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第1章 アリシアの諜報活動

27 アリシアの返信

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「はぁ・・・さて、今日はどう返しますかね・・・」

 大きくため息をついて、アリシアは昨日ハルシュタイン将軍から届いたカモフラージュの手紙を手に取った。

 今日のヴュンシュマン将軍登城について、リーゼから聞いた話と、アリシア自身が聞いた情報も含めて全て報告用の方に書いた。
 相変わらず報告はすぐに書き終わるので、アリシアはいつも通り全く気が乗らないまま、昨日のハルシュタイン将軍からのカモフラージュの手紙に改めて目を通す。


~~~~~
 親愛なるアメリア=レッツェルへ

 今朝は少し冷え込んだな。この時期になると、王都は急に朝晩冷え込むから、体を冷やさないように気を付けてくれ。

 君が言っていた本の事だが、確か王宮の図書館にはあったはずだ。街の本屋は小さい店だと置いてないかもしれない。大型書店なら売ってるだろう。置いてありそうな本屋の場所が分からなかったら教える。知りたいなら遠慮なく手紙に書いてくれ。

 しかし先日共に遠出したというのに、何故君との距離が全く変わらないのか。もう少し心を開いてくれてもいいだろう?登城する日は君に会えると思うと、面倒な仕事も苦にならない程に楽しみで仕方がないというのに、君と来たらいつも冷たい。毎回今日こそはと思っているのに、君は全く変わらない。君を好きなこの気持ちは、どうすれば伝わるのか。
 君の事だから、無理にプレゼントをしても逆に心が離れるだろう。花を送っても「困ります」と言うに決まっている。かといって気持ちを詩にして捧げても、やはり困るだろう?私も詩は柄じゃないから難しいが。
 君の肩を抱きたいと思っても、君の冷たい目を想像するだけで心臓が凍る。手に触れたくとも、振り払われるかもしれないと思うと胸が痛い。一体どうしたら、この気持ちが本気だと君は気付く?いつも冗談だと言って一切受け入れてくれない。少しは私のこの苦しい気持ちも察して欲しい。

 クラウス=ハルシュタイン
~~~~~

「うーーーん・・・・・・」

(察して欲しいって言われてもねぇ・・・)

 ハルシュタイン将軍からのカモフラージュの内容が高度すぎないだろうか。これでは毎回返信に時間がかかってしまうのも仕方がないと一人頷く。

(ただ、やっぱりハルシュタイン将軍は怖いわね。書いてあるとおり、突然プレゼントをもらっても引くだけだし、詩なんて恥ずかしいだけだわ。・・・まあ、お花は嬉しいかもしれないけど)

 もし『花なら受け取る』と伝えたら、彼はどんな花を用意するだろうか。何となく白をベースにした花束を持ってきそうな気がする。この際花言葉は気にしなくて良いだろう。
 白薔薇をベースに、アクセントは淡い色が映えるだろうか。カーネーションを添えて、色は緑かピンクでも可愛いだろう。そこにモンステラの葉を添えてもいいし、同じ白だが、かすみ草も良さそうだ。

(案外可愛らしいピンクの花束を持ってきたりしてね)

 アリシアは想像してふふっと笑う。そして思わず漏れたその自分の笑い声で、ふと我に返った。

(・・・・・・・・・私は何を考えてるの)

 は・・・と力の抜けた息をついて、アリシアは脱力した。

(実際、花束を貰っても困るだけじゃない。そもそも花瓶がないんだし)

 自分の額をペチペチと叩いて、今度ははー、と長い溜息をついた。

「しっかりしなさい、私」

 カモフラージュだというのに、毒されてどうするのか。自分に呆れながら、アリシアは再度手紙に目を通す。

(冷たいって言われてもねぇ・・・仕事中だからケジメはつけるべきでしょ。公私混同が一番駄目だと思うし)

 うーん、としばらく考えてから、アリシアはペンを取った。


~~~~~
親愛なるクラウス=ハルシュタイン様

 昨日に引き続き、今朝も冷え込みましたね。王都に来てもうすぐ一年になります。私が住んでいた場所と比べると、やはり気候が少し異なるので、季節毎に新たな発見があって面白いです。教えて頂いた通り、上着を持って、風邪など引かないように気をつけます。ハルシュタイン将軍は軍人ですので不要な心配かもしれませんが、体調管理にはお気をつけくださいませ。

 さて、例の本ですが、書店にあるなら是非とも手に入れたいと思います。お手数ですが、取り扱いがありそうな大型書店がどの辺りにあるのか、教えて頂けると大変有難く存じます。
~~~~~

