落月後宮溺愛譚~救国の兎、皇帝陛下の寵妃となる~

あかね真凛

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16 重なるぬくもり

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 翠花曰く酷い境遇の当事者たる私を差し置いて、翠花の問わず語りが始まった。
 微に入り細を穿って、私が実家でどのような仕打ちを受けていたかをのべつまくなし宇辰様に語って聞かせている。
 このふたり、気が合うというか、宇辰様がうまく誘導するせいで翠花のお喋りが普段の二倍……いや、二十倍にも加速している。
 この調子でおしゃべりが続いていったら、皇帝陛下に対して無礼な口を利きはしないだろうか。
 びくびくしつつも、自分の過去についての内容に注意が向いてしまって、せっかく用意された食事も味が分からない。

「それで? その義理の妹とやら、月鈴に何を言った」
「…………いくらあたしがお喋り娘でも、ちょっと口にしたくはないことです。汲んでくださいまし」

 私が現実逃避をしている間に、翠花による義母と義妹の悪行告発大会は佳境に差し掛かっていた。
 正直言って思い出したくないことも多い。
 流石に翠花も皆までは言えぬことは理解しているようで、一線は保っていたのだなと見直した。
 それでも、まだ幼かった私が母様を悪し様に言われて腹に据えかね、つい義妹を平手打ちしたくだりになると、宇辰様は「ほう!」と声も高く相槌を打ってこちらを見た。
 ひとり食卓に座り、ひたすら黙々と食事を平らげていた私と目が合う。
 とんだお転婆と見下げただろうか。
 いくら護り兎だなんだと持て囃されたところで、元々高貴なる御方とは縁のない身だ。
 蔑まれたとて痛くも痒くも──ない。
 ただ、一方的に知られてばかりなことに若干の居心地の悪さは否めない。
 どういう表情を作ればいいかわからずも目を逸らさずにいれば、宇辰様は席を立って近づいてきた。

「な、んでしょう。私の過去など聞いたところで面白くもありますまい。お気を害したのならこれにて──」
「兎は寂しいと儚くなるそうだったな」
「え?」

 ふわりと体が浮いた。
 宇辰様に抱き上げられたのだ。
 そのまますたすたと振動にまかせて落ち着いた先は、長椅子に腰を下ろした彼の膝の上。

「うえっ」
「食事に集中させた方が良かろうと思ったが、そんな瞳で見られたのなら話は別だ」

 ぎゅうと腕を回されて、背中にぬくもりを感じる。

「へ、陛下、あのっ……むぐ!」

 口答えしようと振り向いたところに、胡麻団子を押し付けられる。からりと揚がった食欲をそそる香りに、思わず団子を食んだ。

「宇辰と呼べ。美味いか」

 口に団子が入っているので喋れない。
 口を手で覆ったままこくこく頷く。
 見つめられながらなんとか咀嚼すると、次は茶杯が差し出された。朱泥の器の内側は澄んだ白で、中身の色がよく映える。
 両手で受け取って飲み干すと、茶杯はあっけなく取り去られた。
 控えていた翠花が盆を掲げている。
 お喋りなところはあるけれど、やはりこういうところは立派な側仕えなのだ。

「そなたは、どのような茶を好む?」
「好みは……ええと……」

 好むも何も、選ぶ余地などなく生きてきた身だ。
 どのような選択肢があるかすらわからない。
 何と答えたものかわからずに口篭る。
 すると、宇辰様は別の卓から茶壺をいくつか取り寄せた。

「茶とは不可思議なものよ。ひとつの葉から様々な風味を持つものが生まれる。人の手を経て薬ともされるそれらこそ、我が国を成す月の妙薬かもしれんな」

 差し出された茶杯の中には、目を見張るような紅の液体が満ちていた。

「月鈴の目に似ているな」
「そうおっしゃられては……飲みにくいです」

 どこの世界に、自分の目玉と同じ色と言われて、それを飲みたがる者がいるのだ。
 そう言ってやれば、宇辰様は快活に笑った。

「はは、そうか。ではこれは我が飲もう」

 あっさりと茶杯が取り上げられる。止める間もなく、宇辰様はそれを傾けて飲み干した。
 宇辰様の喉仏が上下する。
 美しい見目に似合わず、男性の仕草を見せつけられて頬が熱くなった。
 そうだ、皇帝陛下は男性なのだ。そんな当たり前のことを意識してしまう。
 どきまぎしていると、顔を近づけられた。

「っん」

 重なった唇から液体が流れ込む。
 渋みを感じた気もするけれど、それを飲み下すのに精一杯で、味などわからなかった。

「んー……っ、ぅ」
 
 唇が離される。
 儚くなるぬくもりが名残惜しいと思ってしまったことに戸惑いを隠せず、俯いた。
 なのに、それを追いかけて宇辰様は首を傾けて覗き込んできた。

「美味いか?」
「……よく、わかりません……」

 零れたひと筋を親指で拭われる。
 いとけない子のように扱われることがむず痒い。

「あの……月蝕は収まっておりません。私が護り兎というからには、何か手立てを、策を講じねばならぬのではございませぬか」
「ああ、無論だ。だがな、我は嬉しいのだ」

 ぎゅうと宇辰様の腕が回された、じん、と温もりが伝わって、距離が零になる。
 とくとくと巡る鼓動が、耳にも体にも伝わってくる。

「月を祀る役目は、代々の皇帝が受け継いできた。しかし、月を喪う珍事にまみえた皇帝はそう居らん。伝説の教えを説く者は居れど、この重圧は……少しばかり、堪える」

 弱々しくなる声に、誰にも打ち明けてこなかった若き帝の本音が滲んでいる。

「兎は月よりの使者。この凶事を照らす唯一の光だ。きっと月鈴さえ居ればうまくいく。そう思わせてくれる何かがそなたにはある」

──しばし、我に勇気と休息を与えてくれまいか。愛らしい護り兎の月鈴よ。

 そう、まっすぐな瞳でこいねがうように抱きすくめられては、口答えなどできようもない。

「……陛下」
「名前を」
「ゆ、宇辰様」
「そなたの声は……心地よい」

 ゆるりと顎を撫でられて上を向かされる。
 夜空色の瞳が伏せられるのと同時に、唇が重なった。
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