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第二章
05:羽の数は重要
しおりを挟む塔の崩壊に呆けている暇はなく、私は愛しのお方を探した。
辺りは粉塵と煙で視界が遮られるも、ゆらりと佇む影を見つけて近付いた。
私はその影にぴたりとくっつき、いつものポジションを確保する。
見上げるといつもの美しい横顔。
「ルキ様。今日は随分と激しいですね」
そう伺うと、彼は私の肩を抱き寄せ紅い瞳を向けて答えた。
「ふふ……昔の馴染みが私に会いたがっていたようなので、挨拶をしただけだ」
その声はとても凪いでいて、とてもこの崩壊をしたとは思えない程冷静だった。
周囲は騒然としており、慌てふためく者や神々の名を叫ぶ者、そしてなりふり構わず逃げ出す者の様々だ。
ただ一柱…ルキフェル様の視線の先には、茫然と佇みこの混乱を黙って見ている天使がいた。
多分あの方は熾天使様だ。
現在天界で唯一、六枚の羽を持ち全天使を統べる長。海の熾天使様。
でも私が記憶していた熾天使様は、かつて三柱在った。
海と大地と、そして天の称号を持つ熾天使様。
あぁそうか。
ルキフェル様は天の熾天使様だった。
誰もが頬を染めて崇敬の眼差しで見ていた、天の熾天使様。
……天使の長が魔界の長になって殴り込みに来るって、極端すぎじゃね?
前世の価値観のお蔭で何とか耐えているけど、この記憶がなければ私も泡吹いて倒れていたんじゃなかろうか。
現にぶっ倒れている天使がチラホラと転がっているし。
そして、ただ黙って見守っていた熾天使様がゆらりと動く。
「ちゅ、中央塔を………!なんて事をしてくれたのですか!天!いくら貴方でも許されませんよ!」
お怒りだ。現在天界唯一の熾天使様が激昂してらっしゃる。
「海よ、私は天ではなくルキフェルだ。お前自身の手で私の称号を剥奪したのだろう。勇者に肩入れしすぎて記憶まで飛んだか?」
ゆったりと余裕の笑みを浮かべて煽る魔王ルキフェル様。
その余裕が逆鱗に触れたのか、海様は背中の翼を広げて威嚇した。
「何をたかが魔界の王が!堕天して随分と過激になったようですね!」
六枚の真っ白な羽が輝きながら羽ばたき、風圧で先ほどの瓦礫が周囲を舞い散る。
「そのたかが魔界の王に人間を唆して挑んできたのはお前だろう。差し詰め私を亡き者にして魔界を乗っ取ろうとでも画策したか?お前は昔から魔界に執着していたな?」
ルキフェル様も背中の翼を広げて、魔力を放出させる。
それは天の称号たる十枚の羽を持つ翼。色は真っ黒だけど。
彼の翼が健在なことに、周囲の天使たちは困惑と畏怖を露わにした。
……十枚の羽根だ!
……天の熾天使様…!
……帰って来られた!
騒めく周囲に美しいお顔を歪ませる海の熾天使様。
「羽の数が何であれ貴方は堕天した身だ。僕に敵う訳がないでしょう!大人しく僕に従い魔界を明け渡しなさい!」
「あれ程毛嫌いしていた魔界を欲しがるとは、どういう心境の変化だ?」
冷静に話しているルキフェル様だが、抑えきれない魔力が体中から漏れ出してきている。
「今や創造神までもが魔界に移住し、魔界の嗜好品を望む天使も後を絶たない。ならばいっその事天界の一部に取り込めば解決するでしょう?愚鈍な魔界人など必要ないですし」
天使とは思えない発言をする海様。余程魔界が憎いのだろうか?
「愚かな天使だ。魔界の存在意義も知らずにお前の愛する人間を使うとは」
呆れた顔で尚も煽るルキフェル様。
「人間は私の祝福を受け私のために命を賭す。そもそも魔界の存在意義など最初から無いのですよ。単なる創造神の気まぐれで出来たオマケの世界です!」
オマケ?海の熾天使はそう言った。
魔界ってオマケの世界なの?
「では、そのオマケの世界は私が死ねば消滅するという事を知っているのか?」
「は?馬鹿をいえ。魔王如きの命で世界が崩壊するわけないでしょう」
「お前は魔王が何者か知らんだろう」
トンとルキフェル様に背中を押され、私はネビロスのぶっとい腕の中にすっぽりと収まる。
そして、大気が震えルキフェル様の真っ黒な翼が大きく広がる。
彼の背中で靡く巨大な翼に天使達が慄き、風圧でその黒い羽根が舞い散る。
その瞬間、海の熾天使は大きく息を吸い込み『声』を発動させた。
『全天使に告ぐ!今すぐ戦闘準備を整え悪の根源である魔お…………!』
ゴズっ!
