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36.舞い上がるクライブ
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「あの……クライブは、フローレス侯爵令嬢ブリジットと恋仲だったのでは……」
「はい?」
コーデリアが呟くと、クライブは疑問の声を漏らし、抱き締めていた腕の力を緩める。
「俺は養成所時代から、ずっと先生のことだけを想い続けてきました。他の女になんて、目もくれたことはありません」
まっすぐにコーデリアを見つめながら、クライブはきっぱりと言い切る。
どういうことだと、コーデリアは呆然としてしまう。
クライブが養成所にいた頃を思い出そうとしながら、そういえば彼が告白してきたことがあったと気付く。生徒同士での罰ゲームだろうと思い、適当にあしらったのだ。
「もしかして、昔の告白は罰ゲームではなく、本気だったの……?」
「罰ゲーム? 何のことですか? 養成所を間もなく卒業するとき、俺は意を決して先生に告白しました。そのとき、功績を立てれば付き合ってくださるというので、俺は頑張って功績を立てたんです」
クライブの答えを聞き、コーデリアは頭を抱えたくなってくる。
まさか功績を立てたのは、リアのためだったというのか。それも、あしらうために適当に言ったことを鵜呑みにして、実現してしまったのだ。
前途ある若者の未来を狂わせてしまったのかと、背筋が冷たくなっていく。
「そんな……リアなんて、見た目はぱっとしないし、何も持たない年増の教師だったでしょう。どうして、そんな……」
「いいえ、俺は先生の美しさに惹かれたんです。まっすぐに前を見据える瞳、強い意志の宿った口元……優しくて大らかなところも、全てが輝いていました。俺は先生ほど美しい方を見たことがありません」
クライブは何も揺らぐことなく、真面目な顔で断言する。
そういえば、本人も美的感覚が通常と違うようなことを言っていた気がすると、コーデリアは現実逃避気味にぼんやり思う。
「今のあなたに惹かれている自分に気付き、混乱しましたが……先生本人だったんですから、当然でしたね。戸惑う必要なんてありませんでした。これ以上の幸福なんて、考えられません。一生、大切にします」
爽やかな笑みを浮かべながら、クライブはコーデリアを見つめる。
クライブは想いを寄せた相手が亡くなった後も、一途に心を捧げているのだと、コーデリアは胸を打たれたことがあった。その相手とは、他ならぬリアのことだったらしい。
信じがたいが、クライブの様子を見る限り、それが真実なのだろう。
「ええ……本当に、私のことを……?」
コーデリアは、呆然として戸惑う。
すると、その様子を見つめていたクライブの表情が曇っていった。
「もしかして……もう俺のことなんて、どうでもよくなってしまいましたか……? 考えれば、もともと先生は俺に合わせてくれていたようでしたし、記憶が戻った後も何も言わなかったということは……」
しゅんとうなだれながら、クライブはか細い声で呟く。
まるで忠犬が耳と尻尾をぺたりと垂れ下げているかのようだ。コーデリアは哀れみを覚える。
「い……いえ、そんなことはないわ。むしろ、最近のほうが気になっていたというか……」
「それは、少しはうぬぼれてもよいということでしょうか?」
慰めようとコーデリアが口を開くと、クライブはあっさりと立ち直った。
期待に満ちた眼差しを向けられ、コーデリアは受け止めきれず、わずかに視線をそらす。
「いえ、今の気持ちがどうだろうと構いません。これから、俺のことを好きになってもらえるよう、頑張ります。これまではひとかけらの希望すらない日々だったのが、未来にいくらでも可能性が出てきたんです。絶対に先生を逃がしません」
吹っ切れたように、クライブは朗らかに宣言する。
コーデリアは何と言ってよいものか、わからない。
「……先生と呼ぶのはやめてほしいわ。今の私は、コーデリアなのですもの」
迷った末、コーデリアの口から出てきたのはこの程度の言葉だった。
だが、クライブはにこにこしたままで、迷うことなく首を縦に振る。
「わかりました。何とお呼びすればよろしいですか?」
「コーデリア、と。略称としておかしくないから、リアでもいいけれど……ああ……そういえば私も先ほどから、ずっと旦那さまではなく、クライブと呼んでしまっていたわ。言葉遣いも……」
どうやら中途半端にリアの感覚が出ていたらしい。口調はコーデリアのままだが、クライブに対する態度が、これまでのお飾りの妻としてのものではなくなっている。
「では、まずはコーデリアで。俺のことは、どうぞクライブのままでお呼びください。言葉遣いも、そのままで構いませんよ。まあ、呼び方や言葉遣いなんて、どうでもいいんです。中身があなたであることが重要なのであって、それ以外は些末ごとです」
にこやかに、クライブはコーデリアの要求を受け入れる。
言葉遣いはどうでもよいと言うが、そういえばクライブの口調も丁寧なままだ。
「これからの日々を思うと、心が躍りますね。せん……コーデリアに、俺のことが好きだと言ってもらえるようになるには、どうすればよいでしょうか。こういったことで思い悩むのは、本当に幸せなことですね」
クライブはすっかり舞い上がってしまっている。
その勢いに引きずられていたが、今の状況はかなり切迫したものではなかっただろうか。コーデリアはふと思い出し、不安がよぎる。
「う……」
