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04.ヴァンクール辺境伯家
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父や義母はいつも、セシールのことを大切な家族だと言ってくれる。
だが、もし王女付き侍女を辞めたいとセシールが言ったとすれば、彼らはどんな顔をするだろうか。
悲しむだろうか、困るだろうか、それとも怒るだろうか。
色々な反応を考えてみるが、受け入れてもらえる姿だけが思い浮かばない。
セシールは唇を噛みしめた。
「でも……でも、私は……家族……家族なのに……どうして……こんなことに……」
セシールは涙をこぼしながら、嗚咽を漏らす。
日々のつらさよりも、ずっと胸の奥底を突き刺す何かがあった。
「お、おい、何も泣くことはないだろうが。そんなつもりじゃなかったんだ」
少年は慌てた様子を見せた。
おろおろとして、セシールをうかがってくる。
「ご、ごめん……なさい……」
セシールは途切れ途切れの声を絞り出す。
「謝るな、俺がいじめているみたいじゃないか」
少年はばつの悪そうな顔になる。
「でも……ひっぐ……」
しかし、セシールは泣き続けることしかできない。
何と言うべきなのか、わからない。
「……言い過ぎた。俺が悪かった。だから、もう泣くな」
少年はそう言って、ハンカチを差し出した。
「え……?」
セシールは驚きながら、ハンカチを見る。
竜の紋章が刺繍された、高級そうなハンカチだ。
「あ、あの……」
戸惑いながら、セシールはハンカチを受け取った。
「それを使って涙を拭け。返さなくていい。俺はもう行くから」
少年はぶっきらぼうに言うと、足早に立ち去っていく。
セシールはしばらくの間、呆然としていたが、やがて我に返り涙を拭いた。
ハンカチは高級品らしく滑らかな肌触りで、花のような良い香りがした。
「……誰だったんだろう?」
セシールは少年の姿を思い浮かべる。
見覚えのない顔だったので、おそらくこの城の人間ではないと思う。
「不思議な人だったな……」
セシールはハンカチを握り締め、小さく呟いた。
それからもセシールは庭園の片隅に通ったが、少年と会うことはなかった。
あのハンカチは洗濯して、今もセシールの手元にある。
セシールは毎日を憂鬱に感じながら過ごしていたが、不思議と気持ちは落ち着いていた。
あの出来事以来、王女付き侍女の仕事でつらいことがあっても、前ほど涙は出てこなくなったのだ。
ハンカチに刺繍された竜の紋章を眺めると、勇気が湧いてくるような気がする。
この紋章が、ヴァンクール辺境伯家の紋章だということは、後から知った。
ヴァンクール辺境伯家は、第二の王家とまで呼ばれる、由緒正しい家柄だ。
「ヴァンクール辺境伯家……」
セシールは、ぽつりと呟いた。
このハンカチの贈り主は、その辺境伯家の息子なのだろうか。
「まさか、ね……」
セシールは小さく笑った。
このハンカチをくれた少年が、ヴァンクール辺境伯家の人間だったとしても、もう会うことはないだろう。
仮に会ったとしても、辺境伯家の人間など、身分が違いすぎる。
だから、考えても仕方がないことだ。
だが、もし王女付き侍女を辞めたいとセシールが言ったとすれば、彼らはどんな顔をするだろうか。
悲しむだろうか、困るだろうか、それとも怒るだろうか。
色々な反応を考えてみるが、受け入れてもらえる姿だけが思い浮かばない。
セシールは唇を噛みしめた。
「でも……でも、私は……家族……家族なのに……どうして……こんなことに……」
セシールは涙をこぼしながら、嗚咽を漏らす。
日々のつらさよりも、ずっと胸の奥底を突き刺す何かがあった。
「お、おい、何も泣くことはないだろうが。そんなつもりじゃなかったんだ」
少年は慌てた様子を見せた。
おろおろとして、セシールをうかがってくる。
「ご、ごめん……なさい……」
セシールは途切れ途切れの声を絞り出す。
「謝るな、俺がいじめているみたいじゃないか」
少年はばつの悪そうな顔になる。
「でも……ひっぐ……」
しかし、セシールは泣き続けることしかできない。
何と言うべきなのか、わからない。
「……言い過ぎた。俺が悪かった。だから、もう泣くな」
少年はそう言って、ハンカチを差し出した。
「え……?」
セシールは驚きながら、ハンカチを見る。
竜の紋章が刺繍された、高級そうなハンカチだ。
「あ、あの……」
戸惑いながら、セシールはハンカチを受け取った。
「それを使って涙を拭け。返さなくていい。俺はもう行くから」
少年はぶっきらぼうに言うと、足早に立ち去っていく。
セシールはしばらくの間、呆然としていたが、やがて我に返り涙を拭いた。
ハンカチは高級品らしく滑らかな肌触りで、花のような良い香りがした。
「……誰だったんだろう?」
セシールは少年の姿を思い浮かべる。
見覚えのない顔だったので、おそらくこの城の人間ではないと思う。
「不思議な人だったな……」
セシールはハンカチを握り締め、小さく呟いた。
それからもセシールは庭園の片隅に通ったが、少年と会うことはなかった。
あのハンカチは洗濯して、今もセシールの手元にある。
セシールは毎日を憂鬱に感じながら過ごしていたが、不思議と気持ちは落ち着いていた。
あの出来事以来、王女付き侍女の仕事でつらいことがあっても、前ほど涙は出てこなくなったのだ。
ハンカチに刺繍された竜の紋章を眺めると、勇気が湧いてくるような気がする。
この紋章が、ヴァンクール辺境伯家の紋章だということは、後から知った。
ヴァンクール辺境伯家は、第二の王家とまで呼ばれる、由緒正しい家柄だ。
「ヴァンクール辺境伯家……」
セシールは、ぽつりと呟いた。
このハンカチの贈り主は、その辺境伯家の息子なのだろうか。
「まさか、ね……」
セシールは小さく笑った。
このハンカチをくれた少年が、ヴァンクール辺境伯家の人間だったとしても、もう会うことはないだろう。
仮に会ったとしても、辺境伯家の人間など、身分が違いすぎる。
だから、考えても仕方がないことだ。
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