろう。その瞳、声、表情全てから、エリカを求める熱を感じるのだから。そうであれば何か答えなければ礼儀に反する。
 エリカは腹をくくると、口元を覆っていた手を降ろす。顔を赤くしたまま、真っ直ぐにアレックスと目を合わせた。

「喜んでお受けいたします。私もアレックス=コートネイ様をお慕いしておりました」
「・・・・・・え?」

 正式な返答をするエリカに、アレックスは驚いた顔を向ける。その様子を見て、エリカは顔を赤くしたまま小さく苦笑した。

「結婚を申し込んでおいて、何でそこで驚くのよ」
「いや・・・お前、俺の事好きだったのかよ」
「フラれるつもりだったの?」
「いや、口説き落とすつもりだった」
「え?」

 予想外の言葉が出てきて、キョトンとする。そんなエリカにニヤリと笑みを向けると、アレックスは勢いよく立ち上がった。

「何・・・きゃあ!」

 エリカに手を伸ばしてきたと思ったら、持ち上げられてお姫様抱っこされた。突然の事にエリカは言葉も出ない。初めて体験する不安定な状態に怖くなり、アレックスの首に腕を回してしがみついた。

「お前軽いな。落とさないからそんな心配すんなよ」
「そんな事言ったって・・・!」

 エリカは体を寄せてギュッとアレックスに抱き着く。アレックスの笑い声が聞こえたが、構っていられない。しかしすぐに降ろされたので、エリカはホッとして腕の力を抜く。しかし降ろされた場所に気付いて動揺した。

「え・・・え?なんで、ベッド?」
「こっち向け」

 周りを見ていたエリカは、顎を掴まれ強制的にアレックスへと顔を向けられる。すぐ間近にある顔に驚くが、声を上げる間もなく口をふさがれた。

 間近にあるアレックスの藍色の瞳と目が合う。キスされている事を理解して、エリカは目を見開く。しかし藍色の瞳は愛しそうにこちらを見つめ返していた。
 鼓動が脈打つのが分かる。嬉しさと愛しさと恥ずかしさで全身がカッと熱くなった。たまらずエリカは目を閉じる。

 そうしてされるがままにアレックスの唇の感触を感じていると、ふいに唇が離れた。胸の鼓動の速さと比例して呼吸も早くなっていたエリカは、無意識に口を開く。しかしすぐに唇を塞がれ、エリカの開いた唇にアレックスは舌を捻り込む。そのまま口腔内を蹂躙された。

「・・・ぅんっ」

 驚いて声を上げるが、アレックスはお構いなしにエリカを貪る。エリカの逃げる舌を絡め取り、上顎をくすぐる。何度かそれらを繰り返されているうちに、胸の鼓動と共に息が上がっていった。

 なんとも言えない感覚に堪えていると、キスした状態のままアレックスに抱き締められた。すぐにエリカの口腔内からアレックスは舌を引き抜くと、エリカの唇を舐める。最後にチュッと音を立ててキスをして、エリカをベッドへと優しく押し倒した。

「アレックス・・・!?」

 組み敷かれたエリカは驚いて真上にあるアレックスの顔を見る。見慣れたいつもの彼ではなく、やけに色っぽい雰囲気を醸し出していた。落ちてくる前髪をかき上げる様子も艶やかに見えるのは何故なのか。

「俺がどれだけ我慢してたか分かるか」
「え・・・わ、ちょっと」

 ゆっくりと顔のあちこちにキスをしてくるアレックスに、エリカは戸惑い声を上げる。しかしアレックスは意に介さず続ける。押しのけようと肩を押しやるが、全然動かない。

「アレック、うっ」

 名前を呼んで止めようとしたところで耳を舐められ、エリカは声を上げた。

「エリカ。愛してる」
「んん」

 アレックスはエリカの耳元で囁き、最後に耳に息を吹きかる。ゾクゾクと背中を通り抜ける快感に、エリカは口元に手を当てて堪えようとする。しかし静かな空間で漏れ出る声は、至近距離に居るアレックスには全て聞こえてしまう。
 告げられた言葉と今の状況に、エリカは全身が熱くなった。

「今までお前に声を掛けてた奴らは、お前を好きな男共のほんの一部だ。どれだけ俺が牽制してたか知らないだろ」

 そう言うとエリカの首へ舌を這わす。チュッと音を立てて吸われ、エリカはピクリと体を震わせた。

「お前が俺を好きなら・・・いや、結婚を承諾したんだ。もう遠慮しない」
「んっ・・・遠慮って・・・あ?ちょっと!?」

 気付いたら既にローブのボタンは外されていた。その下に着ていた制服の上からわき腹を撫でられ、そのまま胸に手を置かれる。驚いて声を上げたエリカは、アレックスの手をどけようと腕を掴む。

「結婚するなら、もういいだろ」
「何が!?」
「自覚の薄いお嬢様に、俺がどれだけ愛してるのかちゃんと認識してもらわないとな」

 アレックスはふざけた様子もなく真顔で言いながら、腕を掴んでいたエリカの手を取ってシーツに縫い留める。もう片方の手でシャツのボタンを全て外された。

「あ、ウソ・・・いま、ここで・・・?」

 アレックスに留まる様子が全くない事から、エリカは息をのんだ。胸が破裂しそうなほどドキドキしている。

「嫌か?」

 手を止めて顔を上げたアレックスに問われ、エリカは答えに窮する。

 正直に言えば嫌ではない。年相応に興味もあるし、そもそもエリカは4年近くアレックスに片思いしていたのだ。まだ正式なものではないが、互いに結婚の約束はしたのだし、求められれば嬉しい。
 しかし貴族令嬢は結婚するその時まで貞淑でなければならないと言われて育ってきた。婚約すら正式に交わしていない今、それを破ってしまっても良いのだろうか。

「今時成人しても貞淑の教えを守ってる令嬢なんて数えられる程度しかいないぜ?」

 すぐに嫌とは言わず、黙り込んだエリカの考えを読んだのか、アレックスがどこか呆れたような声を出した。

「え・・・そんな事は」
「お前が知らないだけだ。男共の下卑た話を聞けばすぐに分かる。お前は真面目な女の中で一番に狙われてたんだぞ」
「・・・」
「だけど、それも今日で終わりだ」

 そう言ってアレックスは笑みを浮かべる。その壮絶な色気を含んだ笑みに、エリカはクラリとした。
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