「毎回ここまでは良いのよ・・・」

 サラサラと書いて、一旦ペンをペン立てに戻すと、再び昨日のカモフラージュの手紙を手に取る。

(この訴えてくるような書き方は、まさに恋愛小説よね。なんでハルシュタイン将軍の方が上手なのよ。・・・・・・どう返そうかなぁ・・・難しい)

 何度かハルシュタイン将軍の手紙を読み返して、頭の中で文章を考えていく。

 アリシアは再びペンを取ると、インクを付けて書き出した。

~~~~~
 冷たいとおっしゃいますが、それは王宮で、ですよね?さすがに仕事中ですので、公私混同は避けたいと考えております。他に誰もいない室内だとしても、常態化してしまうのは良くないでしょう。軍人であるハルシュタイン将軍なら、良くお分かりになるかと。
 それからプレゼントですが、確かに急に頂いても困ってしまいます。そのお気持ちだけ、有難く頂いておきます。
~~~~~

「うん。よし」

 問題はこの後だ。アリシアはハルシュタイン将軍からの手紙に視線を向ける。

(なんというか・・・カモフラージュだって分かってても、どうしても胸が痛くなっちゃう)

 更に言えば、あのハルシュタイン将軍から自分にこんな手紙を送られていると思うと、どうしても胸が騒ぐ。

 アリシアは騒ぐ胸を落ち着かせようと、大きく息をついた。

(私だって恋愛に興味がない訳じゃないし、好きな人からこんな手紙送られてみたいって夢もあるし・・・どうしても引っ張られちゃうなぁ)

 好きな人と手を繋ぐと、どんな気分になるだろう。手を繋ぎたいと思うその時、どんな感情だろうか。肩を抱き寄せられたらどうする?抱きしめられたら?

 そこまで考えて、ふとアリシアの頭に、先日の遠出の際にヴァネサの上で後ろからハルシュタイン将軍に抱きとめられた事を思い出した。

「あああ違う違うのそうじゃないってばー」

 瞬時に顔が熱くなり、頬に手を当てて頭を振る。

 抱きしめられた時に感じた、ハルシュタイン将軍の腕の力強さとか、背中に感じた体の硬さとか、がっちりホールドされてびくともしない男らしさとか、ふわりと香る香水とか、すぐ近くで聞こえる低い声とか。
 父オーウィンや兄エンジュとは違う、大人の男の人。

(もー・・・こんなんだから、リズにからかわれるのよね)

 頭の上の何も無い所を払う仕草をして、頭の中に浮かんだあの瞬間の感覚を追い払う。

「・・・・・・余計な事に時間使っちゃったわ」

 それ程時間は経っていないが、恥ずかしさを紛らわせるために、そう言って自分に呆れることで、なんとか動揺を追い払う。

(引っ張られすぎなのよ。さっさと書こう)

 うん、と頷いて手に持ったままのペンに再びインクを付けた。

~~~~~
 察して欲しいと言われましても、普段のハルシュタイン将軍からは、感情を読み取るのが難しいのです。リーネルト将軍もですが、お二人は優秀な将軍です。その瞬間の感情を表に出されることの方が少ないと思います。イチ使用人でしかない私には、ハルシュタイン将軍に求められる程、相手の洞察は出来ません。まだ18歳の小娘の心を惑わせるのはおやめください。

 アメリア=レッツェル
~~~~~

「・・・うん。もうこれでいいわ」

 多少冷たい反応を書いたところで、次に会った時のハルシュタイン将軍はケロリとしている。彼もカモフラージュより報告用の手紙を重視している証拠だ。

 アリシアは手紙を折りたたんで封筒に入れると、封蝋をする。封蝋が冷えたところで窓を開けてハンナを呼び、手紙を託した。

「・・・紅茶でも飲んで落ち着こう」

 先程リーゼとコーヒーを飲んだが、温かい紅茶に砂糖を入れて、ホッとしたい気分だ。
 はー、と大きなため息を付くと窓を閉じ、アリシアはキッチンへと向かった。



* * *



 翌日。ハルシュタイン将軍とリーネルト将軍が登城した。
 最近は彼らが登城した事に気付いたパーラーが、真っ先に給仕準備室にいるアリシアに「ご指名よー」と言ってくる。実際彼らはその後にアリシアを指名してくるのだが、たまには気分転換で違うパーラーを指名するかもしれない。だからそれはやめてくれとお願いしているものの、皆ニヤニヤするだけで聞き入れてくれない。

 ハルシュタイン将軍への接近禁止令を言い渡されたフリーデ=ヘンゼルトでさえ、今はもう吹っ切れたようで「で?最近はハルシュタイン将軍とどうなの?」と楽しそうに聞いてくる始末。