コーデリアの思いを裏付けるように、床に転がっていた何かが呻いた。
すっかり忘れられていた国王が、意識を取り戻しつつあったのだ。
「はい?」
コーデリアが呟くと、クライブは疑問の声を漏らし、抱き締めていた腕の力を緩める。
「俺は養成所時代から、ずっと先生のことだけを想い続けてきました。他の女になんて、目もくれたことはありません」
まっすぐにコーデリアを見つめながら、クライブはきっぱりと言い切る。
どういうことだと、コーデリアは呆然としてしまう。
クライブが養成所にいた頃を思い出そうとしながら、そういえば彼が告白してきたことがあったと気付く。生徒同士での罰ゲームだろうと思い、適当にあしらったのだ。
「もしかして、昔の告白は罰ゲームではなく、本気だったの……?」
「罰ゲーム? 何のことですか? 養成所を間もなく卒業するとき、俺は意を決して先生に告白しました。そのとき、功績を立てれば付き合ってくださるというので、俺は頑張って功績を立てたんです」
クライブの答えを聞き、コーデリアは頭を抱えたくなってくる。
まさか功績を立てたのは、リアのためだったというのか。それも、あしらうために適当に言ったことを鵜呑みにして、実現してしまったのだ。
前途ある若者の未来を狂わせてしまったのかと、背筋が冷たくなっていく。
「そんな……リアなんて、見た目はぱっとしないし、何も持たない年増の教師だったでしょう。どうして、そんな……」
「いいえ、俺は先生の美しさに惹かれたんです。まっすぐに前を見据える瞳、強い意志の宿った口元……優しくて大らかなところも、全てが輝いていました。俺は先生ほど美しい方を見たことがありません」
クライブは何も揺らぐことなく、真面目な顔で断言する。
そういえば、本人も美的感覚が通常と違うようなことを言っていた気がすると、コーデリアは現実逃避気味にぼんやり思う。
「今のあなたに惹かれている自分に気付き、混乱しましたが……先生本人だったんですから、当然でしたね。戸惑う必要なんてありませんでした。これ以上の幸福なんて、考えられません。一生、大切にします」
爽やかな笑みを浮かべながら、クライブはコーデリアを見つめる。
クライブは想いを寄せた相手が亡くなった後も、一途に心を捧げているのだと、コーデリアは胸を打たれたことがあった。その相手とは、他ならぬリアのことだったらしい。
信じがたいが、クライブの様子を見る限り、それが真実なのだろう。
「ええ……本当に、私のことを……?」
コーデリアは、呆然として戸惑う。
すると、その様子を見つめていたクライブの表情が曇っていった。
「もしかして……もう俺のことなんて、どうでもよくなってしまいましたか……? 考えれば、もともと先生は俺に合わせてくれていたようでしたし、記憶が戻った後も何も言わなかったということは……」
しゅんとうなだれながら、クライブはか細い声で呟く。
まるで忠犬が耳と尻尾をぺたりと垂れ下げているかのようだ。コーデリアは哀れみを覚える。
「い……いえ、そんなことはないわ。むしろ、最近のほうが気になっていたというか……」
「それは、少しはうぬぼれてもよいということでしょうか?」
慰めようとコーデリアが口を開くと、クライブはあっさりと立ち直った。
期待に満ちた眼差しを向けられ、コーデリアは受け止めきれず、わずかに視線をそらす。
「いえ、今の気持ちがどうだろうと構いません。これから、俺のことを好きになってもらえるよう、頑張ります。これまではひとかけらの希望すらない日々だったのが、未来にいくらでも可能性が出てきたんです。絶対に先生を逃がしません」
吹っ切れたように、クライブは朗らかに宣言する。
コーデリアは何と言ってよいものか、わからない。
「……先生と呼ぶのはやめてほしいわ。今の私は、コーデリアなのですもの」
迷った末、コーデリアの口から出てきたのはこの程度の言葉だった。
だが、クライブはにこにこしたままで、迷うことなく首を縦に振る。
「わかりました。何とお呼びすればよろしいですか?」
「コーデリア、と。略称としておかしくないから、リアでもいいけれど……ああ……そういえば私も先ほどから、ずっと旦那さまではなく、クライブと呼んでしまっていたわ。言葉遣いも……」
どうやら中途半端にリアの感覚が出ていたらしい。口調はコーデリアのままだが、クライブに対する態度が、これまでのお飾りの妻としてのものではなくなっている。
「では、まずはコーデリアで。俺のことは、どうぞクライブのままでお呼びください。言葉遣いも、そのままで構いませんよ。まあ、呼び方や言葉遣いなんて、どうでもいいんです。中身があなたであることが重要なのであって、それ以外は些末ごとです」
にこやかに、クライブはコーデリアの要求を受け入れる。
言葉遣いはどうでもよいと言うが、そういえばクライブの口調も丁寧なままだ。
「これからの日々を思うと、心が躍りますね。せん……コーデリアに、俺のことが好きだと言ってもらえるようになるには、どうすればよいでしょうか。こういったことで思い悩むのは、本当に幸せなことですね」
クライブはすっかり舞い上がってしまっている。
その勢いに引きずられていたが、今の状況はかなり切迫したものではなかっただろうか。コーデリアはふと思い出し、不安がよぎる。
「う……」
コーデリアの思いを裏付けるように、床に転がっていた何かが呻いた。
すっかり忘れられていた国王が、意識を取り戻しつつあったのだ。
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