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何もしなかった悪役令嬢と、真実の愛で結ばれた二人の断罪劇
02.愛妾狙い
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バリエ男爵家に生まれたポレットは、貴族とは名ばかりの貧乏育ちだった。
貴族の義務として王都の貴族学院に入学したとき、ポレットが目標としたのは金持ちの男を見つけることである。
貧乏暮らしはもうごめんだ、左扇の安楽な生活をして幸福になるのだと、ポレットは気合いを入れて学院の男子生徒を物色した。
そこで目を付けたのが、王太子ファブリスだった。
最初は偶然、裏庭でぼんやりしているところを見かけた。
それからも毎日、誰もが羨むコランティーヌという婚約者がいながら、彼は一人でたたずんでいたのだ。
「あの……大丈夫ですか?」
さすがに王太子は身分違いすぎるかと最初は思ったポレットだが、あまりにつらそうなファブリスの様子を見て、思わず声をかけていた。
すると、ファブリスは驚いた顔でポレットを見つめ、あたふたとしてしまう。
「あ……ああ、きみは……?」
やがて少し落ち着きを取り戻したファブリスに、ポレットは微笑んで名乗った。
それからポレットはファブリスに気に入られたようで、裏庭で共に過ごすようになっていったのだ。
ポレットは、王太子の愛妾の座を狙うことにした。
王太子妃などポレットの身分では望めるはずもなく、そもそもそのような重い立場などごめんだ。
たとえ周囲から軽んじられても、責任もなく、金銭的に不自由のない暮らしができるのなら、文句はない。
もちろん、王太子の婚約者であるコランティーヌに刃向かう気もない。
もし愛妾として認めてもらえるのならば、喜んで靴を舐めるくらいの心意気だ。
「……殿下、もう少し王太子としての責任感をお持ちになって下さいな。今のままで、わたくしの隣に堂々と立っていられると思っていますの?」
ときおり、コランティーヌがファブリスに苦言を呈しているところを見かけることがあった。
コランティーヌは常に学年首席で、自分にも他人にも厳しい。
それに対して、ファブリスの成績は中間ほどだ。
優秀で容姿端麗なコランティーヌと並んでいると、ファブリスは引け目を感じるようだった。
コランティーヌの態度も冷淡で、厳しい言葉をかけて改善を促すが、それ以上のことは何もしない。
直接罵るようなことはしないまでも、冷たい視線や長い吐息が、その心を雄弁に語っていた。
どんどん追い詰められていくファブリスを、ポレットは心を痛めながら見ていることしかできなかった。
二人のときだけ、ファブリスは安らいだ笑顔を見せてくれる。
太っていて肌も荒れているが、顔立ちそのものは悪くないのだということも、会っていくうちに気づいた。
「ファブリスさま、何を作っていますの?」
あるとき、裏庭でファブリスが木をナイフで削っているのを見かけ、ポレットは尋ねてみた。
「ああ……彫刻というほど大層なものでもないけれど、こうやって木を彫るのが好きでね。僕の趣味なんだ。コランティーヌはそんなことをしている暇があったら、教科書の一ページでも読めと言うけれどね」
木とナイフから目を離さず、ファブリスは答える。
やがて、愛らしい木彫りの少女像が出来上がった。
生き生きとした躍動感にあふれ、意外なファブリスの才能にポレットは感心する。
「ポレットをモデルにしたんだ。受け取ってほしい」
「あ……ありがとうございます……」
木彫りの少女像を渡され、ポレットは戸惑いながら受け取る。
そこで休憩時間の終了を予告する鐘が鳴ったので、二人はそれぞれの教室へと戻っていった。
夜になり、寮の部屋でポレットは自分の思いに混乱していた。
ポレットにとってファブリスはいわば、金づるでしかない。愛妾となって贅沢な暮らしをするために必要な存在で、それしか価値がないはずだ。
それなのに、木を削っただけという、およそ王太子らしからぬ貧しい贈り物をされて、心にわき上がったのは怒りではなく、喜びだった。
「……違う……きっと、この像が売れるくらいの出来だから……価値があると思っただけよ……本当は、宝石とか高価なもののほうが良かったって思っているんだから……」
力なく呟きながら、ポレットは木彫りの像を、胸にぎゅっと抱える。
ファブリスなど太っていて、冴えない男ではないかと、自分に言い聞かせようとする。
愛妾狙いということは、別に正妻を迎えることを最初から承知しているのだ。
ポレットは自分が欲深いという自覚がある。愛した相手を誰かと共有するなど、我慢ならない。
だから、自分が唯一になれないファブリス相手に恋心を抱くなど、あってはならないことだった。
貴族の義務として王都の貴族学院に入学したとき、ポレットが目標としたのは金持ちの男を見つけることである。
貧乏暮らしはもうごめんだ、左扇の安楽な生活をして幸福になるのだと、ポレットは気合いを入れて学院の男子生徒を物色した。
そこで目を付けたのが、王太子ファブリスだった。
最初は偶然、裏庭でぼんやりしているところを見かけた。
それからも毎日、誰もが羨むコランティーヌという婚約者がいながら、彼は一人でたたずんでいたのだ。
「あの……大丈夫ですか?」
さすがに王太子は身分違いすぎるかと最初は思ったポレットだが、あまりにつらそうなファブリスの様子を見て、思わず声をかけていた。
すると、ファブリスは驚いた顔でポレットを見つめ、あたふたとしてしまう。
「あ……ああ、きみは……?」
やがて少し落ち着きを取り戻したファブリスに、ポレットは微笑んで名乗った。
それからポレットはファブリスに気に入られたようで、裏庭で共に過ごすようになっていったのだ。
ポレットは、王太子の愛妾の座を狙うことにした。
王太子妃などポレットの身分では望めるはずもなく、そもそもそのような重い立場などごめんだ。
たとえ周囲から軽んじられても、責任もなく、金銭的に不自由のない暮らしができるのなら、文句はない。
もちろん、王太子の婚約者であるコランティーヌに刃向かう気もない。
もし愛妾として認めてもらえるのならば、喜んで靴を舐めるくらいの心意気だ。
「……殿下、もう少し王太子としての責任感をお持ちになって下さいな。今のままで、わたくしの隣に堂々と立っていられると思っていますの?」
ときおり、コランティーヌがファブリスに苦言を呈しているところを見かけることがあった。
コランティーヌは常に学年首席で、自分にも他人にも厳しい。
それに対して、ファブリスの成績は中間ほどだ。
優秀で容姿端麗なコランティーヌと並んでいると、ファブリスは引け目を感じるようだった。
コランティーヌの態度も冷淡で、厳しい言葉をかけて改善を促すが、それ以上のことは何もしない。
直接罵るようなことはしないまでも、冷たい視線や長い吐息が、その心を雄弁に語っていた。
どんどん追い詰められていくファブリスを、ポレットは心を痛めながら見ていることしかできなかった。
二人のときだけ、ファブリスは安らいだ笑顔を見せてくれる。
太っていて肌も荒れているが、顔立ちそのものは悪くないのだということも、会っていくうちに気づいた。
「ファブリスさま、何を作っていますの?」
あるとき、裏庭でファブリスが木をナイフで削っているのを見かけ、ポレットは尋ねてみた。
「ああ……彫刻というほど大層なものでもないけれど、こうやって木を彫るのが好きでね。僕の趣味なんだ。コランティーヌはそんなことをしている暇があったら、教科書の一ページでも読めと言うけれどね」
木とナイフから目を離さず、ファブリスは答える。
やがて、愛らしい木彫りの少女像が出来上がった。
生き生きとした躍動感にあふれ、意外なファブリスの才能にポレットは感心する。
「ポレットをモデルにしたんだ。受け取ってほしい」
「あ……ありがとうございます……」
木彫りの少女像を渡され、ポレットは戸惑いながら受け取る。
そこで休憩時間の終了を予告する鐘が鳴ったので、二人はそれぞれの教室へと戻っていった。
夜になり、寮の部屋でポレットは自分の思いに混乱していた。
ポレットにとってファブリスはいわば、金づるでしかない。愛妾となって贅沢な暮らしをするために必要な存在で、それしか価値がないはずだ。
それなのに、木を削っただけという、およそ王太子らしからぬ貧しい贈り物をされて、心にわき上がったのは怒りではなく、喜びだった。
「……違う……きっと、この像が売れるくらいの出来だから……価値があると思っただけよ……本当は、宝石とか高価なもののほうが良かったって思っているんだから……」
力なく呟きながら、ポレットは木彫りの像を、胸にぎゅっと抱える。
ファブリスなど太っていて、冴えない男ではないかと、自分に言い聞かせようとする。
愛妾狙いということは、別に正妻を迎えることを最初から承知しているのだ。
ポレットは自分が欲深いという自覚がある。愛した相手を誰かと共有するなど、我慢ならない。
だから、自分が唯一になれないファブリス相手に恋心を抱くなど、あってはならないことだった。
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