落月後宮溺愛譚~救国の兎、皇帝陛下の寵妃となる~

あかね真凛

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17 役者は揃った

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「月をお戻しできる伝説の仙女が現れたそうだ!」
「これで国も安泰だろうて」
「陛下の寵愛も厚く、目に入れても痛くないほど愛おしまれているようだ」
「御子を授かる日も遠くはなかろうて」
「いったいどれほど貴きお方なのか……」


「月鈴様ぁ、耳を塞いでも噂話は消えませんよお?」
「だからって、平然と聞き流せる度胸なんて、私にはありません!」

 人の噂は早い。
 それは知っているけれど、瞬く間に宮殿を二周三周する頃には、護り兎から伝説の仙女にまで話が飛躍していた。
 兎とはいえ、跳び跳ね過ぎだし盛り過ぎだ。
 仙女と聞いて人々が想像するのは、この世のものならぬ絶世の美女だ。
 ため息ひとつで国を傾け、指先ひとつで宇宙を回す。
 皇帝陛下の信頼と寵愛を一身に受ける仙女が、舞と楽で月を呼び戻す儀式を行う。
 そんな噂を聞いて、もう私の頭は許容範囲を超えてしまった。
 
 自慢ではないが、楽も舞も素養はからきしない。
 ただでさえ護り兎と祭り上げられて目が回っているのに、こんな催しのことまで聞いたら、噂だけでぺらぺらになるほど潰れてしまう。
 だから日課の散歩中ですら、耳を強く塞いでいる訳だけど──

「あっ、月鈴様。香貴妃です」

 翠花に小声で耳打ちされて慌てて膝をつく。
 先日初めてお会いした時のように、何人もの侍女を引き連れた香麗様がこちらへ歩いてきた。
 いくつもの衣擦れがざわめいて、私の前でしんと止まる。

「ごきげんよう」
「香麗様にはご機嫌麗しく」

 まだ彼女が立ち去る気配はない。
 そこで、先日庭院で見つけた櫛を思い出した。

「大変お待たせ致しまして申し訳ございません。かの櫛を見つけましたのでお渡しさせて頂きたいのですが」
「……櫛?」
「ええ。玉の嵌め込まれた、兎の意匠の……」
 
 心ここにあらずな声色に、違和感を覚える。
 よもやお忘れなのだろうか。
 あんなに自慢げに話していたのに。
 そう訝しみつつ、懐から櫛を取り出す。
 手巾を開いて掲げれば──ぱん、と乾いた音がして耳が熱くなった。

「泥棒!」

 どろ、ぼう?

「護り兎の証であるわたくしの櫛を盗んで、兎を騙った不届き者め! あやしげな術で陛下まで惑わすとは言語道断!」

 平手打ちされた衝撃で倒れ込んだ私を、武装した女兵がたちまちぐるりと取り囲む。

「この者たちはわたくしの言うことしか聞きませんの。さ、この罪人を連れてお行き」
「なっ……」
「なに言ってるんですか! その櫛は貴方が見つけろって月鈴様に頼んだものでしょう! どんな怖い思いをして、あたしたちが暗い庭院を探したか!」

 言葉を失った私に代わって、翠花が反射的に食ってかかる。

「翠花、待っ」
 
 翠花に香麗様の視線が移る。次の瞬間、翠花の小さな体が張り飛ばされて柱に打ち付けられた。

 低く鋭く、鈍い音。
 呻き声もあげられず倒れ伏した翠花に、私兵が棒を振りかざす。

「やめてッ!」

 打突音と共に、翠花の体が無言で跳ねる。
 頭の中が真っ白になって、夢中で立ち上がる。
 うまく歩けず、転びざまになんとか翠花に覆いかぶさった。
 ひゅっ、と棒が風を切る音。
 直後、肩に、背中に、火がつくような痛みが走る。

「あら、泥棒でも仲間は大事なのね」
「翠花、は……関係ないでしょ」

 悲鳴を聞かれるのも悔しくて、奥歯を噛んで耐える。
 どうにかして首をもたげて見上げれば、まなざしひとつ揺らさない香麗様は私を見下ろしていた。
 
「なんて生意気な口を利くのかしら。月から降りた伝説の仙女? こんなちっぽけな小娘が? 笑わせないで。わたくしこそが陛下の寵愛にふさわしい月の仙女。だってわたくしこそが──伝説の体現者なのですもの」

 乱れた髪の間で見据える香麗様はあの日と同じように、扇で口元を隠している。
 玉よりも爛々とぎらつく大きな瞳。
 金色に輝くその奥に、縦の三日月が浮かんで目を見張る。
 
 そうだ。櫛を見つけた場所には牌坊があった。

 宇辰様の説明が耳の奥で蘇る。
 
 牌坊は結界。近づく者は阻まれる。
 伝説の真実を知る者の導きなくば近寄れない。

 月を祀る帝。
 月を護る兎。

 そして──月を奪う、金華の猫。

 みゃあお。

 金色の瞳孔が縦に歪む。
 あの櫛を見つけた時「失くされたモノの声」はしなかった。
 すべて仕組まれていたのだと気づいた時には、遅かった。
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