鈍い音がした。
先程まで優雅に立っていた海様が視界から消えた。
見れば頭を押さえて蹲る海様。
そして傍には拳から湯気を吐き出し、仁王立ちするルキフェル様の姿があった。
「愚か者がっ!」
ルキフェル様の怒号が天界中に響いた。
まるで子供を叱るように吐き出されたお声はビリビリと脳に伝わる。
「いっったぁぁぁぁーーーーっ!」
ルキフェル様の一撃で海様が涙目で転げまくっている。
本気で痛かったのだろう、訳の分からない奇声を上げて悶えている。
しかし。
まさかの拳骨一発。
それでも海様には相当効いたようで、泣きながら悪態を吐いていた。
「大体、天が堕天なんてするからおかしい事になったんでしょうが!責任取れよ!」
「よくもそんなことが言えるな?お前が私を追い出したのだぞ?あと、私はルキフェルだ」
「馬鹿言え!僕はただ、天の称号が欲しかっただけなのに天使までやめてあまつさえ魔王なんかになるなんて!結局称号も貰えず大地まで堕天して天界が大荒れしたんですからね!」
「それは私のせいではないだろう。あと大地ではなくゼブルだ、バアル・ゼブルだ」
「キィぃぃーーーっ!名前なんてどうでもいいでしょ!」
何この兄弟喧嘩的なやつ。
私を含め、呆気に取られた周囲に気付いた智天使の一人が二人を諌める。
「う、海様も魔王様も、ここは執務室ではありません!何卒冷静に!あぁぁ、大地様がいらっしゃれば…!」
「呼んだ?」
ばさりと黒い飛膜を靡かせ登場したゼブル様。
その禍々しい飛膜に周囲の天使が恐れ慄いた。
「ひぃぃっ!魔界人!」
「おい、呼んでおいてそれはないだろう?俺は元大地だぞ?」
「馬鹿なっ!大地様は六枚の羽根を持つお方だ!そんな卑猥な翼は大地様ではない!断じてない!」
「卑猥ってお前…!格好いいだろうが!ちゃんと見ろよ智天使!お前相変わらずセンスねーな!」
なに、このカオス。
とりあえず、なんか疲れたな。
私は亜空間からお茶会セットを取り出して、全員を座らせた。
◆
落ち着いた所で話が進められた。
そもそも海の熾天使様は、先代魔王時代から魔界が好き勝手にしているのが気に入らず、自分が天の称号を得て支配下に置こうと画策していた。それが思いがけずルキ様の堕天に魔王継承と続き、創造神までもが魔界へ移住し手を拱いていた。
それで魔王を排除し魔界を天界にしてしまおうと、厚い祝福を与えた勇者達に託したようだ。
一部始終を固唾を飲んで見守っていた勇者一行も困惑し、全員が沈黙していた。
ルキ様曰く、勇者が魔界に挑むのは二代目魔王からの予定調和であり、人間達に刺激を与える創造神公認の所謂イベント的な扱いだったらしい。
それを海様が本気で挑み、魔王を斃させ魔界を手に入れようとした。
「所で海よ、魔法の神にお会いしたことはあるか?」
ルキフェル様は優雅にカップを傾けながら海様に問い掛けた。
「魔法の神?あぁ魔神様ですか?あの方は誰にもお会いしない方でしょう?」
「元々魔界はその魔神様の世界だ。そして飽きて次代の魔王にそのお力を授けて世界を去った」
「え?」
え?
代々魔王って、魔神様の力を受け継いだ者って事?
それって、
もう神様じゃね?
魔王って、魔法の神様だったの?!
だから魔王が死ねば、魔界が消滅するって訳か!
これには全員が驚愕した。
「お、おい!俺達は神殺しをしようとしていたのか?」
傍観していた勇者アレックスが唇を震わせながら海様を咎めた。
流石に海様も目を見開き、ルキフェル様を凝視するばかりで言葉を失ったようだ。
「…………死ななければならないのは、僕でした」
そう呟いた海様は徐に取り出した短剣を首に当て、引き抜こうとした所を全員が取り押さえた。
危なかった!熾天使の自殺って前代未聞でしょうよ!
錯乱した海様を落ちつかせ、何となく終止符を迎えた天界。
誰の責任かと問われれば、それは海様なのだろうがその原因はルキフェル様にあると海様はいう。
海様は恨めがましい目でルキフェル様を睨みながら愚痴った。
「元々神に最も愛されている天…ルキフェルが堕天なんてするから創造神様まで魔界に移住してしまったんですからね!何で堕天したかなぁ!」
ルキフェル様はクスリと笑い、側にいた私を抱き寄せ唇に軽くキスを落とした。
海様は目を見開き穢らわしいと叫び取り乱したが、ルキフェル様は甘い顔で私を見つめ…
「ミラ?そろそろ帰るか」
そう言って私達は魔界へ戻った。
まぁ確かにルキフェル様が堕天しなければここまでの事にはならなかったんじゃないかと思う。
そもそもルキフェル様の堕天理由って…………
あれ?
おかしいな?
何故だろう。
なんだか私のせいな気がする。
…………気のせいよね?
応援ありがとうございます!
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