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35.前世発覚
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「クライブ……」
コーデリアはふらふらとクライブのもとへと歩いて行き、しがみつく。
この場にクライブがいるはずがない。つまりこれは、コーデリアの願望が見せた幻だろう。
それにしては温もりが感じられるような気もするが、もしかしたら無意識に魔術で作り出した幻覚なのかもしれない。
「養成所が……私のせいで潰されてしまったというの……」
「それは、どういう……」
コーデリアの独白に、返事があった。
最近の幻覚は問い返す機能まであるようだ。話の聞き役としての幻覚が作り出されたらしい。
「私が、魔力は後天的に得られるものだなんて言ってしまったから、余計なことに勘付いた平民がいると、始末されたの。それだけならまだしも、同じことが起こらないようにって、養成所ごと潰されて……」
「……え」
今度の返事は、短い呻きだった。相づちなのだろうか。
「みんなに申し訳ないわ……私を生かしてくれた養成所に、恩を仇で返すなんて……どうすればいいの……? どうすれば、償えるの……?」
答えを期待しない問いかけだった。魔術で作り出した幻覚が、簡単に返せるような内容ではないだろう。
罪を吐き出し、懺悔をしたいだけだ。
「まさか……まさか……先生……?」
震える声が問いかけてくる。
答えは期待しなかったが、かなり高性能な幻覚だ。
「ええ……私は養成所の教師リアだったわ……もしかしたら、生まれ変わってリアの記憶が蘇ったのは、罪を償えということだったのかしら」
「そ……そんな……いつから、記憶が……」
ずいぶんと迫真の声を出す幻覚だ。
だが、問いかけに答えればよいだけで、何も考えずに気が紛れるのはありがたい。
「初夜に愛することはできないって放置された後、思い出したの」
「どうして言ってくれなかったんですか!?」
突然、幻覚が叫んだ。
コーデリアは驚きでびくりと身をすくませる。
「だって……前世の記憶なんて言っても頭がおかしいと思われるかなって……それに、クライブはリアに恨みを持っているようだったし……」
「恨み……?」
「そうよね、養成所のことを潰したんだから、恨みを持っていて当然よね……」
「ちょっ……何を言っているんですか」
目の前の幻覚に、コーデリアはぐらぐらと揺すられる。
コーデリアは何かがおかしいと違和感を抱く。
この幻覚は、本当に幻覚なのだろうか。
「……クライブ?」
「はい」
「本当に、本物のクライブ?」
「そうです」
返ってきた答えに、コーデリアは血の気が引いていく。
目の前にいるのは幻覚ではなく、本物のクライブだったらしい。
「そんな……どうして、ここに……」
「あなたがさらわれたので、取り返しに来ました。さすがに王宮だけあって、結界が幾重にも張り巡らされていたので、気付かれないよう侵入するのに手間取ってしまったのです」
どうやら、クライブはコーデリアを助けに来てくれたらしい。
コーデリアとしてはとても喜ばしいことなのだが、それよりも現状のことが重くのしかかってくる。
「あああああ……!」
奇声を上げながら、コーデリアはクライブから離れると、頭を抱えてうずくまる。
クライブを幻覚だと勘違いして、秘密を暴露してしまったのだ。
穴を掘って地中深く落下したいほど、恥ずかしい。
「先生……?」
クライブの戸惑った声が響く。
まともに顔を上げられず、コーデリアは縮こまる。
しかし、考えようによっては、良かったのかもしれない。
クライブは養成所出身で、一番の出世頭だ。いわば代表者とも言えるだろう。
その相手に、裁きを委ねることができるのだ。
コーデリアが教師リアの生まれ変わりだとわかった今、クライブは恨みを晴らすときだろう。
だが、その前に一つだけ気がかりがある。
「……クライブ、一つだけお願いがあります」
「はい、何でしょう」
「向こうに、前世で飲めずに終わってしまったお酒があります。許されるのなら、それを飲んでから断罪されたいのです。だから、どうか……」
コーデリアは立ち上がり、寝台近くのテーブルを示しながら、クライブに懇願する。
前世の心残りの高級酒を、せめて一口だけでも飲みたかった。
だが、クライブは何も言わずに、コーデリアに近付いてきた。指し示した酒の方向には、見向きもしない。
許されなかったかと、コーデリアは心が沈んでいく。
しかし、仕方が無い。それだけのことはしている。救いなど与えられなくて、当然なのかもしれない。
コーデリアは目を閉じ、裁きを待つ。
ところが、コーデリアはクライブに抱き締められた。どういうことなのかと、コーデリアは戸惑う。
「何を言っているかさっぱりわかりませんが、先生なんですよね。酒なんて、これからいくらでも用意してあげます。それよりも、今は俺が唯一愛し、心を捧げた先生が、俺の妻だったという奇跡を噛みしめさせてください……」
コーデリアを抱き締めるクライブは、震えていた。
感極まった想いが、震える体から伝わってくる。
だが、コーデリアの頭は疑問に覆い尽くされていく。
まるで教師リアが想い人であるかのような言い草だ。クライブの想い人は、フローレス侯爵令嬢ブリジットではなかったのか。
コーデリアはふらふらとクライブのもとへと歩いて行き、しがみつく。
この場にクライブがいるはずがない。つまりこれは、コーデリアの願望が見せた幻だろう。
それにしては温もりが感じられるような気もするが、もしかしたら無意識に魔術で作り出した幻覚なのかもしれない。
「養成所が……私のせいで潰されてしまったというの……」
「それは、どういう……」
コーデリアの独白に、返事があった。
最近の幻覚は問い返す機能まであるようだ。話の聞き役としての幻覚が作り出されたらしい。
「私が、魔力は後天的に得られるものだなんて言ってしまったから、余計なことに勘付いた平民がいると、始末されたの。それだけならまだしも、同じことが起こらないようにって、養成所ごと潰されて……」
「……え」
今度の返事は、短い呻きだった。相づちなのだろうか。
「みんなに申し訳ないわ……私を生かしてくれた養成所に、恩を仇で返すなんて……どうすればいいの……? どうすれば、償えるの……?」
答えを期待しない問いかけだった。魔術で作り出した幻覚が、簡単に返せるような内容ではないだろう。
罪を吐き出し、懺悔をしたいだけだ。
「まさか……まさか……先生……?」
震える声が問いかけてくる。
答えは期待しなかったが、かなり高性能な幻覚だ。
「ええ……私は養成所の教師リアだったわ……もしかしたら、生まれ変わってリアの記憶が蘇ったのは、罪を償えということだったのかしら」
「そ……そんな……いつから、記憶が……」
ずいぶんと迫真の声を出す幻覚だ。
だが、問いかけに答えればよいだけで、何も考えずに気が紛れるのはありがたい。
「初夜に愛することはできないって放置された後、思い出したの」
「どうして言ってくれなかったんですか!?」
突然、幻覚が叫んだ。
コーデリアは驚きでびくりと身をすくませる。
「だって……前世の記憶なんて言っても頭がおかしいと思われるかなって……それに、クライブはリアに恨みを持っているようだったし……」
「恨み……?」
「そうよね、養成所のことを潰したんだから、恨みを持っていて当然よね……」
「ちょっ……何を言っているんですか」
目の前の幻覚に、コーデリアはぐらぐらと揺すられる。
コーデリアは何かがおかしいと違和感を抱く。
この幻覚は、本当に幻覚なのだろうか。
「……クライブ?」
「はい」
「本当に、本物のクライブ?」
「そうです」
返ってきた答えに、コーデリアは血の気が引いていく。
目の前にいるのは幻覚ではなく、本物のクライブだったらしい。
「そんな……どうして、ここに……」
「あなたがさらわれたので、取り返しに来ました。さすがに王宮だけあって、結界が幾重にも張り巡らされていたので、気付かれないよう侵入するのに手間取ってしまったのです」
どうやら、クライブはコーデリアを助けに来てくれたらしい。
コーデリアとしてはとても喜ばしいことなのだが、それよりも現状のことが重くのしかかってくる。
「あああああ……!」
奇声を上げながら、コーデリアはクライブから離れると、頭を抱えてうずくまる。
クライブを幻覚だと勘違いして、秘密を暴露してしまったのだ。
穴を掘って地中深く落下したいほど、恥ずかしい。
「先生……?」
クライブの戸惑った声が響く。
まともに顔を上げられず、コーデリアは縮こまる。
しかし、考えようによっては、良かったのかもしれない。
クライブは養成所出身で、一番の出世頭だ。いわば代表者とも言えるだろう。
その相手に、裁きを委ねることができるのだ。
コーデリアが教師リアの生まれ変わりだとわかった今、クライブは恨みを晴らすときだろう。
だが、その前に一つだけ気がかりがある。
「……クライブ、一つだけお願いがあります」
「はい、何でしょう」
「向こうに、前世で飲めずに終わってしまったお酒があります。許されるのなら、それを飲んでから断罪されたいのです。だから、どうか……」
コーデリアは立ち上がり、寝台近くのテーブルを示しながら、クライブに懇願する。
前世の心残りの高級酒を、せめて一口だけでも飲みたかった。
だが、クライブは何も言わずに、コーデリアに近付いてきた。指し示した酒の方向には、見向きもしない。
許されなかったかと、コーデリアは心が沈んでいく。
しかし、仕方が無い。それだけのことはしている。救いなど与えられなくて、当然なのかもしれない。
コーデリアは目を閉じ、裁きを待つ。
ところが、コーデリアはクライブに抱き締められた。どういうことなのかと、コーデリアは戸惑う。
「何を言っているかさっぱりわかりませんが、先生なんですよね。酒なんて、これからいくらでも用意してあげます。それよりも、今は俺が唯一愛し、心を捧げた先生が、俺の妻だったという奇跡を噛みしめさせてください……」
コーデリアを抱き締めるクライブは、震えていた。
感極まった想いが、震える体から伝わってくる。
だが、コーデリアの頭は疑問に覆い尽くされていく。
まるで教師リアが想い人であるかのような言い草だ。クライブの想い人は、フローレス侯爵令嬢ブリジットではなかったのか。
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