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第34話 3通の手紙
翌朝、朝食を終えたフリード王とその一行は、リンネ王国への帰路についた。
別れの挨拶の場に、平民として同行しているオーグが居るはずもなく、そわそわと周りを見渡していたマリアンナはその姿が無いと分かるとあからさまにガッカリと肩を落とした。
「まあ、マリー。次にいつ御姉様と逢えるかわからないというのに、心此処に有らずでは寂しくて御姉様泣いてしまうわ。」
そう言ってウインク一つ投げかけて、マリアンナの両手を握りしめ、いや握りしめていた封筒を渡すとギュッと握り、目力強めてこう言った。
「マリー、きっと、必ず、絶対に、御姉様にお手紙のお返事を頂戴ね。絶対よ、お約束して頂戴。」
あまりの圧にたじろぎながらも、マリアンナは
「ええ、勿論お返事をお返ししますわ、リーナ姉様。お元気で。」
そう答えて大事そうに受け取った厚みのある手紙を胸に抱えて、別れを告げたのだった。
部屋に戻って、独り、カロリーナの手紙の封を切ると、中から薄いピンクの紙と別の封筒が出てきた。
先ずは、その薄いピンクの紙を広げてマリアンナは目を通した。
『親愛なる妹 マリアンナへ』
マリー、やっとマリーが殻を破ってくれたこと、とても嬉しく思います。
あなたが悪夢に怯えて一歩を踏み出せない事を、以前からわたくしは十分理解し、それも仕方の無いことだと思っていました。
しかし、子を持つ親となった今、わたくしなら夢の中で子供たちに囲まれていたなら、夢から覚めてもあの子たちに逢いたいと思うのではないかと思いましたから。
マリー、アレス王国の王子たちが助かったのは、奇跡のようなことの連続でしたのよ。
あの、エリー姉様とお兄様の婚姻の後のお茶会で、幼いオーギュスト王子にご挨拶された時を覚えているかしら。
その時、アレス王太子である彼の父親に、『もし君の身に何かあった時は、王子たちをわしのサロンへ遊学させたら良い。わしを頼ってくれた時はその身の安全を約束しよう。』訝しげな目で見られながらそう言ったのはフリード王だった。あの後、先王が崩御し自分の身辺がきな臭くなった時、王太子妃に『自分に何かあったら迷わずフリード王を頼るように』と前々からお伝えされていた、と。年少の時から賢王の薫陶を受けた彼らたちは、優秀な人物へと成長していきました。
マリーの悪夢の予言によって、少なくとも次男王子も母親の元王太子妃も命が助かり、予言とは違う世界となったでしょう。
マリーが言ったようにオーグは工房で職人たちと時に怒鳴られ、時に怒鳴り、激しいやり取りをしながらも嬉々として図面を引き、書籍を漁り、部品製作に没頭し、生き生きとしているように思います。
それだって、悪夢の世界から逃れたおかげでしょうから、巡り巡ってマリーが彼らの人生を救ったのだと、わたくしはそう思っているのです。
ねえ、マリー、恐れて逃げるのも人生、立ち向かうそれも人生。
どんな選択肢を選んでも、後悔することが無いように、わたくしはあなたの幸せを祈っています。
わたくしともう一通のお返事はわたくし宛てに送りなさいね。お兄様に知られたらきっと妨害をしそうだもの、内緒にしたら良いわ。わたくしはあなたのお手紙を何があろうとも、必ず届けますから。
『愛を込めて カロリーナより』
次は封を切って、封筒から白い簡素な便箋を取り出して読み始めた。
『親愛なる王女殿下』
家名も名乗れぬ根無し草な身の上の私では有りますが、昨日の離宮でのおもてなしに私の身上を鑑みた深慮、感謝の念を抱かずにはいられません。
さて、まだ成人前の頃、初めて訪れた帝国。
皇帝陛下の婚姻式をお祝いした茶会の席で、私は自国の、自分の、価値観が歪で有ることを知りました。
その日、祝いに花を添えるように、大陸一の神童のピアノ演奏は参加者の耳目を集めておりました。
実は遡ること、数ヶ月前、かの神童を王宮に招いた演奏会が私の生国の王宮で催されました。
しかし、その場で筆頭宮廷演奏家の新曲の発表の場で、
神童は『ここのフレーズをこう変えた方がより美しい旋律になるでしょう?』と、聞いたばかりの曲を直ぐに、より美しい旋律に変えて弾いて聞かせたのです。
その場は、ピーンと緊張の糸が張りつめた耳の痛いほどの静寂に支配されました。
