18 / 21
お前を愛することはないと夫に言われたので、とても感謝しています
02.戸惑い
しおりを挟む
「旦那さま、お願いがございます」
ろくに顔を合わせることもない日々が続き、あるときオデットがジルベールの部屋を訪ねてきた。
ジルベールはとうとう本性を現すのかと、警戒する。
「実家のギャストン家で、国の魔物討伐部隊に騎士たちを送っております。その騎士たちに、お守りを作って贈ることをお許しいただけませんでしょうか」
ところが、オデットが口にしたのは思いもよらないものだった。
ジルベールは眉根を寄せながら、考え込む。
国は、各貴族家から魔物討伐部隊の人員を募集することがある。
かかる費用はすべて家の負担となる上に危険も多いが、名誉であり、志願者は多い。特に成り上がろうとする下級貴族は、率先して人員を送り込む。
ギャストン家は金にものを言わせ、娘オデットを上級貴族に嫁がせたことから、上昇志向も強いのだろう。
そういえば嫡男も箔をつけるため、留学させていたはずだ。オデットの兄にあたるが、まだ会ったことはない。
「どうして、わざわざ実家の騎士たちにお守りなど?」
ジルベールは首を傾げる。
奥方が、家に仕える騎士たちにお守りを贈るというのは、珍しいことではない。
だが、すでに出た家に対してそこまでするものだろうか。
「それは……」
オデットは口ごもり、気まずそうに俯く。
その姿を見て、ジルベールはふと思い当たったことがある。
女が愛しい男にお守りを贈るというのは、一般的なことだ。つまり、実家の騎士たちを口実にして、ジルベールにお守りを贈ろうとしているのだろう。
「いいだろう。せっかくだから、自ら実家に届けに行ってはどうだ?」
「いえ……今の立場でそれは……旦那さまの温かいお心遣いだけ、いただきます」
オデットの返事を聞き、ジルベールは確信を深める。
やはり騎士たちのことなど口実なのだ。実際に騎士たちにもお守りを作るのかもしれないが、本命はジルベールなのだろう。
恐縮しながら素早く部屋を出ていくオデットを見つめ、ジルベールは笑う。
浅ましい策略だが、不思議と気分は悪くなかった。
その後、ジルベールの予想どおり、オデットはお守りを持ってやってきた。
すでに騎士たちには送った後のようで、おそらく彼らの分は練習用だったのだろう。
また、ギャストン子爵は数年前に妻を亡くし、現在は後妻を迎えているという話だ。オデットが実家に帰りづらいのは、そのためでもあるらしい。
「旦那さま、どうぞ受け取ってくださいませ」
そう言って差し出されたのは、金糸で繊細な鳥の刺繍が施されたハンカチだった。
飛び立とうとしている鳥は、今にも中から出て羽ばたいていきそうなくらい、躍動感にあふれている。美術品としての価値がありそうなほど、素晴らしい出来だ。
「……受け取ってやろう」
重々しく頷いて、ジルベールはお守りのハンカチを受け取る。
くだらないものだったら突き返してやろうと思っていたが、ジルベールが受け取るのにふさわしいだけの価値はあった。
すると、オデットが嬉しそうに、ふわりとした笑顔を見せた。
その途端、ジルベールは胸に動悸を覚える。
「も……もう、行っていいぞ……」
オデットを部屋から下がらせると、ジルベールは己にわき起こった感覚に戸惑いながら、しばし呆然としていた。
ろくに顔を合わせることもない日々が続き、あるときオデットがジルベールの部屋を訪ねてきた。
ジルベールはとうとう本性を現すのかと、警戒する。
「実家のギャストン家で、国の魔物討伐部隊に騎士たちを送っております。その騎士たちに、お守りを作って贈ることをお許しいただけませんでしょうか」
ところが、オデットが口にしたのは思いもよらないものだった。
ジルベールは眉根を寄せながら、考え込む。
国は、各貴族家から魔物討伐部隊の人員を募集することがある。
かかる費用はすべて家の負担となる上に危険も多いが、名誉であり、志願者は多い。特に成り上がろうとする下級貴族は、率先して人員を送り込む。
ギャストン家は金にものを言わせ、娘オデットを上級貴族に嫁がせたことから、上昇志向も強いのだろう。
そういえば嫡男も箔をつけるため、留学させていたはずだ。オデットの兄にあたるが、まだ会ったことはない。
「どうして、わざわざ実家の騎士たちにお守りなど?」
ジルベールは首を傾げる。
奥方が、家に仕える騎士たちにお守りを贈るというのは、珍しいことではない。
だが、すでに出た家に対してそこまでするものだろうか。
「それは……」
オデットは口ごもり、気まずそうに俯く。
その姿を見て、ジルベールはふと思い当たったことがある。
女が愛しい男にお守りを贈るというのは、一般的なことだ。つまり、実家の騎士たちを口実にして、ジルベールにお守りを贈ろうとしているのだろう。
「いいだろう。せっかくだから、自ら実家に届けに行ってはどうだ?」
「いえ……今の立場でそれは……旦那さまの温かいお心遣いだけ、いただきます」
オデットの返事を聞き、ジルベールは確信を深める。
やはり騎士たちのことなど口実なのだ。実際に騎士たちにもお守りを作るのかもしれないが、本命はジルベールなのだろう。
恐縮しながら素早く部屋を出ていくオデットを見つめ、ジルベールは笑う。
浅ましい策略だが、不思議と気分は悪くなかった。
その後、ジルベールの予想どおり、オデットはお守りを持ってやってきた。
すでに騎士たちには送った後のようで、おそらく彼らの分は練習用だったのだろう。
また、ギャストン子爵は数年前に妻を亡くし、現在は後妻を迎えているという話だ。オデットが実家に帰りづらいのは、そのためでもあるらしい。
「旦那さま、どうぞ受け取ってくださいませ」
そう言って差し出されたのは、金糸で繊細な鳥の刺繍が施されたハンカチだった。
飛び立とうとしている鳥は、今にも中から出て羽ばたいていきそうなくらい、躍動感にあふれている。美術品としての価値がありそうなほど、素晴らしい出来だ。
「……受け取ってやろう」
重々しく頷いて、ジルベールはお守りのハンカチを受け取る。
くだらないものだったら突き返してやろうと思っていたが、ジルベールが受け取るのにふさわしいだけの価値はあった。
すると、オデットが嬉しそうに、ふわりとした笑顔を見せた。
その途端、ジルベールは胸に動悸を覚える。
「も……もう、行っていいぞ……」
オデットを部屋から下がらせると、ジルベールは己にわき起こった感覚に戸惑いながら、しばし呆然としていた。
195
あなたにおすすめの小説
【完結】「私は善意に殺された」
まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。
誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。
私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。
だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。
どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※他サイトにも投稿中。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!
踏み台(王女)にも事情はある
mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。
聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。
王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
石塔に幽閉って、私、石の聖女ですけど
ハツカ
恋愛
私はある日、王子から役立たずだからと、石塔に閉じ込められた。
でも私は石の聖女。
石でできた塔に閉じ込められても何も困らない。
幼馴染の従者も一緒だし。
彼女が望むなら
mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。
リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる