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02.新たな人生
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一人、森の中を歩きながら、アシスは苦い思いを噛みしめていた。
パーティーを追放されてしまったが、元からこういう関係ではなかった。最初の頃はみんなで助け合い、共に笑い、共に頑張ってきたのだ。
それが、難度の高い討伐がうまくいくにつれて、関係に綻びが出てきた。
はっきりと目に見える活躍をしている彼らとは違い、補助魔術しか使えないアシスはだんだん疎まれていったのだ。
「これからどうしようかな……」
ぼんやりと呟くアシスの耳に、叫び声や金属のぶつかる音が聞こえてきた。
何事かと思ってその方向に向かっていくと、兵士たちが狼たちと戦っているようだった。
彼らの後ろには一人の少女がいて、恐怖に青ざめながらも毅然と立っている。
「姫さまを守れ!」
兵士たちは果敢に狼たちと戦うが、どうやら普通の狼ではないようだ。
この森の中でも危険度の高い、魔狼だろう。ワイバーンにも劣らぬ、強い魔物だ。
兵士たちのほうが押され気味で、すでに倒れている兵士が何人もいる。
それに対し、魔狼たちは多少の傷を負っているだけで、戦闘不能になっている者はいない。
アシスは、魔狼たちに向けて能力低下の魔術を放った。
続いて兵士たちには、能力増強の魔術を放つ。
「な……なんだ、これは!?」
たちまち、戦況は逆転した。
不思議そうにしながらも、兵士たちは魔狼たちを次々と屠っていく。
あっという間に魔狼たちは全員が屍となった。
無事に終わったようでよかったと、アシスはこっそり立ち去ろうとする。
「……お待ちください!」
しかし、守られていた少女がアシスに気づき、呼び止める。
仕方がなくアシスは足を止め、少女の前に姿を現した。
「あなたが、わたくしたちを救ってくださったのですね。心からお礼を申し上げます。本当にありがとうございました」
少女は優雅に膝を折り、礼を述べる。
「いや、俺はちょっと手助けをしたにすぎない。実際に戦ったのは、そこの兵士たちだ。兵士たちを褒めてやるんだな」
「はい、もちろん彼らが立派な働きをしたこと、わたくしは誇りに思いますし、感謝もしております。ですが、あなたの補助魔術という助けがあったからこその結果です」
「所詮は補助魔術、裏方だ。戦ったわけでもない。称えられるようなことじゃない」
パーティーから追放されたときに浴びせられた言葉が脳裏に蘇り、アシスは自嘲気味に呟く。
「いいえ、本来は裏方で支える方々こそ、称えられるべきなのです」
だが、少女は一歩も引かずに微笑んで答える。
少女の胸元を飾る、太陽と月のペンダントが光を浴びて輝いた。
どこぞの王家の紋章だったはずだと、アシスは気づく。
「よく王は太陽だと言われるが、そうではなく、王は月なのだ。民という太陽があってこそ輝けるのだと、わたくしはよく言い聞かされてまいりました。食べるもの、着るものひとつ取っても、それを作る人、運ぶ人、様々な人たちに支えられているのだと」
少女は凛と立ちながら、優しい声で語る。
「戦ったわけではないとあなたはおっしゃいましたが、そうではないと思います。直接戦う者だけではなく、情報をもたらす者、補給を行う者、さまざまな役割で成り立っていて、それぞれに戦っているのです。あなたも、立派に戦ってくださいました」
少女の言葉が、アシスの心に染みこんでいく。
実は元パーティーメンバーたちの言葉によって思った以上に傷ついていたのだと、今更ながらに気づかされた。
その傷が、少女によって優しく癒されていった。
そして、アシスは思い出す。
とある王家では正妃の娘であり正当な世継ぎである王女から、愛妾の息子である王子がその座を奪おうと画策しているという話を。
王子にはろくな噂がなく、己こそが唯一無二の太陽だとうそぶいているということも。
こんなところにいたのも、王子の陰謀ではないだろうか。
「そもそも、これほど広範囲に渡り、しかも短時間で能力低下に能力増強の魔術を使うなど、聞いたことがありません。こういった補助魔術は、基本的には一度に一人ずつにしか使えないものと聞いております。準備に時間をかければ、もっと多くの人数にもかけられるそうですが」
「……え? 宮廷魔術師ともなれば大軍勢に能力増強をかけると……パーティーにしかかけられないお前はショボいとよく言われていたのに……」
「大軍勢にかけるともなれば、宮廷魔術師全員で一か月以上前から儀式を行うものです。それでも、今のあなたが使った魔術の十分の一の効果もないでしょう。あなたは、ご自分の凄さをまったくご存知ではないようですね……」
少女はやや呆れた様子だった。
「もし……もしよろしければ……わたくしたちに力を貸しては頂けませんか? 今は手持ちがありませんが、必ず……」
「いいよ」
少女が言い切る前に、アシスは頷いた。
理性は厄介ごとだと警鐘を鳴らしていたが、心は少女を手助けしてやりたいと強く訴えている。
パーティーメンバーによって傷つけられた心を、彼女は救ってくれた。
しかも、アシスのことが必要だというのだ。ならば、応えるしかない。
彼女の元でなら、アシスも輝けるかもしれないという期待もあった。
もう、アシスの頭から元パーティーに対する思いは消え失せていた。
「あ……ありがとうございます……! わたくしの名はプリンシア。サンムーン王国の第一王女で……」
