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三十五話 人獣一体 そして、勝負は決した

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「お前……何をしやがった……!」

 僕の目の前でスサノオが怒りの形相を浮かべている。
 対する僕は正直、自分でもなんでまだHPが残っているのかわからなかった。
 いや、HPが残っているのも当然のことかもしれない。
 何せ、先ほどスサノオが放った≪神喰狼≫によるダメージを一切喰らっていなかったのだから。

「≪神喰狼≫を食らった後、妙な煙に包まれたかと思うと変な格好しているし、HPも残っているし、本当にお前は何をしたんだ」

 煙? それに変な格好?
 スサノオが言っている言葉がいまいち分からなかった。
 ……あれ? そういえば、さっきまで空中に浮いていたはずなのにいつの間にか地面に立っているな、僕。
 僕は不思議に感じながらも自身の手を見てみた。
 ぷにぷに。思わず、そんな擬音が聞こえてくるような肉球がそこにはあった。

「……え?」

 続けて足の方を見てみるとそこは毛に包まれているのが分かる。
 更にお尻に何か違和感があるから、何とか見てみるとそこには尻尾が存在していた。
 頭を触ればそこには大きな獣のような耳までも存在している。
 どうやら僕は犬娘的な存在に変わってしまったようだった。
 一体どうしてこんなことに……。
 そうだ。そういえばさっきウインドウが現れていたじゃないか。そこに何か書いてあるに違いない。
 僕はウインドウの履歴を遡って読んでみた。そして、やっと理解した。これは≪人獣一体≫による効果なのだということを。


スキル名称:人獣一体(ランク7)
扱い:特別スキル(タイプ:絆)
効果:真の相棒となったパートナーの魔獣と合体するスキル。
   このスキルで合体したプレイヤーのステータスはプレイヤーと魔獣の
   ステータスを合計した値となる。
   効果時間はスキル発動後から30分間。
   スキルを発動してから10秒間はダメージを食らわない。
   効果終了後、スキル合成は解除され、スキル合成に使用したスキルに戻る。
   その際、取得条件を満たさないスキルは再度取得される。


 そうか。さっきスサノオの≪神喰狼≫を食らわなかった理由はこのスキルのためか。
 ……あれ? ステータスは僕といぬの合計になっているのか? ……それって。
 僕は恐る恐る自分のステータスを確認してみた。


プレイヤー名:ヒカリ
レベル:100
HP:30(+25,+55)
MP:1295(+70,+25)
SP:30(+25,+55)
筋力:5(+5,+14)
魔力:259(+3,+6,+5,+5)
体力:6(+5,+11)
耐久:6(+5,+8)
精神:9(+5,+7)
器用:7(+5,+6)
敏捷:6(+5,+284)
成長点:0
補正値:魔力の指輪(魔力+3)、魔力の実(加工済み)(魔力+6)、絆(全ステータス+5)、人獣一体(魔獣のステータスを合計)


 ……やっぱりか。
 いぬのステータスが合わさり、僕のステータスは最早わけが分からない値となっていた。
 でも、今はこのステータスは好都合だ。
 何せ今まで敏捷が低くて使えなかったスサノオに対して唯一対抗できるであろうスキル――≪天網恢恢≫が使えるのだから。

「少しぐらい姿が変わったからどうにかなるとでも言うのかよ。さっきはたまたま攻撃を食らわなかったみたいだが、それがどうしたっていうんだ」

 イライラを隠そうとせずにスサノオは吐き捨てる。
 その姿はさっきとまるで変わらないはずなのに、今は何故か滑稽に見えた。

「いいからお前はもうやられちまえよ。詰まらねえんだよ、お前」

「気に食わないことがあるとすぐ顔に出るらしいな。すごい顔をしているぞ」

「ああ? 何を言っているんだよ。くそっ、もういい。終わりにしてやる」

 スサノオは腕を前に伸ばす。
 その仕草は今まで使っていた≪神喰狼≫と同じだ。
 いや、使おうとしているスキルは≪神喰狼≫ではないな。
スサノオが秋月である以上、より自分が有利になるスキルを使うはず。つまり、今使おうとしているスキルは今まで使っていなかったスキルに違いない。
 よりにもよって、ここに来て新しいスキルか……!

『わんっ』

 ……え?
 突然、聞こえた鳴き声に僕は思わず周囲を見渡す。
 しかし、声の持ち主の姿は見えない。
 一体どこから聞こえたんだ……?

『わふ』

 また聞こえた。聞こえた場所は……僕自身?
 その時、僕は気づいた。
 ≪人獣一体≫の効果。つまりはいぬと僕が合体しているということに。
 そして、いぬは今ここにいるということに。

「おかえり、いぬ」

『わふん』

 どこか嬉しそうに吠えるいぬ。
 とにかく嬉しかった。いぬは帰ってきたんだ。
 もう二度と会えないと思っていたけれど、今ここにいぬはいるんだ。
 目の前には何度か声をかけてきていたが、全く反応しない僕に対して怒り狂っているスサノオの姿がある。

「せいぜい後悔するんだな。――≪英雄神スサノオ≫」

 そのスキルによって禍々しい剣を握りしめた大男が呼び出された。
 剣は中心が厚くなっており、剣先がいくつも枝分かれしている。使ったスキルから察するにあれは草薙の剣なのだろう。
 スサノオが自身の名を冠したスキルをあれだけ自信を持って使っている。それはつまり、そのスキルが強力ということなのだろう。
 しかし、僕は一切不安に思うことはなかった。

『わんっ』

「ああ、そうだな。終わりにしよう」

 僕は腕を前に伸ばし、スキルを発動させた。

「≪天網恢恢≫」

 放たれたスキルは矢のような形状をしており、一見すると≪ライトアロー≫かのようだ。
 スキルはすぐに動かず、僕の腕の中で待機している。どうやら、僕の意思によって発射されるらしい。

「あほが! 俺には魔法が効かないのを忘れたのか! ≪魔女神イシス≫!」

 僕が使ったスキルを見て、魔法と判断したらしいスサノオがスキルを発動する。≪英雄神スサノオ≫を使っているにも関わらず、更にスキルを使うとはよほど僕を警戒しているらしいな。
 でも、そんなことをしても無駄だ。

「いけっ!」

 僕の指示を受けた≪天網恢恢≫は真っすぐスサノオへ向かう。
 途中、≪英雄神スサノオ≫が進路に入ったが、一瞬でオブジェクト耐久値がなくなり、その姿を消した。

「そんな馬鹿な!」

 驚くスサノオだが、僕のスキルはまだ消えていない。
 まだ残っている≪天網恢恢≫を見たスサノオは余裕の表情を浮かべた。きっと≪天網恢恢≫が魔法スキルだと勘違いしているのだろう。
 ≪英雄神スサノオ≫に当たり、少しだけスピードは遅くなったが、それでも今の僕の敏捷値は300近い。到底避けられないスピードでスキルがスサノオに到達した。

「は、こんなスキルは俺のスキルで――」

 そして、余裕ぶって何か喋ろうとしていたスサノオのHPを一瞬で消し飛ばした。
 闘技場には僕一人だけ――いや、僕といぬだけになった。

「やった……。やったぞ、いぬ!」

『わふ!』

 僕といぬが声をかけあったすぐ後、月金ムーンゴールドが僕の勝利を宣言し、僕たちの周囲は溢れんばかりの歓声で包まれたのだった。
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