32 / 41
32.アイリスの激情
しおりを挟む
パァン、と乾いた音が森に響き渡る。
アイリスがレオナルドの頬を、平手で打ったのだ。
それまで虚ろだったレオナルドの瞳に生気が戻り、唖然とした顔でアイリスを見つめてくる。
「……バカじゃありませんの!?」
激情のまま、アイリスは叫ぶ。
言いたいことは色々とあったが、一言で集約するとそれに尽きる。
「私も大概間抜けですけれどね、レオナルドさまほどじゃありませんわ! バカ! 身勝手! 独りよがり! 自分に酔うのもいい加減になさいませ!」
アイリスはレオナルドの首元を両手でつかみ、罵る。相手は王太子なのだが、不敬といった概念は頭から消え失せていた。
レオナルドはぽかんと口を開けながら、呆然としている。
「私の気持ちはどうなりますの!? あなたは愛する女に殺されて満足かもしれませんけれどね、愛する男を殺した側のことなんて考えもしていないのでしょうね!」
「ゆ……揺らすな……」
激昂して手に力が入るアイリスの前で、レオナルドはか細い悲鳴を漏らす。
レオナルドの顔色がますます悪くなっていくが、それも頭に血が上ったアイリスにはよくわからない。
「そもそも、お姉さまのことだって、本当に悪いのは斬りかかるように仕向けた側でしょう! 知っていれば、私だってレオナルドさまの命を狙うようなことはしませんでしたわ! どうしてもっと早く教えてくれませんでしたの!?」
姉ジゼルを直接手にかけたのは事実だろうが、理由が理由だ。むしろ、最悪の末路から救ったとも言える。
完全な無罪とは言えないかもしれないが、アイリスにとっては先ほどの平手で、ひとまず許せた。
「共に生きたいという未練? 上等じゃありませんの。未練を残さないように関係を深めようとしなかったというのなら、もっと未練を作ってしまいましょう!」
アイリスはそう言い放つと、自らのドレスに手をかけた。
ここが屋外であろうと、どのような状況であろうと、関係ない。抑えきれない激しい感情が、アイリスを突き動かす。
だが、勢いよく脱ぎ捨てていこうとしたところで、レオナルドの手に阻まれる。まるで最後の力を振り絞ったかのような、素早く切実な動きだった。
「ま……待て……今は無理……」
「今は、ということは、後ならよいのですね」
ドレスを脱ごうとするのを止め、アイリスは大きく息を吐き出す。
苦しそうなレオナルドは、青ざめた顔色とは裏腹に、瞳にはっきりとした感情が映し出されている。
驚愕と怯えの入り混じった濃い青色の瞳を見ていると、アイリスの熱情が急速に冷えていく。
アイリスはレオナルドの首元から、力なく手をはずす。
「……お姉さまの本当の仇は、レオナルドさまではありません。手にかけたことを悔やんでいるのなら、自分のせいだと終わらせず、本当に必要なことから目をそらさないでください。私のために……生きてください」
「アイリス……」
どちらからともなく二人の顔が近付いていき、唇が重ねられる。
いっとき、今の状況も場所も全てが忘れ去られた。柔らかい感触と、燃えるような熱さだけが、アイリスを支配する。
心が満たされていくはずなのに、どこかが欠けているように埋まりきらず、苦しい。
アイリスの頬を、涙が伝っていく。
その涙がレオナルドを濡らす頃、不意にレオナルドが唇を離した。そして、ぐらりと体を傾かせる。
「レオナルドさま……?」
己にもたれかかるレオナルドを、アイリスは愕然としながら支える。
名を呼ぶが、答えはない。
すでに意識を失っていることに気付き、アイリスは血の気が引いていく。
「レオナルドさま! しっかりして! そ……そうだわ、解毒薬……解毒薬を探さないと……」
今まで自分はいったい何をやっていたのだと、激しい後悔がアイリスを襲う。
レオナルドが毒に侵されていることは、わかっていたではないか。
悠長に話などせず、まずは解毒薬を探すべきだったのだ。
己の不甲斐なさに涙を流しながら、アイリスはレオナルドを木にもたれかけさせると、歯を食いしばって立ち上がる。
「今すぐ、解毒薬を見つけてきますわ……!」
せっかく真実が明らかになり、心が通じ合ったというのに、このままレオナルドを死なせるわけにはいかない。
まずは毒を使用した張本人である御者の死体を調べようと、アイリスは振り返る。
「え……?」
すると、振り向いた先には人影があったのだ。
少し離れた場所に、一人立っている姿がある。
いったいいつからいたのかも、わからない。アイリスは何も気付かなかった。
だが、それよりも、何故この場にいるのかわからない人物なのだ。アイリスは己の目が信じられず、唖然として立ち尽くす。
「……王太子殿下は、放っておけば命尽きそうだなあ」
まるで世間話でもするかのような、緊張感のない口調だった。
その声も、アイリスの知る人そのものの声だ。
アイリスはまるで自室にいるような錯覚すら覚える。それも、王太子宮に与えられた豪華な部屋ではなく、ここ数年を過ごしてきた部屋だ。
「お義父さま……?」
かすれた声が、アイリスの口からこぼれる。
そこにいたのは、アイリスの義父であるヘイズ子爵だったのだ。
アイリスがレオナルドの頬を、平手で打ったのだ。
それまで虚ろだったレオナルドの瞳に生気が戻り、唖然とした顔でアイリスを見つめてくる。
「……バカじゃありませんの!?」
激情のまま、アイリスは叫ぶ。