嬉しそうに顔を輝かせ、少女は語り始める。
こうして、アシスは新たな人生を歩み始めることとなったのだった。
パーティーを追放されてしまったが、元からこういう関係ではなかった。最初の頃はみんなで助け合い、共に笑い、共に頑張ってきたのだ。
それが、難度の高い討伐がうまくいくにつれて、関係に綻びが出てきた。
はっきりと目に見える活躍をしている彼らとは違い、補助魔術しか使えないアシスはだんだん疎まれていったのだ。
「これからどうしようかな……」
ぼんやりと呟くアシスの耳に、叫び声や金属のぶつかる音が聞こえてきた。
何事かと思ってその方向に向かっていくと、兵士たちが狼たちと戦っているようだった。
彼らの後ろには一人の少女がいて、恐怖に青ざめながらも毅然と立っている。
「姫さまを守れ!」
兵士たちは果敢に狼たちと戦うが、どうやら普通の狼ではないようだ。
この森の中でも危険度の高い、魔狼だろう。ワイバーンにも劣らぬ、強い魔物だ。
兵士たちのほうが押され気味で、すでに倒れている兵士が何人もいる。
それに対し、魔狼たちは多少の傷を負っているだけで、戦闘不能になっている者はいない。
アシスは、魔狼たちに向けて能力低下の魔術を放った。
続いて兵士たちには、能力増強の魔術を放つ。
「な……なんだ、これは!?」
たちまち、戦況は逆転した。
不思議そうにしながらも、兵士たちは魔狼たちを次々と屠っていく。
あっという間に魔狼たちは全員が屍となった。
無事に終わったようでよかったと、アシスはこっそり立ち去ろうとする。
「……お待ちください!」
しかし、守られていた少女がアシスに気づき、呼び止める。
仕方がなくアシスは足を止め、少女の前に姿を現した。
「あなたが、わたくしたちを救ってくださったのですね。心からお礼を申し上げます。本当にありがとうございました」
少女は優雅に膝を折り、礼を述べる。
「いや、俺はちょっと手助けをしたにすぎない。実際に戦ったのは、そこの兵士たちだ。兵士たちを褒めてやるんだな」
「はい、もちろん彼らが立派な働きをしたこと、わたくしは誇りに思いますし、感謝もしております。ですが、あなたの補助魔術という助けがあったからこその結果です」
「所詮は補助魔術、裏方だ。戦ったわけでもない。称えられるようなことじゃない」
パーティーから追放されたときに浴びせられた言葉が脳裏に蘇り、アシスは自嘲気味に呟く。
「いいえ、本来は裏方で支える方々こそ、称えられるべきなのです」
だが、少女は一歩も引かずに微笑んで答える。
少女の胸元を飾る、太陽と月のペンダントが光を浴びて輝いた。
どこぞの王家の紋章だったはずだと、アシスは気づく。
「よく王は太陽だと言われるが、そうではなく、王は月なのだ。民という太陽があってこそ輝けるのだと、わたくしはよく言い聞かされてまいりました。食べるもの、着るものひとつ取っても、それを作る人、運ぶ人、様々な人たちに支えられているのだと」
少女は凛と立ちながら、優しい声で語る。
「戦ったわけではないとあなたはおっしゃいましたが、そうではないと思います。直接戦う者だけではなく、情報をもたらす者、補給を行う者、さまざまな役割で成り立っていて、それぞれに戦っているのです。あなたも、立派に戦ってくださいました」
少女の言葉が、アシスの心に染みこんでいく。
実は元パーティーメンバーたちの言葉によって思った以上に傷ついていたのだと、今更ながらに気づかされた。
その傷が、少女によって優しく癒されていった。
そして、アシスは思い出す。
とある王家では正妃の娘であり正当な世継ぎである王女から、愛妾の息子である王子がその座を奪おうと画策しているという話を。
王子にはろくな噂がなく、己こそが唯一無二の太陽だとうそぶいているということも。
こんなところにいたのも、王子の陰謀ではないだろうか。
「そもそも、これほど広範囲に渡り、しかも短時間で能力低下に能力増強の魔術を使うなど、聞いたことがありません。こういった補助魔術は、基本的には一度に一人ずつにしか使えないものと聞いております。準備に時間をかければ、もっと多くの人数にもかけられるそうですが」
「……え? 宮廷魔術師ともなれば大軍勢に能力増強をかけると……パーティーにしかかけられないお前はショボいとよく言われていたのに……」
「大軍勢にかけるともなれば、宮廷魔術師全員で一か月以上前から儀式を行うものです。それでも、今のあなたが使った魔術の十分の一の効果もないでしょう。あなたは、ご自分の凄さをまったくご存知ではないようですね……」
少女はやや呆れた様子だった。
「もし……もしよろしければ……わたくしたちに力を貸しては頂けませんか? 今は手持ちがありませんが、必ず……」
「いいよ」
少女が言い切る前に、アシスは頷いた。
理性は厄介ごとだと警鐘を鳴らしていたが、心は少女を手助けしてやりたいと強く訴えている。
パーティーメンバーによって傷つけられた心を、彼女は救ってくれた。
しかも、アシスのことが必要だというのだ。ならば、応えるしかない。
彼女の元でなら、アシスも輝けるかもしれないという期待もあった。
もう、アシスの頭から元パーティーに対する思いは消え失せていた。
「あ……ありがとうございます……! わたくしの名はプリンシア。サンムーン王国の第一王女で……」
嬉しそうに顔を輝かせ、少女は語り始める。
こうして、アシスは新たな人生を歩み始めることとなったのだった。
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