筆頭宮廷演奏家は、『平民の分際で貴族である私に対する侮辱死して償え』と怒りに震えながら詰め寄ると、神童の手を捻り上げようしたその時、
全く緊張感の無い声で神童は、『私は帝国の末姫の師匠であり、後援は女帝陛下です。こちらの王宮では音楽の質ではなく出自で演奏されるのですか。折角の客賓としてのお招きでは有りますが、私の出自が変わることも無いので、御前失礼致します。』
そう宣って周囲を見回してニコリと笑いかけたのです。
筆頭演奏家は帝国女帝陛下の名の前に、掴んだ手を離すしかなく項垂れてしまい、お開きとなりました。
普通にみたら神童の発言は当然のことと今の私は思いますが、当時の王宮内では帝国女帝の正統性の批判と横暴な末姫と言う批判の嵐が吹き荒れました。
そこに存在してすら居ない末姫の批判をする生国の貴族の姿を見ても、私は少しも不信と思わなかったのです。
それが、帝国での茶会の席で、平民の神童と親しげに連弾をする末姫の姿を見て、平民との演奏を手放しで賞賛する女帝陛下を見て、帝国では出自でなく才能で評価される、当たり前の事を突き付けられたようで私は生国の価値観の歪さを劣悪さを知り、その価値観を無批判に受け入れていた自分も恥ずかしく鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けたのです。
八つ当たりのような不躾な末姫批判を受け入れた過去の自分を恥じ、身分の差をわかっていたのですが、格下の私から、偶々お見かけした貴女様と王妃様へ声をかけてしまったのです。
無難な挨拶の言葉を告げる事しか出来なかったのですが、その実本心では、訳も解らぬ批判の的にしてしまった貴女様への謝罪の気持ちで一杯でした。
そんな生国での事件を知っていたように、その後元王配陛下に『君には末王女が悪役に見えるかい?』と言う問いかけを受けた時には、背中を冷たい汗が流れ落ちたのを今でも忘れません。
帝国の諜報活動の凄さに今は亡き父も唸ったものでした。
多くの出来事が有り、フリード国王陛下のサロンでの普遍的な価値観を教えられ、今、平民として働いていることを私は有難い事だと思っています。
昨日のポンデフリットを食する場ですら、為政者としての顔を見せる王女殿下の存在に感動を覚え、これからも少しでも王女殿下の画く未来の手伝いが出来るよう臣下としてお仕えする事を誓います。
どうぞ明るく未来を照らす太陽として歩みをお進め下さい。
『貴女様の忠実なる僕 オーグより』
(わ、わたくしの僕!!!!)
マリアンナは受け取った手紙の文字を見て、1度目の世界でよく目にした整った字面を懐かしく思い読み進んだが、その内容にアレス王国の嫌らしい陰湿さを思い出して戦慄を感じた。
そうして2度目の世界であっても、オーギュストが自分を信じてくれていることに、心の底から沸き上がるような喜びを抑えることが出来なかった。
『親愛なるお姉様へ』
お姉様、お手紙ありがとうございます。
お姉様のお気持ちとっても嬉しく思います。お申し入れも感謝しておりますが、彼にお返事をお姉様経由で出しては彼のお仕事の邪魔になってしまうかもしれません。
王妃様から手紙を渡されたら最優先で返信しない訳にはいけませんもの。
ですから、彼が書きたいと思った時にお手紙をわたくし宛てに頂けたらわたくしもお返事を出そうと思います。
お兄様には、その旨お話をしたてお許し頂けたので、多少検閲の疑いは有りますけど、いつかまたお手紙を頂ける日をのんびりと待っております。
『貴女の唯一の妹 マリアンナより』
こうして出された1通の返信の手紙がリンネ王国へと届けられたのである。
その後、オーグから仕事の進捗情報のような、報告書のような、論文のような、そんな手紙がマリアンナへと続々と届くことになるのは、また別のお話。
ー☆ー
「皇帝陛下、またリンネ王国の技師からマリアンナ王女殿下へと手紙が届きました。」
「して、その内容は?」
「新しいネジを開発したとか。その過程と構造図、改善点のメリットについての報告書のようです。」
「っ、渡して良し。」
「御意」
こんなやりとりが、この後何度も繰り返されて行くのです。
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