言いたいことは色々とあったが、一言で集約するとそれに尽きる。
「私も大概間抜けですけれどね、レオナルドさまほどじゃありませんわ! バカ! 身勝手! 独りよがり! 自分に酔うのもいい加減になさいませ!」
アイリスはレオナルドの首元を両手でつかみ、罵る。相手は王太子なのだが、不敬といった概念は頭から消え失せていた。
レオナルドはぽかんと口を開けながら、呆然としている。
「私の気持ちはどうなりますの!? あなたは愛する女に殺されて満足かもしれませんけれどね、愛する男を殺した側のことなんて考えもしていないのでしょうね!」
「ゆ……揺らすな……」
激昂して手に力が入るアイリスの前で、レオナルドはか細い悲鳴を漏らす。
レオナルドの顔色がますます悪くなっていくが、それも頭に血が上ったアイリスにはよくわからない。
「そもそも、お姉さまのことだって、本当に悪いのは斬りかかるように仕向けた側でしょう! 知っていれば、私だってレオナルドさまの命を狙うようなことはしませんでしたわ! どうしてもっと早く教えてくれませんでしたの!?」
姉ジゼルを直接手にかけたのは事実だろうが、理由が理由だ。むしろ、最悪の末路から救ったとも言える。
完全な無罪とは言えないかもしれないが、アイリスにとっては先ほどの平手で、ひとまず許せた。
「共に生きたいという未練? 上等じゃありませんの。未練を残さないように関係を深めようとしなかったというのなら、もっと未練を作ってしまいましょう!」
アイリスはそう言い放つと、自らのドレスに手をかけた。
ここが屋外であろうと、どのような状況であろうと、関係ない。抑えきれない激しい感情が、アイリスを突き動かす。
だが、勢いよく脱ぎ捨てていこうとしたところで、レオナルドの手に阻まれる。まるで最後の力を振り絞ったかのような、素早く切実な動きだった。
「ま……待て……今は無理……」
「今は、ということは、後ならよいのですね」
ドレスを脱ごうとするのを止め、アイリスは大きく息を吐き出す。
苦しそうなレオナルドは、青ざめた顔色とは裏腹に、瞳にはっきりとした感情が映し出されている。
驚愕と怯えの入り混じった濃い青色の瞳を見ていると、アイリスの熱情が急速に冷えていく。
アイリスはレオナルドの首元から、力なく手をはずす。
「……お姉さまの本当の仇は、レオナルドさまではありません。手にかけたことを悔やんでいるのなら、自分のせいだと終わらせず、本当に必要なことから目をそらさないでください。私のために……生きてください」
「アイリス……」
どちらからともなく二人の顔が近付いていき、唇が重ねられる。
いっとき、今の状況も場所も全てが忘れ去られた。柔らかい感触と、燃えるような熱さだけが、アイリスを支配する。
心が満たされていくはずなのに、どこかが欠けているように埋まりきらず、苦しい。
アイリスの頬を、涙が伝っていく。
その涙がレオナルドを濡らす頃、不意にレオナルドが唇を離した。そして、ぐらりと体を傾かせる。
「レオナルドさま……?」
己にもたれかかるレオナルドを、アイリスは愕然としながら支える。
名を呼ぶが、答えはない。
すでに意識を失っていることに気付き、アイリスは血の気が引いていく。
「レオナルドさま! しっかりして! そ……そうだわ、解毒薬……解毒薬を探さないと……」
今まで自分はいったい何をやっていたのだと、激しい後悔がアイリスを襲う。
レオナルドが毒に侵されていることは、わかっていたではないか。
悠長に話などせず、まずは解毒薬を探すべきだったのだ。
己の不甲斐なさに涙を流しながら、アイリスはレオナルドを木にもたれかけさせると、歯を食いしばって立ち上がる。
「今すぐ、解毒薬を見つけてきますわ……!」
せっかく真実が明らかになり、心が通じ合ったというのに、このままレオナルドを死なせるわけにはいかない。
まずは毒を使用した張本人である御者の死体を調べようと、アイリスは振り返る。
「え……?」
すると、振り向いた先には人影があったのだ。
少し離れた場所に、一人立っている姿がある。
いったいいつからいたのかも、わからない。アイリスは何も気付かなかった。
だが、それよりも、何故この場にいるのかわからない人物なのだ。アイリスは己の目が信じられず、唖然として立ち尽くす。
「……王太子殿下は、放っておけば命尽きそうだなあ」
まるで世間話でもするかのような、緊張感のない口調だった。
その声も、アイリスの知る人そのものの声だ。
アイリスはまるで自室にいるような錯覚すら覚える。それも、王太子宮に与えられた豪華な部屋ではなく、ここ数年を過ごしてきた部屋だ。
「お義父さま……?」
かすれた声が、アイリスの口からこぼれる。
そこにいたのは、アイリスの義父であるヘイズ子爵だったのだ。
4
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。
香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。
皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。
さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。
しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。
それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
気配消し令嬢の失敗
かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。
15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。
※王子は曾祖母コンです。
※ユリアは悪役令嬢ではありません。
※タグを少し修正しました。
初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン
【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!
美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』
そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。
目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。
なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。
元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。
ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。
いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。
なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。
このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。
悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。
ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――
【完結】二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました
三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。
優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。
優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。
そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。
絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。
そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
〘完結〛ずっと引きこもってた悪役令嬢が出てきた
桜井ことり
恋愛
そもそものはじまりは、
婚約破棄から逃げてきた悪役令嬢が
部屋に閉じこもってしまう話からです。
自分と向き合った悪役令嬢は聖女(優しさの理想)として生まれ変わります。
※爽快恋愛コメディで、本来ならそうはならない描写もあります。
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件
水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」
結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。
出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。
愛を期待されないのなら、失望させることもない。
契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。
ただ「役に立ちたい」という一心だった。
――その瞬間。
冷酷騎士の情緒が崩壊した。
「君は、自分の価値を分かっていない」
開始一分で愛さない宣言は撤回。
無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。
以後、
寝室は強制統合
常時抱っこ移動
一秒ごとに更新される溺愛
妻を傷つける者には容赦なし宣言
甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。
さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――?
自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。
溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる