異世界恋愛短編集

葵 すみれ

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お前を愛することはないと夫に言われたので、とても感謝しています

02.戸惑い

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「旦那さま、お願いがございます」

 ろくに顔を合わせることもない日々が続き、あるときオデットがジルベールの部屋を訪ねてきた。
 ジルベールはとうとう本性を現すのかと、警戒する。

「実家のギャストン家で、国の魔物討伐部隊に騎士たちを送っております。その騎士たちに、お守りを作って贈ることをお許しいただけませんでしょうか」

 ところが、オデットが口にしたのは思いもよらないものだった。
 ジルベールは眉根を寄せながら、考え込む。

 国は、各貴族家から魔物討伐部隊の人員を募集することがある。
 かかる費用はすべて家の負担となる上に危険も多いが、名誉であり、志願者は多い。特に成り上がろうとする下級貴族は、率先して人員を送り込む。
 ギャストン家は金にものを言わせ、娘オデットを上級貴族に嫁がせたことから、上昇志向も強いのだろう。
 そういえば嫡男も箔をつけるため、留学させていたはずだ。オデットの兄にあたるが、まだ会ったことはない。

「どうして、わざわざ実家の騎士たちにお守りなど?」

 ジルベールは首を傾げる。
 奥方が、家に仕える騎士たちにお守りを贈るというのは、珍しいことではない。
 だが、すでに出た家に対してそこまでするものだろうか。

「それは……」

 オデットは口ごもり、気まずそうに俯く。
 その姿を見て、ジルベールはふと思い当たったことがある。
 女が愛しい男にお守りを贈るというのは、一般的なことだ。つまり、実家の騎士たちを口実にして、ジルベールにお守りを贈ろうとしているのだろう。

「いいだろう。せっかくだから、自ら実家に届けに行ってはどうだ?」

「いえ……今の立場でそれは……旦那さまの温かいお心遣いだけ、いただきます」

 オデットの返事を聞き、ジルベールは確信を深める。
 やはり騎士たちのことなど口実なのだ。実際に騎士たちにもお守りを作るのかもしれないが、本命はジルベールなのだろう。
 恐縮しながら素早く部屋を出ていくオデットを見つめ、ジルベールは笑う。
 浅ましい策略だが、不思議と気分は悪くなかった。



 その後、ジルベールの予想どおり、オデットはお守りを持ってやってきた。
 すでに騎士たちには送った後のようで、おそらく彼らの分は練習用だったのだろう。
 また、ギャストン子爵は数年前に妻を亡くし、現在は後妻を迎えているという話だ。オデットが実家に帰りづらいのは、そのためでもあるらしい。

「旦那さま、どうぞ受け取ってくださいませ」

 そう言って差し出されたのは、金糸で繊細な鳥の刺繍が施されたハンカチだった。
 飛び立とうとしている鳥は、今にも中から出て羽ばたいていきそうなくらい、躍動感にあふれている。美術品としての価値がありそうなほど、素晴らしい出来だ。

「……受け取ってやろう」

 重々しく頷いて、ジルベールはお守りのハンカチを受け取る。
 くだらないものだったら突き返してやろうと思っていたが、ジルベールが受け取るのにふさわしいだけの価値はあった。
 すると、オデットが嬉しそうに、ふわりとした笑顔を見せた。
 その途端、ジルベールは胸に動悸を覚える。

「も……もう、行っていいぞ……」

 オデットを部屋から下がらせると、ジルベールは己にわき起こった感覚に戸惑いながら、しばし呆然としていた。
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