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34.束の間の幸福
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しばらく歩いて行くと、森のほとりに小屋があった。
庶民の住む家くらいの大きさだ。
ヘイズ子爵はその中に入っていき、アイリスも続く。
中は簡素で、棚やテーブルがあるものの、生活感はない。薬草らしきものが吊るされているので、薬草を採取したときの作業場なのだろうか。
さらに奥へとヘイズ子爵は進み、寝台が一つ置かれただけのがらんとした部屋にたどり着く。
ヘイズ子爵は寝台にレオナルドを降ろすと、己の肩をさすった。
「ふう……やっと楽になった。どれ、状態は……じきに目を覚ましそうだな。薬湯を準備してくるから、アイリスは王太子殿下の側についていろ」
レオナルドの様子を確かめると、ヘイズ子爵は部屋を出ていった。
残されたアイリスは、寝台に近寄ってレオナルドの顔を覗き込む。
整った顔に苦悶の色はうかがえず、ただ眠っているだけに見える。
「レオナルドさま……」
そっとレオナルドの頬に手を伸ばすと、彼はぴくりと動いた。そのまま、ゆっくりと瞼が開かれていく。
意識が戻ったようだ。固唾をのみながら、アイリスは見守る。
「……アイリス? ここは……私は確か毒に……」
ぼんやりとした焦点の定まらない眼差しを向けながら、レオナルドが呟く。
アイリスは安心させるように微笑みかけた。
「レオナルドさま、ひとまず大丈夫ですわ。毒も解毒薬を飲んだので、問題ないはずですわ」
「解毒薬……そうか……そうだったな……アイリスを悲しませてしまったのだったな……」
だんだんと思い出してきたようで、レオナルドの瞳に悔恨の色が宿る。
「……私が愚かだった。自分の苦しみから逃れることしか考えていなかった。情けないことだ。ジゼルへの償いは、ジゼルの妹に殺されることだと思っていたが……独りよがりだったな」
苦しそうに呟くレオナルドだが、その表情には清々しさもあった。
思い直してくれたようで、アイリスは心の底から安堵する。
「そうですわよ。お姉さまだって、レオナルドさまが私に殺されて喜ぶとは思えませんわ。本当に悪いのは、操った側ですもの」
アイリスが力づけようとすると、レオナルドはかすかに微笑んだ。
レオナルドはゆっくりと上半身を起こすと、アイリスをまっすぐ見つめてくる。
「……アイリス。これからも、私と共に歩んでくれるか?」
「ええ、もちろんですわ」
迷うことなく、アイリスは頷く。
まだ頭痛は完全に消えていないのだが、かなり頭は晴れやかになってきた。洗脳がほとんど解けてきているのだろう。
レオナルドが真の意味での仇ではないと知った今、もう己の心を偽る必要はない。
これからは本当の恋人として寄り添い、何のためらいもなく二人で共に生きていくことができる。
「……アイリスの強さを、信じることにしよう」
そう囁くと、レオナルドはアイリスの頬に手を伸ばした。
その手に己の手をそっと重ねると、アイリスは目を閉じる。そのまま、二人の唇が重ねられた。
まだ問題は残っているが、これから二人で解決していけばよい。閉ざされていたはずの未来が開かれ、希望が見えてきたのだ。
アイリスは束の間の幸福に酔う。
「……んー、こほん、こほん」
そこに、わざとらしい咳払いが響いた。
びくりとして、アイリスはレオナルドから離れる。
部屋の入口には、湯気の立ち上る薬湯を盆にのせたヘイズ子爵が立っていた。
「……ヘイズ子爵か。気が利かないな。もう少し待っているべきだろう」
「この状況で、よくそのように悠長なことがおっしゃれるもので。娘に、とんでもなく悪い虫がついたようだ」
平然と嫌味を呟くヘイズ子爵の姿に、アイリスは驚きを覚える。
小心者だとばかり思っていたが、本当はそうではなかったらしい。
「安心しろ。アイリスは私が一生大切にし、幸せにする」
レオナルドは堂々とそう言い放った。
率直な言葉はアイリスにとっては嬉しいものだったが、義父はどういう反応をするのだろうか。はらはらしながらアイリスは見守る。
しかし、予想に反してヘイズ子爵は神妙な顔で考え込み、やがて静かに頷いた。
「……生きる決意をしたということで、よろしいですか?」
「ああ、もう死の誘惑には負けない。もっと魅力的な誘惑があるからな」
目を細めながら、レオナルドはアイリスを見つめる。
その目が本当に愛おしいものを見つめる温かみにあふれていて、アイリスは思わず頬が熱くなっていく。
問いかけたヘイズ子爵は、一瞬だけ舌打ちしかねないような表情を浮かべたが、すぐに打ち消す。
「……とりあえずは承知いたしました」
ヘイズ子爵は、何かを押し殺したような声を吐き出す。
「ところで、ヘイズ子爵は薬師で合っているか?」
「そのとおりです」
「ということは、かつての事件のことも」
「そうですね」
「ちょっ……どういうことですの……?」
二人だけで通じ合うレオナルドとヘイズ子爵の会話に、アイリスは口をはさむ。
何のことを話しているのか、さっぱりわからない。
するとレオナルドはアイリスに視線を向け、真剣な表情を浮かべた。
「これから説明しよう。ジゼルに薬を盛ったのは、フォーサイス侯爵だとは話したな。その理由についてだ」
静かな声に、アイリスは息をのむ。
とうとう真実を知ることができるのか。アイリスは拳をぎゅっと握り締めながら、続きを待った。
庶民の住む家くらいの大きさだ。
ヘイズ子爵はその中に入っていき、アイリスも続く。
中は簡素で、棚やテーブルがあるものの、生活感はない。薬草らしきものが吊るされているので、薬草を採取したときの作業場なのだろうか。
さらに奥へとヘイズ子爵は進み、寝台が一つ置かれただけのがらんとした部屋にたどり着く。
ヘイズ子爵は寝台にレオナルドを降ろすと、己の肩をさすった。
「ふう……やっと楽になった。どれ、状態は……じきに目を覚ましそうだな。薬湯を準備してくるから、アイリスは王太子殿下の側についていろ」
レオナルドの様子を確かめると、ヘイズ子爵は部屋を出ていった。
残されたアイリスは、寝台に近寄ってレオナルドの顔を覗き込む。
整った顔に苦悶の色はうかがえず、ただ眠っているだけに見える。
「レオナルドさま……」
そっとレオナルドの頬に手を伸ばすと、彼はぴくりと動いた。そのまま、ゆっくりと瞼が開かれていく。
意識が戻ったようだ。固唾をのみながら、アイリスは見守る。
「……アイリス? ここは……私は確か毒に……」
ぼんやりとした焦点の定まらない眼差しを向けながら、レオナルドが呟く。
アイリスは安心させるように微笑みかけた。
「レオナルドさま、ひとまず大丈夫ですわ。毒も解毒薬を飲んだので、問題ないはずですわ」
「解毒薬……そうか……そうだったな……アイリスを悲しませてしまったのだったな……」
だんだんと思い出してきたようで、レオナルドの瞳に悔恨の色が宿る。
「……私が愚かだった。自分の苦しみから逃れることしか考えていなかった。情けないことだ。ジゼルへの償いは、ジゼルの妹に殺されることだと思っていたが……独りよがりだったな」
苦しそうに呟くレオナルドだが、その表情には清々しさもあった。
思い直してくれたようで、アイリスは心の底から安堵する。
「そうですわよ。お姉さまだって、レオナルドさまが私に殺されて喜ぶとは思えませんわ。本当に悪いのは、操った側ですもの」
アイリスが力づけようとすると、レオナルドはかすかに微笑んだ。
レオナルドはゆっくりと上半身を起こすと、アイリスをまっすぐ見つめてくる。
「……アイリス。これからも、私と共に歩んでくれるか?」
「ええ、もちろんですわ」
迷うことなく、アイリスは頷く。
まだ頭痛は完全に消えていないのだが、かなり頭は晴れやかになってきた。洗脳がほとんど解けてきているのだろう。
レオナルドが真の意味での仇ではないと知った今、もう己の心を偽る必要はない。
これからは本当の恋人として寄り添い、何のためらいもなく二人で共に生きていくことができる。
「……アイリスの強さを、信じることにしよう」
そう囁くと、レオナルドはアイリスの頬に手を伸ばした。
その手に己の手をそっと重ねると、アイリスは目を閉じる。そのまま、二人の唇が重ねられた。
まだ問題は残っているが、これから二人で解決していけばよい。閉ざされていたはずの未来が開かれ、希望が見えてきたのだ。
アイリスは束の間の幸福に酔う。
「……んー、こほん、こほん」
そこに、わざとらしい咳払いが響いた。
びくりとして、アイリスはレオナルドから離れる。
部屋の入口には、湯気の立ち上る薬湯を盆にのせたヘイズ子爵が立っていた。
「……ヘイズ子爵か。気が利かないな。もう少し待っているべきだろう」
「この状況で、よくそのように悠長なことがおっしゃれるもので。娘に、とんでもなく悪い虫がついたようだ」
平然と嫌味を呟くヘイズ子爵の姿に、アイリスは驚きを覚える。
小心者だとばかり思っていたが、本当はそうではなかったらしい。
「安心しろ。アイリスは私が一生大切にし、幸せにする」
レオナルドは堂々とそう言い放った。
率直な言葉はアイリスにとっては嬉しいものだったが、義父はどういう反応をするのだろうか。はらはらしながらアイリスは見守る。
しかし、予想に反してヘイズ子爵は神妙な顔で考え込み、やがて静かに頷いた。
「……生きる決意をしたということで、よろしいですか?」
「ああ、もう死の誘惑には負けない。もっと魅力的な誘惑があるからな」
目を細めながら、レオナルドはアイリスを見つめる。
その目が本当に愛おしいものを見つめる温かみにあふれていて、アイリスは思わず頬が熱くなっていく。
問いかけたヘイズ子爵は、一瞬だけ舌打ちしかねないような表情を浮かべたが、すぐに打ち消す。
「……とりあえずは承知いたしました」
ヘイズ子爵は、何かを押し殺したような声を吐き出す。
「ところで、ヘイズ子爵は薬師で合っているか?」
「そのとおりです」
「ということは、かつての事件のことも」
「そうですね」
「ちょっ……どういうことですの……?」
二人だけで通じ合うレオナルドとヘイズ子爵の会話に、アイリスは口をはさむ。
何のことを話しているのか、さっぱりわからない。
するとレオナルドはアイリスに視線を向け、真剣な表情を浮かべた。
「これから説明しよう。ジゼルに薬を盛ったのは、フォーサイス侯爵だとは話したな。その理由についてだ」
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