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9. 言わなきゃよかった
しおりを挟むおいおい人を舐めてるのは一体どっちだ?
「いやぁー本当に勉強してきてるねぇ。一貴族の当主でさえ、古レムール語をまともに読めない人間はザラにいるってのに」
「……ハハ、いえ。アリエス陛下のお手を煩わせることがあってはいけないと思いまして」
「気にしなくて良かったのに。こういった文書の草稿は、契約を持ちかける側が記すのが一般的だ」
アリエスはその美しい顔に笑みを浮かべ、今しがた俺が指摘した文書の一文に横線を引き、判を押す。
ゼルフィ王国からヴァリエに輸出する農作物の関税の変更。数字や内容について、あらかじめメモした内容とアリエスが記した契約書の草稿を見比べて、添削していた最中のことだ。
最初に口頭で擦り合わせた内容と全然違う。いや、厳密には違っている訳ではないのだが、こちらに不利な条件や但し書きが平然とした様子で盛り込まれていた。異世界人の俺じゃ、文字などまともに読めやしないだろうとタカを括っての犯行だろう。全くもって腹立たしい。
「直すのはこれで全部かな?」
「はい、確かに」
「ようし。じゃあ後は清書して貰ったのにも判を押して、ひと段落かな」
呼び鈴を鳴らし、扉からリオナが深い礼と共に入室する。訂正の横線と判まみれの草稿を手渡すと、一瞬リオナの口元がひくりと引き攣ったが、すぐに表情を繕って退室する。
「今の子って君の従者?」
「ええ、側付きとして色々面倒を見てもらっています……彼のことで何か?」
「いやぁ中々大きな手をしてるなと思って。ああいう子は伸びるからね、将来が楽しみだなぁ」
一体何が楽しみだというのか。
恋多きだとか色好みだとか、彼の異名を思い返し遠い目をしかけたところで、アリエスから声がかかる。
「ところで今回、なぜユウマがシュルツの代理を? 名代として立つならハラルドか叔父上……フラミスが妥当かと思ったのだけど」
おおむね予想していた疑問だ。あえて言うべきか迷っていたが、タイミングとしては今が妥当だろう。
「アリエス陛下、百六十年前の『グロリース湖の逸話』をご存知でしょうか」
グロリース湖。ゼルフィ王国とヴァリエ王国の国境近くにある巨大な湖で、王侯貴族の多くが別荘を持つ国内随一の景勝地として知られている。そこに百六十年前、ヴァリエの王が身重の妃を伴って湖を訪れた際の逸話に、こんなものがある。
「あー……当時のゼルフィ国王が、ヴァリエの王妃に具なしのスープ一皿しか出さなかったって話?」
「ええ。当時から美食で知られていたゼルフィ王国にて、妃に滋養のある食事を摂って欲しいとはるばる国を訪れたヴァリエ王は、この仕打ちに初めは激怒した。しかし……」
百六十年前。ゼルフィ国王が別荘を訪れたヴァリエ国王夫妻に振る舞った料理が、この世界の「コンソメスープ」の始まりとされている。
大鍋一杯の肉と骨、各種の野菜を崩れるまで煮詰め、濾して凝縮されたエキスのみを用いたスープ。重いつわりで体調が芳しくないという王妃をおもんばかり、ゼルフィ王が前もって特別に、料理人に作らせたのだという。
「本来であれば、宴会用に供される美食や珍味の数々を振る舞うのが常であったはず。しかし当時のゼルフィ国王は食欲の乏しい王妃と、そんな彼女に少しでも栄養のあるものを食べて貰いたい国王の気持ちを第一に考え、あえて栄養価の高い具なしのスープのみを提供する決断をした」
「結果的にそれが上手く転び、ヴァリエと我が国の友好は今も続いていると……その話と俺の疑問に何の関係が?」
「シュルツ王子から伺いました。本来のアリエス陛下の目的は、物珍しい異世界人の私を一目見ることだと」
「あー……ぶっちゃけそうだね。君本人を前にして言うのも不躾な話だけれど」
「はい。ですからこうして二人でお話する機会をもうけた方が、この度の陛下の意向にも沿うと考えたのです」
言い切った後、わずかな沈黙がアリエスとの間に流れる。なるほど、と一拍おいて彼が口を開く。
「つまりこの会談は、ユウマなりに俺の事をもてなそうと考え、発案したものだと」
「はい」
「うーん60点」
やっぱ言わなきゃ良かったと、そう思った。
「本当に俺をもてなすつもりだったなら、尚更シュルツ本人が居なきゃ話にならんだろう。あえて二人にしたのでなく、シュルツ不在の穴埋めを、こじつけの理由で誤魔化してるようにしか聞こえない」
「う……」
「……というのが公人としての意見だが。俺個人の意見を踏まえれば、まあ面白かったし良いんじゃない? 初っ端から盛大に笑かしてもらったし。それに何より」
アリエスが居住まいを正した。途端、くだけていた周りの空気が引き締まる。
「ユウマよ。まだ日も浅いだろうに、自国だけでなく我が国ゼルフィのことも良く知ろうと尽くしてくれた。その心遣いが、俺には何より嬉しく思える」
そう語るアリエスの声色は優しく、穏やかな翡翠の瞳には、上に立つ者の寛容と慈愛が満ちていた。
自身の目の前にいるのは、紛れもない一国の王なのだと改めて実感する。
シュルツが周りから望まれ、しかし当人は決して望まぬ玉座。その座に収まるということの意味と重みを、彼はよく理解しているからこそ拒むのだろうか。
「……勿体なきお言葉、感謝いたします」
心から、そう思って零れ出た本音だった。
いきなり異世界に呼び出され、電撃的な恋をして。目標に向かってがむしゃらに突き進む道中、それでもまだ自身には足りてないものの方が多い。
俺が考える以上に、自身やシュルツの置かれている状況は厳しく、険しいのかもしれない。
その中で俺がシュルツの為に出来ること。何をすべきで、どうあっていくべきなのか。そう今一度、俺は自身の胸に問いかけた。
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