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25.覚醒

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「遠路はるばるお越しになったので、数日程度は滞在してお休みになっていくとよろしいでしょう。ですが、こうも筋を通さず、身勝手な言い分を承ることはできません。疲れが取れたら、どうぞお帰りください」

 まさかコーデリアが反抗するとは、かけらも思っていなかったようだ。キャンベル伯爵とイライザは、しばし唖然としていたが、ややあって怒りの形相を浮かべた。

「なっ……何様のつもりだ……! お前はただ従っていればいいんだ!」

「頭がおかしくなってしまったのかしら? 不細工で無能のお姉さまは、私たちに尽くすことでようやく価値が得られるのよ。何を勘違いしているのかしら……!」

 二人の罵声を聞き、コーデリアは顔を上げたまま、微笑む。

「お休みになる気もないのでしたら、どうぞお引き取り下さい」

 穏やかに、しかしはっきりとコーデリアは二人を拒絶する。
 もはや二人の言葉など、意味のない鳴き声にしか思えない。まともに相手をしたところで、無駄だ。

「この……思い上がった身の程知らずが……! 魔力なしの出来損ないの分際で……少し思い知らせてやる……!」

 憎悪をたぎらせたキャンベル伯爵が、魔力を手に集め始めた。たちまち、彼の手が魔力の炎に覆われていく。
 火球の魔術だ。当たれば、火傷を負うだろう。
 前世のリアであれば、軽くあしらえる程度の力量でしかないが、今のコーデリアにとっては対抗する術はない。

「安心しろ、死ぬほどではない。もともと醜いお前が、さらに少しばかり醜くなったところで、さほど変わらないだろう。慈悲に感謝しろ」

 嘲りの笑みを浮かべながら、キャンベル伯爵は火球を放つ。
 魔術で防ぐことはできないので、よけるしかない。コーデリアは、火球の動きを見極めようとする。

「奥方さま!」

 だが、そこに突風が吹いた。
 コーデリアの後ろから、キャンベル伯爵に向かって巻き起こった風により、火球の威力が弱まっていく。
 明らかに魔力の風だ。
 吹き飛ばされそうになるコーデリアの前に、ジェナとミミが割り込んできた。すると、風の発生位置が彼女たちの前に変わる。

「ジェナ、ミミ……」

 呆然としながら、コーデリアは火球が消えていくのを見つめる。
 ジェナとミミが魔力の風により、火球を消滅させたのだ。
 彼女たちは熱心に訓練していたが、これだけのことができるようになっていたのかと、コーデリアは感慨深い。

「なっ……なんだ、今のは!? 平民のメイドごときが魔術だと!?」

 キャンベル伯爵が驚愕の叫びを上げる。
 眺めていたイライザも、唖然として立ち尽くすだけだ。

「奥方さま、大丈夫ですか!?」

「……ありがとう、大丈夫よ」

 コーデリアは微笑んで二人に答える。
 まさかキャンベル伯爵が、いちおうは娘であるコーデリアに対して、火球まで使ってくるとは思わなかった。
 見通しが甘かったと、コーデリアは悔やむ。

「……イライザ、手を貸せ。生意気な平民どもと、愚か者に思い知らせてやるのだ」

「は……はい……!」

 案の定、キャンベル伯爵は諦めなかったらしい。
 今度はイライザと二人で、より強力な炎の嵐を編み上げていく。

「お……奥方さま……」

 炎が一面の壁のように燃え上がるのを見て、ジェナとミミは震え出した。魔術を使えるような余裕はないようだ。
 戦闘経験のない二人では、仕方が無いだろう。
 先ほどの火球を防ぎ、コーデリアの前に割り込んでかばったことも、素晴らしい勇気だったのだ。それ以上を求めるのは、酷だろう。

 キャンベル伯爵はすっかり頭に血が上り、少しこらしめる程度の威力ではなくなっている。
 このままでは、三人とも黒焦げになってしまう。

「お待ちください! お詫びいたします! せめて、どうか私だけに……」

「今さら遅い! 悔やんでいろ!」

 身を投げ出して哀願しようとするコーデリアを遮り、キャンベル伯爵は魔術を放つ。
 震えて動けないジェナとミミをかばおうと、コーデリアは二人の前に立ちはだかった。
 炎の嵐がコーデリアに迫ってくる。熱気を感じながら、コーデリアは既視感を覚えていた。

「ああ……そうだった、あのときも……」

 前世のリアとしての意識が強く出てくる。
 孤児狩りで捕まり、魔力の素質を認められたリアは、手っ取り早く覚醒させるために、魔術を浴びせられたのだ。
 痛めつけられているうちに、気付いたら魔力は発動していた。
 そのときも炎の魔術だったはずだ。
 孤児時代は痛めつけられることなど、よくあることだったので、すっかり忘れていた。

「確か……」

 そのときの感覚を思い起こし、コーデリアは己の魔力に意識を向けた。
 これまで探ってもたどり着けなかった魔力の流れが、今は分かる。
 まるで蓋をされているように、うまく流れていない魔力を突き止めることができた。ここまで分かれば、後は一気に流すだけだ。

 魔力さえ発動すれば、魔術師リアとしての知識と技術が使える。
 コーデリアは集中して、滞っている魔力を全力で押し流して放つ。
 難しい術式や制御を必要としない、単純に大きな魔力を叩き付けて相手の魔術を打ち消す方法だ。
 迫り来る炎の嵐は、一瞬にして消え去った。

「なっ……」

 キャンベル伯爵とイライザが、愕然とした表情で固まる。
 魔力なしのコーデリアが魔術を使ったのだ。それも、一般的な貴族の魔力をはるかに超えているだろう。
 前世のリアよりも、魔力は明らかに高い。コーデリアは、己がかなりの才能を秘めているようだと、どこか他人事のように思う。

「あ……」

 ところが、コーデリアは全身から力が抜けていく。
 滞った魔力を流すのに、かなりの力を使ってしまった。しかも、その流れが完全に止まらず、どんどん魔力が失われていくのだ。
 ここで倒れてしまっては、キャンベル伯爵とイライザが次に何をしてくるか、わかったものではない。

 どうにか踏ん張ろうとするコーデリアだが、流れ行く魔力を止められず、とうとう立っていられなくなってしまう。
 コーデリアは、吸い込まれるように地面に向かっていく。
 目を閉じるコーデリアだが、いつまで経っても衝撃はやってこなかった。代わりに浮揚感に包まれる。
 しかも、魔力の放出が止まったようだ。何があったのかと、コーデリアはおそるおそる目を開けてみる。

「大丈夫か」

 すると、心配そうなクライブの顔が目の前にあった。
 驚愕に包まれながら、コーデリアの心には安堵が広がっていく。もう大丈夫だと、力が抜けていくようだった。
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