10年後も生きる為に、特種素材を求めて、異世界を旅する事になりました。《仮》

夕刻の灯

文字の大きさ
83 / 88
第3章・炎帝龍の山

五十七話・床を這う男

しおりを挟む
「あーあ、また派手にやってるな。」

背後から聞き慣れた声がした。
振り返ると…
そこに居たのは、やっぱりあの人だった。

「シュルトさん!!アリアナさんを止めて下さい。」

指差しながらそう言っていた。
指差している方を…つまり、アリアナさんを見ると
彼女に殴られて伸びて倒れている男の一人の胸ぐらを掴んで持ち上げていた。

「いや~そう言われてもね。あれは…ね。」

職員からの視線を逸らした。
その逸らした彼の視線がアリアナさんに向いた。

「…ごめん。…無理だよ。」

彼女を再び見た後
シュルトさんが死んだ魚のような目をした。
そうしている間にも、彼女の怒りは治まる気配がまるでない。

「おい!!寝るな!!起きなさい!!」

そう言って彼女は、男の頰にビンタを食らわせていた。

「誰が雷女か答えろって!!言ってるでしょうが!!」

完全に気を失っている男は、当然の事だが起きる事はない。
鬼の形相のアリアナさんのビンタは、速度と威力が徐々に増していく。
男の頬が見る見るパンパンに腫れ上がって膨れている。

「ギルドマスターだ!!早く、娘さんを止めて下さいよ!!」
「ダメだって、あの人の目を見ろよ!!」
「あ…ギルマスの目が死んでる…」
「ダメだ。あの人…」

そのグループとは、別の場所に避難していた方からも声がする。
そちらのグループの冒険者たちも先程の冒険者たち同様に
鬼と化した彼女を刺激しない様に口の側に手を当てて、ヒソヒソ喋っている。

「ああ…アレは、止める気ないわね。」
「確かに、そうよね。」

ギルド内に居る他の冒険者の人たちが隅や端っこ方に固まってる。
逃げればいい訳だが、そうはいかない
何故ならば…
事が起こっている場所が悪い…
アリアナさんに雷女、ババァと禁句を言ってしまった。
その男達の1人が受付から出入り口の近くの壁まで、文字通りに飛んで行ってしまった。
その場所で彼女は、その男を捕まえて延々と殴っている。
そう…
アリアナさんが出入り口そこで、地獄の様な光景を繰り広げるている訳だ。
だから、ギルドからは誰も逃れない。

「ギルドマスターお願いします。アリアナさんを止めてー!!」

そこから、時折
俺たちがいる受付に向かって、助けを求める声が聞こえてくる。
その声が聞こえているはずのシュルトさんは、冒険者達の居る方を見ようとすらせずに…

「う~ん。君たち買い物に行くんでしょ?」

え?
オレは、思わず自分の耳を疑った。

「彼女を放っておいて、良いんですか?」
「え?何を?」

シュルトさんがリオさんの問いかけに真顔で、問い返してきた。

「いや…だから。あのままで良いんですか?」
「ならさ、君がアリアナを止めてくれるのかい?」

シュルトさんがリオさんの顔をじっと見つめてくる。
そして、リオさんは未だに男たちに無慈悲な暴力をふるい続けているアリアナさんの方を見る。
途端に、リオさんの額から大粒の汗が吹き出てきた。

「え?…止める?…俺がですか?」

リオさんが自分を指差しながらシュルトさんに尋ねた。
その自分を指差している指は、プルプルと震えている。

「……。」

リオさんの問いにシュルトさんは、一切答えない。
そして、見つめ続けている。
その間シュルトさんは、微動だにしなかった。
本当に眉どころか、瞬きすらも一切しない。

「……。」

気まずい沈黙の時間流れた。

「はぁー。父さんには、まず無理でしょ?」
「な!?ヴァン!!な、何!?いきなり、何言うんだ!?」

ヴァン君がリオさんには無理だ、っといきなり言い出したのだ。

「だって…父さんはいつも、母さんとの喧嘩に勝った事が無いんでしょ?」
「確かにそうだが…」

リオさんは、奥さんとの喧嘩にいつも負けていたらしい。
ハーフエルフの奥さんとの喧嘩が一体どんな風になっていたのかは、オレには全くわからないが…
リオさんの表情から察するに壮絶なモノだった様だな。

「…なら、君には無理そうだね。」

そうポツリと、シュルトさんが呟いた。

「まぁ。ウチの息子も彼女との喧嘩では、一度たりとも勝った事がないほどの恐妻家だったからね。」

シュルトさんの息子さん?
その息子さんにも、あの状態の彼女アリアナさんを止めるのは無理だった?