(摩擦が無くて本当に良かったけど・・・どうしてこうなってしまったの)

 脱力気味でカートを押しながら、アリシアは小さく息をついた。

 応接室前に辿り着くと、顔見知りになってしまったリーネルト将軍の護衛が、いつも通り扉を開けてくれる。彼らとは上司のロットナーよりも会っているかもしれない。そんな事を考えながら礼を言って応接室内に入る。

(今日は話してるのね)

 ハルシュタイン将軍とリーネルト将軍は真剣な顔で政務の話をしている。邪魔をしないように、アリシアは静かに給仕を始めた。

(昨日のヴュンシュマン将軍の件についての話し合いをされるだろうから、きっとその時間を取るためにも、今話してるのね)

 ここで聞いた話は、アリシアは絶対に口外しない事を、彼らは気付いているのだろう。初めは雑談ばかりだったが、最近はこうして仕事の話もよくしている。

(うっかり戦争終結に繋がる話でも出たらいいのに)

 なんて思いながら、さすがにそれはないか、とアリシアは安直な自分に小さく笑った。

 ちなみに魔国ティナドランの政務の話を人類連合に報告したところで、現在の人類連合側が得る物はない。接点は戦線のみなのだ。内政について知っても、人類連合には何の影響力もない。せいぜい『魔国ティナドランもそんな事をしているのか』程度だ。

 ふと視線を感じてアリシアが顔を上げると、ハルシュタイン将軍と目が合った。リーネルト将軍との会話が聞こえていたので、アリシアを見ているとは思っていなかった。アリシアは驚いて、小さくビクリと体を震わせた。

(えっ・・・何が御用でもあったかな?)

 まだ紅茶の準備中だが、お菓子を先に欲しがるお客様も存在する。これまでハルシュタイン将軍からはそういった要望は無かったが、これからも無いとは言い切れない。

(もしかしてお菓子?)

 アリシアは話の邪魔をしないように、ハルシュタイン将軍の様子を伺う。リーネルト将軍と会話の合間にアリシアを見ているが、何か言いたそうな雰囲気でもない。ただアリシアを見ているようだ。

(・・・?何だろう)

 用事がないならいいか、と支度を進める。その途中でやはり時折視線を感じるが、ハルシュタイン将軍ならば、本当に用事があればちゃんと声をかけるだろう。

 お菓子を出して、紅茶も出して、食器類も出して。

(・・・あれ?今日はいつもの質問がないな)

 全て出し終えたタイミングで、アリシアは気付いた。仕事の話をしていても、毎回途中でアリシアに声をかけてくるのだが。
 不思議に思ってハルシュタイン将軍をチラリと見やると、再びバッチリと目が合う。

「・・・あの、どうかなさいました?」

 今度はじっと見てくるので、アリシアは声をかけた。同時に初対面の日を思い出す。あの時も給仕が終わった後に見つめられたな、と若干懐かしく思う。身だしなみの確認はもうしないが。

「・・・いや?」

 ハルシュタイン将軍はそう言うだけで、アリシアから目を離さない。困惑していると、向かいに座るリーネルト将軍がため息をついた。

「いや?じゃないだろ、クラウス。今日はどうした」
「何がだ」
「・・・・・・」

 半目になって呆れた顔をするリーネルト将軍に、ようやくハルシュタイン将軍は視線を戻した。

「・・・何だよその顔は」
「お前がさせてるんだ」
「なんで」
「・・・自覚がないのか?レッツェル、すまないな。構わなくて良いぞ」

 リーネルト将軍に言われ、それでも戸惑っていたアリシアは一度ハルシュタイン将軍を見る。彼は怪訝な顔でリーネルト将軍を見ていて、特にアリシアに用はなさそうだ。

「・・・ありがとうございます。では不足がなければこれで。何かあればお声がけください」

 アリシアは礼をして壁際に下がる。少し経ってからチラリと彼らへ視線を向ける。会話を続けているハルシュタイン将軍はリーネルト将軍へ目を向けていたので、ホッと胸撫で下ろした。

(リーネルト将軍のお陰で助かった。何だったんだろう?)

 今日は最初から様子がおかしかったように思う。しかし昨日の手紙の返信は、メインもカモフラージュもいつも通りだった。

(全く心当たりもないし・・・)

 最近はハルシュタイン将軍の性格も把握してきたので、多少突飛なことをされても、何となくその裏の考えを把握できていた。しかし今日は全くもって分からない。

 はて?とアリシアは内心首を傾げた。
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