「さて…一先ず、あの子の事はそのままにしよう。」
「え⁉︎本当に止めないんですか?」
「大丈夫だと思うよ?その内治まるさ。」

その内って…

「彼女の気が済めば…」

気がすめばって、あの様子からして…
再び彼女のいる方へ視線を動かした。
ちょうど良いタイミングで見たようだった。
先程まで胸ぐら掴んで殴っていた男を手放した。
そのまま男は、床の上に崩れ落ちた。

「落ちたか…」

彼女は、床に伸びている男に向かってそう呟いた。
すぐに辺りを見渡すとあるモノを見つけたようだった。
そのまま、ある場所へ向かってスタスタと歩いて行く。

「あれ?どこ行くんだ?」

その彼女の行動に、シュルトと避難していた冒険が疑問に思った。
ギルド中の疑問はすぐに解けた。
彼女の進行方向には、意識を取り戻してノソノソと這う様に動く物体があったからだ。
そのノソノソを床を這う物体は…
先程彼女に殴られて、壁まで飛んだ男のうちの1人だった。
殴られた事と、壁に衝突した事で身体中を負傷しているのだろうか。
傷が痛むのか顔を時折
苦痛に歪めながらも、必死に床を這って移動している。
オレが見た時は確かにあの男は、壁にぶつかった時に

「っが!!」

っと短く言った後、気を失って床に伸びていた。
しばらく経っていたからあの男は、意識を取り戻していたのだ。
声は聞こえないが口をパクパクしている。
オレは、口の動きで何を言っているかわからないが…
言っているだろう言葉ならば何となくわかった。

『に、逃げなきゃ、逃げなき、にげな、きゃ…』

狂った人形の様に繰り返し声なき声で、そう言っていた。
そして、あの男は正にこの地獄とも言える。
その場から必死に逃げようとしていたのだろうが…
だが…あの這う男がこの場から逃げる事は出来なかった。
直ぐにこの場の主に見つかったのだから…
彼女は、無言で這っていた男の襟を掴んで持ち上げた。

「ひぃ」

持ち上げられた男は、情けない悲鳴を上げた。
持ち上げた後手首をくるりんと回して男の顔を自分の方へ向けた。
その時彼女は、微笑を浮かべていた…
正直に言おう。
…怖い
この状況で、あの彼女の浮かべた微笑は
とてつもなく
…怖かった。
その微笑に名をつけてみるならば、氷の微笑とでも言えばいいだろうか?

「おい、貴様。そんなに急いでどこ行くんだ?」
「ヒ、ヒィー!!ア、アリアナ許してくれ!!」

氷の微笑で問いかけられているからか。
そう言って男は、首をカクカク動かしている。

「許す?何を?」
「え?」

男は、思わず間抜けな声を出した。

「ねぇ?何を許して私に欲しいの?」

彼女は、再び
あの氷の微笑を浮かべて
優しい声で持ち上げている男に尋ねた。

「え?あ、その…」

オドオドしながら、ボソボソっと喋っている。

「うん?なぁーにー?」

口調的には、優しく男に喋りかけている。
だが…それは、彼女が男に向かって仕掛けている罠だ
なぜなら…
オレを含めて、その場に居る皆はを知っている
優しくしべっているが…
持ち上げていない方の手の拳がキツく握りしめられている事に…
そう、この先に続く男の返答次第でその拳がどうなるかを…

「俺が、アリアナの事を…」

を言おうとしていることに気が付いた。

「ば、ババァって言ったこと?」

…その間抜けな声が
その後の男の運命を決めてしまった。

((あのバカ!!))
(何言ってんだよ!!)
(アイツ、さっきのこと忘れたのか!?)

みんながそう思ったからか。
途端に凍りついた様に静まりかえった。
その静かなギルド中に

"バリバリ"

聞き覚えのある音が聞こえる。
スタンガン放電する時に聞こえる放電音のバリバリって音だ。
そのバリバリって音の根源は、もちろんだけど。
彼女の握りしめられている拳から迸って、電撃から発せられている。

「あ…」

また、男が間抜けな声を出した。
自分が再び犯した誤ちに気が付いたんだろう。
だけど、もうダメだ。
既に彼女の顔からあの氷の微笑が消え失せた。

「やっぱり!!私にさっきババァって言ったのは、貴様か!!」

そう言って、男の顔に電撃を纏った拳をたたき込んだ。
その光景に皆がため息を吐いた。

「あーあ、またぶり返しだよ!!」
「…馬鹿な奴だ。」
「せっかくのチャンスだったのに…」

まだまだ、彼女の怒りが収まるとは思えない…
本当に彼女の気が済むのかな?
ギルド中に居た全員がある行動に移った。

(もう、アレを見ては行けない…。)

そう思った全員が顔を背けた。
怒り狂った彼女と身から出たサビとは言え…
無残な状況に陥った男。
その二人を視界から外した。

"バチン"

「ぐぇー!!」

"バチン"

「ぎゃー!!」

電撃の音と男の悶絶する声が交互に聞こえた。

「どうしたら?」
「アレは、もう当分止まらないなぁ…」

リオさんとシュルトさんの目が完全に死んだ。
ボルドーの顔を覗き込んだ。

『今日はもう買い出しは、諦めた方がいい様ですね。』

ボルドーも遠い目をしていた。
ギルド中には、彼女の拳が振り下ろされる音がしていた。
当分の間、その音が鳴り止む事はなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ

翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL 十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。 高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。 そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。 要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。 曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。 その額なんと、50億円。 あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。 だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。 だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。

処理中です...